砂漠の色男 3
「あー、この中に料理人いる? いたらこのザナブルムの肉はあげるから、格安で皆に振舞ったげて。あ、外にほっぽってきた尾には手ぇ出すなよ。今頃肉に毒が回って食えるもんじゃなくなってるから」
ザナブルムの肉は非常に美味だが、仕留める前に尾の先端を斬り落とさないと、それと繋がっている部分の肉に毒が回ってしまうのだ。ちなみに、即死毒がある尾だけは、肉全体が毒袋のような役割を果たしているので、どのような調理法でも食べることができない。
「あと、商人の皆は甲羅を山分けしちゃってー。加工がちょっと大変だろうけど、良い品作れるからさ」
大盤振る舞いの王に、またもや歓声が上がり、人々がわっと肉や甲羅に群がる。その群れにまたもや揉みくちゃにされそうになった少年は、慌てて群衆から離れることにした。
「す、すごいね……ティアくん……」
赤の王も民からの人気者だったが、黄の王も負けず劣らず人気を博しているらしい。
「取り敢えず、モファロンのところに戻ろうか……」
このままここに居たら、またお祭り騒ぎに巻き込まれてしまうかもしれない。そう思ってさっさと民衆に背を向けた少年だったが、そんな彼を黄の王が引き留めた。
「おいおいちょっと待てって。お前、えーっと、アマガヤキョウヤ」
「……え」
なんで一国の王が自分の名前なんて知っているんだろう、と思いながら振り返った少年に、黄の王が笑みを向ける。
「いやぁ、さっきはうちの国民を助けようとしてくれてありがとうな」
「え、あ、いや、結局僕、何もしてませんし……」
「なーに言ってんだ。こういうのは気持ちの問題ってやつだろ。ま、何にせよここまで無事に来られたみたいで良かったわ。ロステアール王が
「あ、あはは、そうですね」
いつもの白熱電球のような笑みを浮かべつつ、適当に相槌を打つ。何のことはない。黄の王が自分を知っていたのは、赤の王に聞いたからなのだろう。考えてみれば当然のことだ。少年は帝国に狙われている身なのだから、円卓の国王は皆、少年のことを把握している筈である。
仕方がないことではあるが、それはそれでとても居心地が悪いなぁと少年は思った。
「……あの、もしかして、国王陛下は僕の様子を見に……?」
どこぞの赤色の突拍子もない行動を何度も見ているからか、思わずそう尋ねてしまった少年だったが、それはあっさりと否定される。
「いや? なんで俺がわざわざ男の様子なんか見なきゃいけねーんだよ」
「あ、いえ、すみません。そうですよね」
それはそうだ、と少年は内心で安心した。この王も赤の王のような変人だったらどうしようと思ったのだが、どうやらまともそうである。張り付けた笑みの裏でそんなことを考えていた少年に対し、黄の王が頷いた。
「そうそう。俺はただ、この街には最近顔出してなかったから、久々に女の子たちの様子を見ようと思って遊びに来ただけなんだよ。そしたら
「は、はあ……」
前言撤回。やはりこの王も普通ではなさそうだ。赤の王、金の王、黒の王と来て、四人目の国王との邂逅だが、どの王も一般とはズレている気がする。
(あ、いや、金の王様はまともだったような。……でも、あの人のことが絡むとちょっと盲目的だから、やっぱりおかしいかもしれない……)
少年がそんな風に失礼なことを考えていると、黄の王がちらりと周囲を見てから、それじゃあと言って、そっと少年から離れた。そして、自然な動作で少年から距離を取ったところで、その辺りにいた女性たちに声を掛ける。
「今日は俺、超気分が良いし、ザナブルム料理ができるまでここにいよっかなー! 女の子たち、皆で一緒にご飯食べない?」
「きゃー! クラリオ様と一緒にお食事できるなんて!」
「ぜひぜひ!」
「ずるいわ! 私もご一緒させてくださいクラリオ様ー!」
わっと群がった女性陣一人一人に、黄の王が丁寧に対応する。そしてそれを見た男性陣も、わらわらと人の群れの一部になっていった。
「俺も一緒にお願いします! クラリオ王陛下!」
「あ、じゃあ俺はお酌させてください! クラリオ様!」
「クラリオ王陛下と同じ皿をつつけるなんて、感激です!」
わーわーと騒ぎ出した男たちに、黄の王がげんなりした顔をする。
「いや、男と一緒に飯食う趣味はないし、男の酌もいらねぇし、最後の奴に至っては言葉選びが気持ち悪ぃから、男は全員隅っこで食ってろ」
「辛辣なことを言いながらも、全部話を聞いてくれてるクラリオ王陛下! 最高です!」
「気持ち悪いって言うのに、一緒に食事をすること自体は断ったりしないんですよね! 陛下ってばお優しい!」
少年には全く理解できないが、女性だけでなく男性までもが盛り上がっている。なんというか、赤の王が民にとっての崇拝対象ならば、黄の王は人気役者みたいな感じなのかな、と少年は思った。
何はともあれ、これは好機である。黄の王に声を掛けられたことで一時的に注目を浴びてしまった少年だったが、今はもう誰も彼に興味を示していない。皆、クラリオとザナブルムの肉や殻に夢中な様子だ。
(……もしかして、僕がこの場から離れやすいようにしてくれたのかな……?)
だとしたら、大変有難いことだ。内心で黄の王にお礼を言いつつ、少年はそそくさとその場を立ち去ろうとした。だがそんなとき、群衆の誰かが叫んだ。
「おい! 空を見ろ! 王獣様だ!」
「おお! リァン様!」
王獣と聞き、少年の脚が思わず止まる。赤の国の王獣であるグレンが美しい獣だったので、気になってしまったのだ。
興味のままに振り返った先、空を翔けるその獣を目にし、少年は思わずほぅと息を吐いた。
雷を纏った、大きな四つ脚の獣。黄の王の髪色に似た、色の濃い金毛のその獣は、赤の国の宰相の騎獣によく似ていたが、それよりもふた回りほど大きく、遥かに美しい。荘厳な雰囲気を漂わせる獣は、まさに王獣の名に相応しい風格をしていた。
偉大なる王獣を前に、しかしその対である国王は悪戯が見つかった子供のような表情を浮かべた。
「げっ、リァン!?」
なんでいるんだ、と言いたげな国王を一瞥した獣が、真っ直ぐに降下してくる。王の周囲にいた人々が王獣のためにと場所を空ける中、王獣は王目掛けて宙を駆け降り、そして、
「ぶへっ!」
太い前脚で王の顔面を踏んづけた。
勢いよく顔を踏まれた王が、ひっくり返って地面に転がる。一方の王獣は、一度すっと上へ駆け上がってから華麗に着地し、転がっている王の腹に前脚を乗せた。
「ぐぇ、お、重い! お前な! お前が思ってる以上に重いからどけ!」
喚く王を睨んでから前脚をどかした王獣は、そのままその前脚で王の身体を蹴って転がした。
「いって!」
呻いた王の背中に再び前脚を乗せた王獣が、王の後ろ襟を咥える。そこまでされた王は、次に起こることを察してぎょっとした表情を浮かべた。
「ちょ、ちょっと待て待て! 俺今すっげぇ適当に服着てるから、それやったら脱げる!」
だが、王獣は王の抗議になど耳を貸さない。前脚をどかし、ぐいっと顔を上げた王獣は、そのまま地面を蹴って空へと飛び出した。
「脱げて落ちるっつってんだろーがぁ! 風霊ちゃん良い感じに服着せてぇ!」
クラリオの悲鳴を受け、風霊がせっせと衣服を整えていく。それは、これまでの王では見たことがないほどに間の抜けた光景だった。あの赤の王だって、もう少し王としての尊厳を保っていたように思う。
「ええー! リァン様、国王様を連れて行ってしまわれるんですかー!?」
「お食事一緒にしましょうってお話してたのにー! クラリオ様ー!」
女性陣からも男性陣からも残念そうな声が上がったが、王獣はそれにも耳を貸すつもりがないようで、そのまま滑るように駆け出してしまった。
「ごめんね女の子たちー! 今度絶対ご飯一緒に食べようねー!」
叫ぶ黄の王の声が、どんどん遠ざかって行く。かろうじて言葉の最後が聞き取れたあたりで、雷鳴のような轟音と共に王の悲鳴のようなものが聞こえて、少年は思わず肩を震わせてしまった。
何事かと思った少年だったが、未だざわついている人々の会話から察するに、先程の王獣は王宮を抜け出してフラフラしていた国王を連れ戻しに来て、反省の様子が見えない彼に怒って軽く雷を落としたのだろうと、そういうことらしい。
なんだかどこかで聞き覚えがあるような話だ。そっちの場合、落とされる雷は物理的なものではなく、落とすのも王獣ではなかったが。
(…………王様って、やっぱり変な人しかいないんだな……)
青の王あたりが聞いたら般若の形相を浮かべそうなことを考えながら、少年はようやくモファロンの元へと向かったのであった。
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