円卓会議 3

 改めて円卓を見回した銀の王が、ひとつ息を吐く。

「ヴェールゴール王の言う、ウロとやらの行動だが、解せぬ点がいくつもある。もし真にウロとやらがドラゴンに匹敵するかそれ以上の力を持っているのであれば、そも、ドラゴンを召喚する必要はなかろう。己が手でリアンジュナイルに攻め入ればいだけの話である。憶測にすぎんが、恐らく自らが手を下せぬ理由があるのだろうと私は考えるが、いかがか」

 銀の王の発言に、王たちが頷く。そんな中、金の王が手を挙げた。

「帝国に雇われて傭兵をしていた方が仰っていたのですが、ウロという人物はまるで遊んでいるようだと。だとすれば、手を下せないのではなく、下さないのではないかという考えも浮かんでくるかと思います」

 十分有り得る可能性だったが、それを赤の王が否定する。

「いや、私もあれから考えていたのだが、やはり遊びにしても無駄が多すぎる。ドラゴンを超え得る生き物だというのならば、それこそもっとやりようがある筈だ。寧ろ、何か定められた枠から外れないように苦心しているように私には見受けられる。そして、それこそが、私たちが付け入ることができる唯一の隙なのではないだろうか」

 赤の王の考えに、銀の王も頷きを返す。どうやら、彼も同じことを考えていたようだ。

「それにしても、こうなると塔の管理者たる神様は一体何をしているのかしら、という気持ちになるわねぇ。そもそも、人の手に負えない生き物がすでにこの世界にいるという時点で、随分と後手後手なんじゃあないかしら」

 ほぅ、と溜息をついた薄紅の王を、銀の王が咎めるような目で見た。不遜だと言いたげな彼に、薄紅の王が軽く微笑んで返す。それが意味する主張内容としては、不遜だろうとなんだろうと事実なのだから仕方ないだろう、といったところだろうか。

 そんな二人に対し、今度は緑の王が口を開いた。

「……もしかすると、神もまた、定められた範囲でしかわたくしたちに力添えできないのでは? それこそ敵の話ではないですが、強大な力を持っているのなら、自らが直接統治すれば良いだけですもの」

 彼女の言葉に、青の王も頷く。

「一体何が神を律しているのかまでは判りませんが、それならば辻褄が合います。手を出せる範囲が決まっているのであれば、神の側も無駄打ちはしないように慎重になるでしょう。その分、我々人間からすれば後手に回っているように見えてしまうのかもしれません」

 突飛といえば突飛な発想だが、圧倒的な上位種であろうウロが何かに縛られている可能性が高い以上、神もそうである可能性はある。その意見に、赤の王も肯定の意を示した。

「実は私は、その範囲というのを決めているのは互いなのではないかと考えているのだ。ウロという上位種の干渉と神の干渉は、常にバランスが保たれるようになっているのではないだろうか。事実、今回の帝国の襲撃以降、我々の国とこの塔とを繋ぐ門は常時開放されるようになった。ということは、この説が正しかった場合、基本的に神からの干渉は敵の干渉を受けた後に行われている可能性が高い」

「……つまり、干渉の天秤は神の側に傾きがちであり、神からの助力に期待しすぎるのは危険だと、そういうことですか?」

 青の王が言い、赤の王が頷く。それを見た萌木の王は、静かに立ち上がって黒の国に通じる門の方へ向かった。

「この門を通して自分の国以外に行けるようになれば、時間の制約なくお互いの国を助けることができるのだけれど、」

 そう言いながら、萌木の王が門へと手を伸ばす。しかし、門に囲まれた空間に差し掛かったところで、その手は大きな音と共に弾かれた。

「この通り、門は自分の国の王しか受け付けてくれないしね。神も今はそこまでの助力はできないってことかな」

 弾かれた手をひらひらと振った萌木の王は、やれやれと呟いて席に戻った。

 それを待ってから、銀の王が改めて口を開く。

「私も、神々の助力を頼りに動くのは愚かであると考えておる。となれば、我々のすべきことは大きく分けて二つ。帝国の撃退と、エインストラの保護である。うち、前者に関してはこちらで策を練ろう。この会議が終わってすぐに、過去視の準備に取り掛かる。万難を排し、半月以内には必ずウロとやらの正体を掴んでみせよう。帝国へ侵攻するのはそれからになるが、各国戦争の準備を整えて置いて欲しい」

「戦争となると、儂を含む四大国の王は皆参加することになるな。だが、他はどうする? 王が国を空けるとなれば、国力の低下は否めんぞ。全ての王が戦に参加するわけにはいかんと思うのだが」

 橙の王の問いに、銀の王が首肯する。

「その通りだ。現状では確定できないが、それを考慮し、少なくとも紫だけはリアンジュナイルに残すことになると考えておる。加えて、戦力として不安が残る金と銀も残ることになろう」

 銀の王が自らを戦力外と称したのは意外だったが、確かに彼は高齢である。若い頃は武王として名を馳せていた彼は、現在も自ら先頭に立って戦うことを躊躇うような王ではなかったが、大陸全体の危機を前に、己の戦力では不足があると判断したのだろう。

「ううむ。どうしても大陸内が手薄にはなるが、そこは帝国に向ける部隊を少数精鋭にしてカバーするしかないか……」

 唸る橙の王に、紫の王が少しだけむっとした表情を浮かべた。

「私が本気を出せば、一時的にだったら大陸全体くらい結界で覆える。侮られるのは不愉快」

「あらぁ、そうは言うけど、結界魔法って、効果範囲が広がれば広がるほど強度が弱くなるものでしょう? テニタグナータ王が不安がるのも無理ないと思うけれど」

 そう言って首を傾げて見せた薄紅の王を、紫の王が睨む。だが、それを無視した薄紅の王は銀の王へ視線を移した。

「というより、妾も行かなくちゃいけないの? 争いごとも汚れるのも美しくないから、留守番していたいのだけど」

「お主の幻惑魔法は、大軍に対して実に効果的だ。行かせぬわけにはいくまいよ。場合によってはヴェ―ルゴール王と組んで貰うことも考えておる」

 確かに、黒の王の暗殺術と薄紅の王の幻惑魔法は非常に相性が良い。組み合わせ方次第で、互いの力を何倍にも強め合う関係だ。だが、薄紅の王はとんでもないといった顔を黒の王を見た。

「こんなその辺に転がってそうなイモみたいな子と一緒なんて嫌よ!」

「俺だってあんたみたいな化粧臭い人と一緒は嫌だよ。でも相性の都合でその方が良いのは判るし我慢してよ。俺も我慢するから」

「まあ! 生意気!」

 口元を扇子で隠した薄紅の王が、わざとらしくそう言ったが、黒の王は面倒くさそうな顔をしただけだった。

「ほらほら、外見にばかり囚われている愚かな方にかまけていては、陽が暮れてしまいますわ。放っておいて話を進めましょう」

 そう言ってぱんぱんと手を叩いたのは、緑の王であった。

「あらぁ、カスィーミレウ王ったら、自分が美しくないからって妾の美しさに嫉妬しているのねぇ」

 嫌味ではなく本当にそう思っているらしい薄紅の王が、憐れむような目を緑の王に向ける。その視線を受け、緑の王はぎろっと薄紅の王を睨んだが、彼女がそれ以上何かをすることはなかった。どうやら、彼女は曲者揃いの国王の中でも思慮深く我慢強い方であるらしい。

「カスィーミレウ王の言う通りです。次に話すべきは、エインストラをどうするかでしょう。今はギルディスティアフォンガルド王国に置いているそうですが、これ以上金の国に任せるのは危険です。これについては、皆共通の認識だと思うのですが、いかがですか?」

 青の王の発言に、王たちが皆頷く。金の王も、悔しそうな表情を滲ませはしたものの、全面的に同意だった。敵の強大さを知った以上、最も戦力が低い金の国では対処し切れないのは明白だったのだ。

 ではどこの国が天ヶ谷鏡哉を受け入れるのか、となったところで、紫の王が銀の王を見た。

「当初の予定通り、私がやる?」

 だがその提案に、黒の王が呆れた顔をする。

「だーかーらー、あんたの結界じゃ無理だって。そんなことに魔力割くなんて無駄でしかないから、大人しく温存しときなよ」

「失礼なこと言わないで。仮にそれが正しいとしても、それなら代替案くらい提案すべき」

「そっちこそ難しいこと言わないでよ。俺考えるの苦手だもん」

 けろっとした顔で言った黒の王に、紫の王の眉間に皺が寄る。またもや険悪になりかけた空気の中、声を上げたのは黄の王だった。

「あのー」

 ゆるっと手を挙げた黄の王が、王を見回して言葉を続ける。

「エインストラの保護、ウチでやりますよ」

 唐突な発言に、何人かの王が訝し気な表情を浮かべた。そんな王たちに、黄の王がへらりと笑いかける。

「ヴェールゴール王の話を聞く限りじゃ、エインストラを確実に守れる保証はなさそうじゃないっすか。ってなると、一番大事なのは、事が起こった時にいかに早く連合国でそれを共有するかだと思うんすよね。ウチなら一番素早く情報仕入れられるし発信もできるから、適任だと思いません?」

 まあつまり守り切れる自信はないんですけど、とおどけてみせた彼に、しかし王たちはなるほどと頷いた。

 黄の王はああ言ったが、彼の戦力もかなり高い方である。魔法を抜きにした純粋な戦闘力で言うならば、赤の王にも引けを取らないだろう。黄の王が守護役としても伝達役としても優秀なことは、明白だった。

「反対意見がないってことは、ひとまずウチで預かるってことで決まりっすね」

 そう言った黄の王が、続いて金の王を見る。未だに不安を拭えないという顔の彼に、黄の王はぱちりとウィンクをしてみせた。

「エインストラが女の子じゃないのは心底残念だけど、まあ精々守らせて貰いますよ。だからギルディスティアフォンガルド王もあんま心配すんな」

「っ、……はい。ありがとうございます」

 金の王が、感謝の意を込めて頭を下げる。

 黄の王が天ヶ谷鏡哉の保護に適しているのは本当だ。それが今できる最善であるのも、正しいのだろう。だが、きっと彼が声を上げたのはそれだけではない。天ヶ谷鏡哉の処遇に苦心する金の王を安心させるためにも、自分の国で預かるのが良いと判断したのではないだろうか。事実、彼ならば天ヶ谷鏡哉に不当な真似はしないだろうと、金の王は安堵した。

 そんな配慮が有難くもあり、情けなくもある。王として未熟故に、こうして周囲に迷惑を掛けてしまっている自分が、どうしようもなく許しがたかった。そう思って強く唇を噛んだ金の王が、強く目を閉じたそのとき。

 金の王の脳裏に、突然鮮明な映像が浮かび上がる。同時に脳を強く揺すられるような強い衝撃を感じ、彼は両手で頭を抱えて蹲った。酷く遠くで、王たちの自分を心配するような声が聞こえる。だが、そんなものよりもずっと鮮明に、脳に直接叩き込まれる映像がぐるぐると動いていく。

 自分はこの場所を知っている。何度か訪れたこともある。そうだ、ここは、グランデル王国だ。赤の王が治める地に、赤の王が立っている。その向かいにもなにかがいて、そのなにかの手が伸びて、そして――

 瞬間、金の王は悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。隣にいた赤の王がすぐさま抱き起こしたが、小さな体はかたかたと震え、赤い瞳は恐怖に染まっている。

「ギルヴィス王!」

 赤の王の呼びかけに、幼い王はゆっくりと顔をそちらへ向けた。そして、小さな手を伸ばし、赤の王の服を強く握る。

「ロ、ステアール、王、」

 引き攣った喉が、それでも声を絞り出した。

「どうか、逃げてください。どこか、僕たちすら判らないような遠くへ、どうか、」

 尋常ではない事態に、その場にいた王たちは悟った。

 未来視である。今この瞬間、金の王は未来を視たのだ。

 赤の王を見上げ、今にも泣きそうな顔をした王が、いっそ悲鳴を上げるかのように声を吐き出す。

「グランデル王国にいたら、貴方は死んでしまう……!」

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