円卓会議 2
その光景に対する反応は三者三様だったが、真っ先に声を上げたのは青の王だった。
「な、にが早いですか! 会議が始まる時刻はしっかりと伝わっているでしょう! 今は門も開放されているんですから、すぐに来ることができたはずです! それがどうしたらこんなに遅い到着になるんですか!?」
「え、さっきまで寝てたからかな?」
そこで、とうとう黄の王が噴き出し、怒髪天を衝いたらしい青の王が、黒の王と黄の王に向かって水霊魔法を放った。黒の王はさすがの身のこなしで難なく避けたが、椅子に座ったまま腹を抱えていた黄の王にはその余裕がなかったらしく、頭から水を引っ被るはめになってしまった。どうやら今回は、赤の王も相殺しようとは思わなかったらしい。
「つっめてぇ! なんで俺まで!?」
叫んだ黄の王に、紫の王が冷えた目を向ける。
「笑い声が不快だから」
「相変わらず辛辣……! いやまあでもそういうところも素敵なんですけどぉ」
「気持ち悪い。呼吸しないで」
「それはさすがに酷くないですか!?」
もっと俺に優しくしてくださいよぉ、と喚き出した黄の王に、紫の王が眉根を寄せる。慌てて橙の王が再び黄の王の口を塞ぐ中、黒の王はそのやり取りを無視して銀の王の方を見た。
「で、なんの話してたの?」
首を傾げた黒の王に青の王がものすごい顔をしたが、口を開きはしなかった。恐らく、問い掛けの相手が銀の王だったから言葉を飲み込んだのだろう。
「その前に、お主は言うことがあるだろう」
「え? うーん? ……あ! 遅れてごめんね。寝てた」
この場にいる誰もが、さすがにその謝罪はないだろうと思ったが、当代の黒の王には何を言っても無駄だと知っているので、指摘する者はいなかった。謝罪が聞けただけ良しとするべきである。
銀の王もそう考えたのか、わざとらしい溜息を大きく吐き出した彼は、それでも黒の王に対して説明を始めた。できるだけ簡潔に事の次第を伝えれば、堂々と遅刻してきた王は再び首を傾げた。そして、何故か呆れたような表情を浮かべる。
「よく判んないけど、すごく無駄な時間使ったんだね。頑張って話し合ったのかもしれないけど、それ無意味だよ」
きっぱりとそう断じた黒の王に、銀の王が渋面を浮かべる。
「……どういうことか、説明して貰おうか」
「うーん。……ねえ、赤の王。あんた、紫の王の一番強い結界壊せる?」
突然の問いに、赤の王は僅かに思案したあと、頷いた。
「極限魔法を使えば、恐らく可能だ。……神性魔法ならば、確実に」
「うん。じゃあやっぱり無理。紫の王の結界魔法は通用しないよ。だからエインストラを閉じ込める意味はないね」
ひとりで納得して頷いている黒の王に、萌木の王が穏やかな口調で語り掛ける。
「君は納得したのかもしれないけど、僕はちょっとよく判らないな。もう少し丁寧に説明できるかい?」
口調こそ柔らかだが、明らかに相手を馬鹿にしていうような色が多分に含まれた声だ。だが、鈍いのか気にしていないのか、黒の王に堪えた様子はなかった。
「この前軽く伝達飛ばしたでしょ。敵が強すぎるんだって。正直言って、俺たちの手に負える相手じゃないんだよ。
そう言った黒の王に、赤の王が小さく首を傾げた。
「ひと月ほど前に直接話したときは、そこまでの内容ではなかったと記憶しているのだが」
「ウロとかいう意味判らないのが相当やばかったから逃げてきたって言ったじゃん」
どうやら、その短い発言の中に色々な意味が含まれていたらしい。ウロという存在に対して黒の王が抱いた恐怖心はなんとなく察していた赤の王だったが、思っていた以上にその敵に対する黒の王の評価は高いようだ。
これは黒の王から詳しい話を聞き出さなければならないと思ったのか、白の王が黒の王を見た。
「順を追ってお話していきましょう、ヴェールゴール王。まず、帝国に潜入した貴方はどうしようとしたのですか?」
「帝国側の戦力とか計画とかを探ろうと思ったから、手っ取り早いと思って帝都の城に行ったんだ。侵入自体は簡単だったし、情報ついでに殺せそうな主要戦力を削っておこうかなって思ったんだけど、主力連中はどれもこれも殺しにくそうだったから諦めた。というか、主力の人間は殺せるけど、魔導契約してる魔物に気づかれずにやるのが難しそうだったんだよね。ヴェルに任せればできると思うけど、あれやると俺は数日動けなくなるし、今そこまで無理する必要ないかなって。で、じゃあ暫く滞在して様子見てれば良いかなぁって思ってたところで、あれに会った」
「ウロ、という人物のことですね?」
確認のためにそう言った白の王だったが、黒の王が露骨に嫌そうな顔をした。
「そうだけど、あれを人みたいに呼ぶのやめてよ」
「けれど、人の姿をしていたのでしょう?」
「姿だけはね。でも中身はまるで違うよ。あんなのが存在してるなんて、何かの間違いだと思いたくなる」
ぎゅうっと顔をしかめた黒の王に、白の王が静かに言葉を紡ぐ。
「貴方がそこまで言うということは、本当にとても危険な存在なのでしょう。では、それを見たとき、貴方は具体的に何を感じましたか?」
これこそが、王たちが黒の王に問いたいことだった。リアンジュナイル大陸一の諜報役である黒の王の索敵能力や危機察知能力は、通常の人間を遥かに凌ぐどころか、野生の獣のそれを上回りさえする。その彼が下す判断は恐らく最も信頼でき、それこそが彼を帝国に潜り込ませた理由でもあった。
こうして根気よく話を聞かなければ有用な情報を引き出せないのは難点だが、それを補って余りあるほどに当代の黒の王の能力は優れている。
少しの間、思い出したくなさそうな嫌な顔をしていた黒の王だったが、さすがの彼も言わざるを得ないと思ったのか、溜息と共に口を開いた。
「あれを見たのは、帝国の皇帝を探ろうとしたとき。皇帝が俺の視界に入ったのと同時に、皇帝の横にいたあれが、こっちを見て笑ったんだ。で、俺はその瞬間に死んだと思った」
淡々と言った黒の王に、何人かの王が小さく息を呑む音がした。あの黒の王が、目が合った瞬間に死を悟るなど。そんなことは前代未聞である。
「あとのことはよく覚えてない。ただ、一刻も早く逃げなきゃ殺されると思って帝国領土を飛び出てきた。寝食忘れて走りっぱなしだったから、すごく疲れた」
これで良いかと周囲を見回した黒の王に、橙の王が唸る。
「ヴェールゴール王がそのざまとなると、儂らも似たようなものか……」
「だから言ったじゃん。あれ、多分人間にどうこうできる生き物じゃないから、何しても無駄だって。あれがエインストラを攫おうと思ったら俺たちに止めることなんてできないよ。あ、でも、だからといってエインストラを殺すってのもなしね。エインストラが本当に必要なんだったら、どうせあれが殺させないだろうから、余計面倒なことになりそうだもん」
それを聞いた銀の王が、片眉を上げて黒の王を見た。
「その言いざまは聞き覚えがある。グランデル王がドラゴンを表現する際に用いた言葉に非常に類似しているように思えるが、よもやお主の見たそれがドラゴンに並ぶ脅威であると、そう申すか」
問いを受け、黒の王が赤の王を見た。
「俺はドラゴンに会ったことないけど、ドラゴンって存在を疑っちゃうくらいやばい生き物?」
「……いや。確かに我々人間からすれば脅威的な存在だが、少なくとも、目が合っただけで臨死体験のようなものをするほどの相手ではない。尤も、私が出会ったときは向こうに敵意がなかったからそうだっただけやもしれんが……」
「あ、じゃあ多分あれの方がやばいや。あれも別に敵意なんてなかったもん。ただこっち見て笑っただけ」
あっさりと言った黒の王に、銀の王が黙り込む。他の王も同様に、発するべき言葉を探しあぐねているようだった。
だが、その嫌な沈黙を黒の王の呆れた声が破った。
「暗くなってる暇なんてないでしょ。確かに俺たちは絶対あれには勝てないけど、それでも勝たなきゃならないんだから。判ったらさっさとどうすれば良いか考えてよ。俺そういうの考えるの苦手なんだから」
馬鹿だな、と言わんばかりの口調に、一瞬の沈黙のあと、銀の王がじろりと黒の王を睨んだ。
「お主に言われずとも、思考しておるところだ」
銀の王はそう言ったが、黒の王の言葉をきっかけに、やや強張っていた王たちの表情が少しだけ和らいだのは事実だった。黒の王はあまり難しいことを考えないで発言する人物だったが、今回はそれが、場に流れていた嫌な空気を変えることに繋がったようだ。
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