Episode.13 遺跡の罠

 ミーナは最初、その遺跡の大きさに思わずたじろいだ。

 規模、造形共に『闇の不死賢者ダーク・リッチ』の潜んでいたものとは全く違う。

 単に巨大な設備を備えているというだけではなく、そこへ立ち入るものを拒む『要塞』を彷彿とさせる遺跡だった。


 ミーナの目的は、シャチが持っていた秘薬をルカの為に手に入れる事である。

 その為、彼女はシャチに今までそれをどのような場所で見付けてきたかを問い掛ける必要があった。


「シャチ、例の薬だけど、いつもどういう場所に置いてあるの?」

「秘薬の備蓄庫がある。根気良く、隈なく探さなければならない。だが、恐らくその男はミーナと比べて状態悪化は遅く、症状も軽い筈だ。妖刀のじいさんの話が事実ならな。」


 シャチはミーナに目もくれず遺跡の入り口と思しき場所へと進んでいく。

 途中に何やら文字が書かれていた跡が剥がれてボロボロになった大きな板が落ちていた。


「大きな扉……。」


 それはミーナの表現した扉と言うよりは門と言った方が適切である。

 だがそれにしても、とても人力では動きそうにない巨大な鉄のかたまりが二人の前にそびえ立っていた。


「確かにこれは少し骨が折れそうだ……。」


 シャチはそう言いつつ、懐から手袋を取り出して装着する。

 質感や伸縮具合から、おそらくは護謨ゴム製の物だろう。


「ミーナ、今からおれはこいつを開ける。だが、お前は絶対に手を出すな。おれが良いと言うまで決してその場を動くんじゃないぞ。」

「どうして?」

「以前、入口に高電圧電流を流していた遺跡に入ったことがある。近くを飛んだ莫迦ばかでかい羽虫が感電したので事実を知り、助かったがな。」


 シャチはそう言いつつ自分だけ門へと躊躇ためらい無く歩み寄る。

 そして、あろうことか護謨ゴム手袋だけを身に着けて独力、両の腕力だけで巨大な鉄の門を開こうとする。


「む、無茶だよ!」

「来るなと言っただろう‼ 手を出すんじゃない! この程度、おれ一人で十分なんだよ……!」


 シャチは制止の声を放つと同時に、背中の筋肉を衣服の上からでも判るほど隆起させた。

 ミーナはこんな人間の筋肉など見たことが無い。

 どんな大人よりも大きな男の、怪物的な肉の塊に彼女は息を呑んだ。


 そして、程無くして門は大きな地響きの如き轟音を鳴らしながら二人を遺跡の内部へと導くように分かたれた。


「もう良いぞ。着いて来い。」


 丁度人間三人分ほどの隙間を開け、巨大な鉄の門は静止した。

 驚くべきはシャチの怪力である。

 何故ならこの門、厚さ自体もミーナの身長を超える程であったからだ。


 しかし、ミーナの興味は寧ろその奥の闇に向いていた。

 これほど厳重な「扉」の向こう側には一体何が眠っているのだろうか。

 シャチはいつもこんな楽しそうな冒険をしているのだろうか。

 ミーナの心は踊っていた。


「どうした? 怖気付いたか?」


 シャチのこの質問は、ミーナにとって半分当たっていた。

 彼女は大好きな冒険が死と隣り合わせであることをよく知っている。

 そこにはいつも恐怖が避け難く纏わりついていた。

 それをも全て含めて、ミーナは心の底から冒険が好きな少女だった。


「怖い事は、楽しい事に付き物でしょ?」


 この答えが、ミーナという少女の本質だった。

 シャチは彼女の言葉に小さく口角を上げた。


「面白い女だ。その答え、気に入ったぞ。光栄に思うが良い。」


 相変わらず傲慢な言葉を吐くシャチだったが、ミーナの感心は彼よりもその奥の空間に向いている。

 それを察した彼は若干ムッとしたように眉を顰める。

 そしてそんな二人の様子を妖刀は微笑ましく思ったらしい。


『気を惹こうとするも連れない腕白わんぱく少女に戸惑う色男……。』

じじいおれ戦斧ハルバードと切れ味でも比べてみるか?」

『ほっほ、怖い怖い……。』


 何はともあれ、二人は遺跡の内部へと入っていった。



**



 遺跡の中は天井に白い灯の筋が奔り抜けており、思ったよりも明るい。

 闇の代わりに二人を待っていたのは侵入者に死をもたらす罠の歓迎だった。

 それは落とし穴のような古典的なものから、カイブツを彷彿とさせる「人型をした鋼鉄の敵」という高度な文明力を思わせるものまで様々だった。


『ふぅむ、このロボット兵器が失われた文明とやらの力か……。』


 妖刀は自身によって一刀両断された敵に興味を持ったようだ。

 しかし、シャチにとっては妖刀の方が余程珍しいらしい。


「女の細腕、それも隻腕で鉄の機械人形を真二つにするとは……。しかも見たところ、刃零れ一つしていない……。驚異的なのは得物の切れ味か、それとも……。」


 一方で、ミーナの関心はこのような罠を備えたこの遺跡そのものにあった。


「ねえシャチ、貴方あなたはいつもこんな所を探検しているの?」

「まあな。おれほどの強靭な精神と肉体の持ち主でなければ成り立たぬ生業なりわいだろう。」

「凄いね……。」


 ミーナは初めてシャチの尊大な物言いに素直な感想を抱いた。

 手放しに誉められた事が意外だったのか、シャチはほんの少し頬を赤らめて彼女に背を向ける。


「さっさと行くぞ。おれの興味は最奥だけだ。」

「なーんだ、つまんない人。感心して損しちゃった。」


 掌を反すようなミーナの言葉に、シャチは前に出しかけた足を止めて振り返った。


「貴様……! 元はと言えばそっちの都合でおれに着いて来ることを許してやったんだが……?」

「あ、ごめん。何か勝手に期待して勝手に失望しちゃったみたい……。」

「この女……。」


 苛立ちを隠せないシャチだったが、いつ次の罠が襲い掛かって来るこの場で怒りをぶち撒ける程の莫迦ばかでもないらしい。

 一方でミーナの方もまた、シャチから離れて単独行動を取るほど莫迦ばかではない。

 彼が遺跡の最奥にしか興味が無かろうと、自分の目的がそれとは別の、ルカに投与する為の秘薬にあり、その在処を探索して見つけ出す事の優先度が高かろうと、人為的な罠に溢れる遺跡を進むにはシャチの遺跡探索者としての豊富な経験と知識、そして勘が頼りだった。


『シャチよ、ミーナの気を惹きたいなら自分を待ち受ける更なる冒険の予感を匂わせて誘うのが何より効果的じゃぞ?』

じじい、勘違いするなよ? おれおれを目の前にしながら他に眼をらすこいつの態度が気に入らんだけだ。」

『やれやれ、何も勘違いなど無いではないか。自分で言っとって分からんのかの……?』


 妖刀は素直なのかそうでないのかよく分からないシャチの態度に呆れつつ、彼に誘われ遺跡の奥へと進んでいくミーナに身を預けていた。



**



 しばらく先へ進むと、二人は大きな通路にも似た広間へと出た。

 二人は広間の壁際に並ぶ柱の間を奥へと進む。

 見上げると、柱は頭上で縦に並ぶ二本の柵を両脇で支えているらしい。


『これは……。』


 妖刀はその先に紡ぐ言葉を失っていた。

 そして、ミーナの先を行くシャチの足取りが早くなっていく。


「どうしたの?」


 置いて行かれまいと駆け足になりながらミーナはシャチに尋ねた。


「当たりの予感がする! どうやら目当てのものは、奴はこの先で待っている!」


 まるで意思を持った何者かを呼ぶように、自分の目的を「奴」と表現したシャチの言葉にミーナは何か身震いするような気配を覚えた。

 この男は、そして自分は今からとんでもない禁忌に触れるのではないか。

 その怖気がミーナの背筋を奔り抜け、固唾を飲ませる。


 ミーナはシャチに着いて行く以上に速く駆け始めた。

 追い付かれそうになったシャチが驚いて駆け出したほどだ。

 そう、彼女が感じた怖気は正に彼女の大好物だった。


「この先に誰か居るの?」

おれの予感が正しければな!」


 どうやら本当にシャチの目当ては「何か」ではなく「誰か」であるらしい。

 それはシャチの求める「真実」に関係しているのだろうか。


 しかし、二人は大きな、背丈がシャチの倍はある二つの像の前で立ち往生した。

 連なる柱と柵を潜る通路は行き止まりを迎え、先が無くなったのだ。


『むぅっ‼』


 妖刀は何やら只ならぬ気配を感じたらしい。


『用心せい、二人とも‼ 来るぞ‼』


 何が、とミーナが問い返す前に二つの像がそれぞれ両眼を赤と青に光らせた。

 猛禽類の様な翼と鋭い鉤爪を備えた鉄像と、金棒を持った水牛頭の巨人の様な鉄像の二つが動き出したのだ。

 何処からともなく女の平坦な声が響き渡る。


『侵入者、最終防衛地点に到達。ホークゴーレム及びバッファローゴーレムを起動。排除行動を開始する。』


 二つの鉄像の内、翼を持った一体は床を離れて上空から、水牛頭のもう一体はそのまま歩いて二人に迫る。


「どうやら最後の門番らしいな。ミーナ、足を引っ張るなよ?」

「任せといて!」


 背の低いミーナは地に足を付けて向かい来る水牛頭に、上背があり得物も長いシャチは頭上から向かい来る猛禽にそれぞれ狙いを定めた。

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