Episode.12 遺跡の秘薬

 道の脇の林、木陰で腰を下ろしたミーナからは、名乗るシャチの姿に後光が差して見えた。

 気に入らない人物だが、それでも恩人であることは確かである。


「シャチ……ありがとう。何かお礼出来る? 助平すけべなこと以外で。」

「それはお前の事をもう少し詳しくいてからだな。疑問は山ほどあるぞ? 何故一人でうろついている? その怪我は何処どこで負った? 喋る武器は一体何なんだ?」


 シャチがミーナに要求していることは、彼女のこれまでの経緯いきさつを全て話すことに等しい。

 ミーナは何処から話すべきか決めかねていた。

 しかし、先に妖刀の方が話を始める。


『若造、お前さんはわしの声が聞こえるのか?』

「ああ。どうやら珍しい事の様だな。まあ、おれが特別な事に今更驚きは無い。それにしても、じじいの様な喋り方をするんだな。」

『成程の……。本当に聞こえておるのか。では、まず何故ミーナが倒れたのか、その理由から話していこう。これはミーナにとっても重要な話じゃ。』


 妖刀は取り敢えず直近の話から始める事にしたようだ。

 ともすればミーナにとって知られたくないであろう余計な過去まで話さないよう、必要最低限の遡及だけで済ませられるようにという配慮だった。


『お前さんは先程自分を遺跡探索者と言っておったの。実はミーナも、昨夜遺跡で一人の青年と共にる怪物と死闘を繰り広げた。その怪物は人語を解し、青年の集落に生贄を要求しておったのじゃ。』


 事情を話し始めた妖刀の言葉に一瞬シャチの眉がぴくりと動いたような気がしたが、表情に変化は無く、見間違えかもしれないと思える程度だった。

 妖刀は構わず話を続ける。


『そこで夜、二人だけで討伐に出た。その戦いには勝利したものの、怪物は遺跡を崩壊させ、それに巻き込まれたミーナは左腕を、青年は右足を失う大怪我を負った。』

「成程、有益な情報だな。その遺跡は恐らくおれが目指していた遺跡の一つだ。そして簡単に崩壊したという事から、どうやらそこにおれの目的は無い。手間を省いてくれて有難ありがとうよ。」


 目の前の自分が負った不可逆の傷のあらましを聞く態度とは思えない、自分の利益に第一の興味を向けるシャチの態度にミーナは眉を顰めた。

 妖刀はそんな二人を余所に話を続ける。


『しかし、わしはミーナが倒れた理由はそこよりも寧ろ怪物が放った恐るべき技、あの青白い光にあると見ている。』

「え? 『破滅の青白光デモニアクリティカ』に?」


 ミーナは妖刀の見解を意外に思った。

 確かに強力な技だったし、左腕がただれて意識も持って行かれかけたのは事実だ。

 その左腕を失った今、その悪影響は終わった話だと思っていた。


 しかし、彼女とは異なりシャチはそれまでの薄ら笑いを絶やし、極めて真剣な眼差しでミーナを見詰めた。

 そして、妖刀の推し量ったその正体を言い当てる。


「青白い光……。まさか、中性子線ビームか? だとすると影響の早さ、不調の度合いから考えて、相当の量に曝露されたことになる……。」

『驚いたの。思っておった以上に博識なようじゃ。話が早くて助かる。』


 妖刀とシャチの話す内容にミーナは一人置行堀にされて首を傾げていた。

 

『シャチよ、わしがお前さんにきたいことは唯一つ。先程お前さんがミーナに飲ませた薬、あれは一体何処どこで手に入れた? まだ在庫はあるのか?』

「そう来たか……。まあ、そうだろうな。じいさんの話が本当なら、飲ませなきゃならん奴が後一人いる。」


 ミーナはシャチの言葉に瞠目した。

 おおよそ何を言っているか見当も付かない会話だったが、たった一つだけ理解できることがあったからだ。


「ルカ……‼」


 ミーナには中性子線というものの事など何一つ分からない。

 だがそれが『闇の不死賢者ダーク・リッチ』が放った『破滅の青白光デモニアクリティカ』の正体だとするならば、奴がそれを行使した現場に居合わせた人物は自分とルカだけだ。

 つまり、自分と同じ危機がルカに迫っているという事。

 そこに理解が及ばないほど、ミーナは能天気ではない。


「ねえシャチ‼ 教えて‼ ルカを助けなきゃ‼」

「無理だな。」


 思わず立ち上がって自身に迫るミーナに対し、シャチは冷めた口調で溢した。

 それはミーナにとって絶望的な宣告だった。

 自分の力及ばぬところで、短い付き合いながら確かに絆を結んだ青年が死んでしまう。

 それに対して、何も出来ないというのかこの男は。


「本当に……駄目なの……?」

「まず、おれの手持ちはお前に飲ませた分で最後だ。更におれは根無し草でな、何処どこぞに蓄えがある訳でもない。よって、今ぐ確実に用意する当てを教えろと言われれば不可能だとしか言いようがない。」


 ミーナは足下をふら付かせた。

 体調というよりは、心の支えを失ったが故に世界が揺らいだ気がした。

 しかし、そんな彼女の様子を見てシャチは、あろうことか小さく笑った。

 その態度にはミーナも腹に据えかねて食って掛かろうとしたが、どうやら彼の話には続きがあるようだった。


「ただ、まるっきり希望が無いわけではない。いや、今までの経験則で言えば五分五分でお前の求めるものは手に入る。」

「ほ、本当に⁉」


 ミーナの瞳に光が戻る。

 五分五分、半分は絶望が待っているという事だが、半分あるだけ皆無よりは遥かにマシだ。

 ミーナは是が非でもその可能性を知りたかった。


「シャチ、お願い教えて! 何処どこへ行けばいいの?」

「ふむ、まあいいだろう。欲しければおれの遺跡探索を手伝え。」


 ミーナは足元を見られた気がして不快だったが、今は何よりもルカの事を第一に考えなくてはならない。

 それに、彼の要求は悪事の片棒を担ぐわけではなさそうだ。

 シャチは確かに傲慢でいけ好かない男だが、決して悪人という訳ではない。


「わかった。遺跡探索を手伝ったら薬のある当てを教えてくれるのね?」

「いや、と言うより遺跡そのものが当てだな。」


 シャチはその場にすわると懐から丸まった地図らしきものを取り出し、地面に拡げた。


「何が書いてあるか解るか?」

「うん、地図の読み方なら知ってるよ。」


 ルカのもとで先に経験していたことが功を奏した。


「話が早い。良いか? おれはこの辺りにある三つの遺跡を目指してここまで来た。一つはここ、今居る場所から一番近くの遺跡だ。」

「それは夜にわたしとルカが行った場所だよ。」

「成程、つまりこっちはおれの選択肢から消えることになる、と。ならば近いのはもう一つ、このまま道なりに真っ直ぐ進むと川に突き当たる。そこから上流へ昇っていったところに遺跡があると知り合いの男から聞いた。おれはそこで、おれが探し求める答えに繋がる何かを見付けたい。そして、遺跡にはざっと二つに一つ、おれが持ち歩いていた旧文明の秘薬が保管されている場合がある。それをお前が持って行きたいというのなら、おれを手伝うのが手っ取り早いという訳だ。」


 ミーナはシャチの説明を受け、彼が決して足元を見ていたわけではないことに気が付き、自分を少し恥ずかしいと感じた。


「シャチ、話はわかった。わたし、シャチと一緒に行く! 大丈夫。こう見えてもわたし、冒険には慣れてるから。だから、決して足手纏いにはならないよ!」

「その冒険で片腕を失っておいて……と言いたいところだが、その応急処置を見るに自分の尻は自分で拭けるようだな。強敵を討伐した経験もある。口だけではなさそうだ……。」


 シャチは地図を丸め、再び自分の懐に仕舞って立ち上がった。


「良いだろう‼ 今からお前にはおれの相棒となって貰う‼ このおれの、真実の追及の為に精々役に立て‼」


 シャチの声は大きく良く通り、まるで青空の彼方まで響き渡るかのようであった。

 ミーナは少し五月蠅うるさく感じ、片眼を閉じた。


 と、その時。

 林の中からミーナに憩いの陰を与えていた木を薙ぎ倒して虎と狼の頭を熊の胴体から生やし、胸に巨大な一つ目を開いたカイブツが現れた。


「水を差してくれる……。」


 シャチは戦斧ハルバードを振るわんと腕を引く。

 しかし、それよりも先にミーナが妖刀を鞘から抜きざまにカイブツを斬り付ける、所謂いわゆる居合い斬りの要領であっという間にカイブツの胴を一つ目から真っ二つにしてしまった。


「ほう……!」


 これにはシャチも思わず嘆息していた。

 中性子線ビームを使うほどの知恵あるカイブツを討伐したとはいえ、まさか先程まで死に掛けていた隻腕の少女にこれ程の戦闘能力が備わっているとは思いもよらなかったに違いない。


「成程、確かに足手纏いにはなる心配はなさそうだな……。だが‼」


 シャチは戦斧ハルバードを振るい、カイブツの現れた林を吹き飛ばした。

 するとそこから、人間の子供ほどもある一ツ目の蜂、胴部が眼球になっていてはねに欠陥が浮き出ている蛾など、むし型のカイブツが大量に飛び出して来た。


「このおれには遠く及ばん‼」


 再び、戦斧ハルバードの強烈な一振りが旋風を巻き起こす。

 むしのカイブツは一匹残らず飲み込まれ、細切れになった。


 ただ、ミーナはそのシャチの行為に不快感を覚えた。

 最初、彼が多頭蚯蚓みみずのカイブツをたおしたのはミーナを助ける為だ。

 同じ状況なら、ミーナもまた即座に妖刀で斬っただろう。

 獣のカイブツも、襲い掛かってきたから返り討ちにしたに過ぎない。


 だが、今のシャチのカイブツ殺しは明らかに不必要だった。

 それどころか、無意味に生命である林の木々を吹き飛ばした。


「シャチ、今のは無いと思う。」


 ミーナは見上げる程の大男であるシャチに物怖じせず言った。

 シャチはそんな彼女を見下ろし、冷たい眼をして吐き捨てる。


「何が無い? 虫螻蛄むしけら共をみなごろしにしたことか?」

「それもそうだし、木を吹き飛ばしたこともそう。無闇矢鱈と力を見せ付ける為だけに殺したようにしか見えなかった。」


 ミーナとシャチは暫しの間互いの眼を見詰め合った。

 睨み合ったと言った方が正確かも知れない。

 二人の間に緊迫した空気が流れる。

 先に沈黙を破ったのはシャチだった。


「お前は知らんのだ。奴等は命ある生き物とは根本的に違う。むしろこの世界の生き物にとって、一匹として残してはならない存在なのだ。」

「どういうこと?」

「奴等は全て文明喪失の副産物。自然界の獣とも違う、人間やその他の生き物に悪意と害意を向ける本能を持つ生命の模造品だ。奴等と、元からこの世界にいた生き物とは、決して共存できない。見つけ次第、根絶やしにするしか我々人類に生きる道は無いのだ。」


 薙ぎ倒された木々を風が吹き抜ける。

 納得する様子を見せないミーナに対し、シャチはこれ以上の説得を諦めたのか、踵を返して先へ進もうとする。


「行くぞ。おれの役に立ちたいと言ったのはお前だ。吐いた唾は飲めんぞ。」

「シャチは、カイブツを絶滅させたいの?」


 シャチの後に続きながら、ミーナは尋ねた。

 彼は彼女に背を向けたまま答える。


「違う。おれは人類が生き延びようが、死に絶えようがその結果に拘りはしない。だが、見つけた場合はことごとく殺しておき、人類の存続は図る。それが人間と言う種の一個体としてやるべきことの一環だと、そう思っているだけだ。」


 歩幅の違う二人は、次第に歩く間隔が離れて行った。

 まるで二人の心の距離感のように。

 しかし、それは偏にシャチに単独行動以外の経験が無かったが故だ。

 彼はミーナの遅れに気が付くと、振り向いて彼女が追い付いて来るのを待った。


「置いて行かれるかと思ったけど?」

「そんなことするかよ……。ま、確かに二つ目はお前の言う通りかもしれん……。」


 シャチはそう言うと、少しばつが悪そうにミーナから眼を逸らす。


「林を吹き飛ばしたのはむしどもを一匹ずつ潰す手間を惜しんで横着したからだ。確かに、そこはやり過ぎだったかもな……。」


 ミーナは考える。

 シャチにはシャチが今まで生きてきた中で培ってきた常識があり、その通りに振舞ったに過ぎないのだろう。

 だが、それは時に他者の常識と衝突する。

 そんな中で、少しでも己を顧みることが出来た彼はやはり根っからの悪人ではないのだ。


「シャチ、貴方あなたの目的は何? 遺跡を探索して、何をしたいの?」


 ミーナはほんの少し、シャチの目的に興味を持った。

 そこには彼の心の一面があるような気がした。

 そんなミーナの気持ちの動きを察したのか、シャチは真剣な眼でミーナを見詰め、答える。


「喪われた旧文明の真実が知りたい。どうして彼らは衰退し、喪われてしまったのか。それでも尚、人類が生き続けているのは何故なのか。その答えを探している。」


 それはミーナにとって、考えた事も無い疑問だった。

 だが今、シャチの胸に秘めた思いを聞いたミーナは、微かではあるが確かに彼の思いに共感を覚えていた。

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