Episode.11 二人目の青年
ミーナは『
まず先に、その遺跡で宿敵と決着を付ける。
それから、西の大きな集落で保護してもらう。――これがミーナと妖刀が立てた計画である。
『名残惜しいか?』
妖刀はミーナに問い掛ける。
ミーナにとって一夜限りの付き合いだったが、共に死線を超えたルカとの間には得難い絆を感じていたことも確かだ。
そんな胸の内を、妖刀は見抜いていたらしい。
「うん、でもこれからの冒険の方が楽しみだから。」
ミーナの答えも、妖刀にとって予測の範疇だったのだろう。
『お前さんらしいわい……。』
妖刀は小さく呟いた。
しかし、その時、ミーナの身体に異変が生じた。
「うぅっ……。」
『どうした、ミーナ。顔色が悪いぞ?』
妖刀の問いに答えることも出来ず、ミーナはその場で嘔吐して倒れてしまった。
『ミーナ⁉ おい、ミーナ‼
少しの間を置き、妖刀は焦燥し切った声で呟いた。
『まさか……。』
得体の知れない何かがミーナの身体を蝕んでいる。
妖刀にはその正体について、思い当たる節があるらしい。
『嗚呼、何という事じゃ……。
妖刀の沈痛な呟きには深い諦めが滲んでいた。
彼はミーナの現状には『
そして、現代の崩壊した文明にはその悪影響の治療方法は無いとも。
『ミーナよ……。苦しいか……?』
ミーナから応答は無い。
彼女の意識は混濁状態にある。
そして悪い事は重なるものらしく、この状況で巨大な多頭
『
ただでさえ絶望的な状況下で、カイブツとの遭遇と会っては正に絶体絶命のピンチである。
意識の無いミーナも、自ら動けない妖刀にも確実に迫り来る死から逃れる術はない。
少女と妖刀では、彼女達だけではどうにもならない。
しかし、その時多頭
それはこの時代に妖刀が見た誰よりも大柄な男だった。
「何だ? 女の
ミーナを
色白な銀髪のミーナとは対照的に、褐色と金髪、そして青藍と柳緑のオッドアイが印象的な美青年が見るからに重そうな
「面倒だが仕方が無い。助けてやるか……。」
そう言うと青年は
これだけでも相当な
少なくとも妖刀はそう目算していた。
だが一瞬の間の後、
ミーナを食らう筈だった多頭の口々は狂い悶えながら互いに噛み付き合い、程無くして動かなくなった。
「気色悪いな……。
青年は不快感を隠そうともせず舌打ちする。
そしてカイブツの肉片を蹴飛ばしながらゆっくりとミーナの元へ歩み寄って来る。
『何じゃ
訝しむ妖刀の心など知る由も無く、青年はミーナの
その表情には先程カイブツを見た時の様な嫌悪感は無く、唯状態、事実を俯瞰しているといった面持ちだった。
そして、ミーナの切断された左腕を手に取る。
「失って間もないな……。こんな状態でうろうろ出歩くとはどうかしている。処置そのものは上出来だがな。この発熱は感染症か? 意識は……朦朧としているようだな。まあ何にせよ、あれを飲ませるしかないか……。」
彼はそう言うと、
「水も貴重だが、こいつはもっと珍しい。運が良いな、後一粒だけ残っていた。
妖刀は、その錠剤を見ただけで直感した。
ミーナは助かる。
彼が投与してくれる錠剤は、間違いなく喪われた文明の産物で、高い治癒効果を持っているのだと自然と呑み込めた。
事実、水を与えられて飲み込むことが出来たミーナの顔色は幾分か快復していた。
青年はミーナの右胸に手を当てた。
彼は一瞬何かを
しかし、その瞬間、ミーナの平手打ちが青年の顔に飛んだ。
「おいおい、命の恩人に対して、随分な御挨拶だな……。」
ミーナの右手首を掴み、彼は揶揄うような、人を小馬鹿にしたような笑みを彼女に向けていた。
「助けてくれたことは、
「まさかだろ? 心拍を確認しただけだ。」
「嘘! だって……‼」
「嗚呼、それは誤解するかもな。だが、よく間違えるんだよ……。」
青年はミーナから手を放し、その左手で自分の右胸を叩いた。
「
彼の言葉に納得したのかしないのか、ミーナは小さく息を吐いてよろめいた。
「暫くは安静にした方が良い。そこの木陰で休んでいろ。余計な客には
ミーナは彼に右肩を支えられながら、木陰へと誘導されていった。
その際、妖刀の鞘が彼の
「さっきから気になってはいたが……小さな体に不釣り合いなものを持っているな。
青年は妖刀を手に取り、初めから知っていたかのように鞘からはの一部を抜き身にした。
『なんじゃ、
妖刀は青年の振る舞いに驚き、困惑の声を上げる。
ただそれは、ミーナにしか聞かれていない筈だった、そう思っていた。
「まただ。この刃物、人語を喋るのか?」
「『なっ……⁉』」
ミーナと妖刀は同時に驚いて声を上げた。
ミーナ以外に妖刀の声が聞こえる人間がいるとは。
「
ミーナは瞠目して尋ねた。
何もかも異様なこの青年の正体が気になって仕方が無い。
だが、それは相手としても同じであったらしい。
「
青年の言葉に、ミーナは一つ確信を持った。
こいつ、いけ好かない男だ。
言葉の端々に一々傲慢な自意識が染み着いていて鼻に付く。
だからミーナは、敢えてこの男の口にした「定型」に従った。
「
青年は眉一つ動かさず、傲慢さを笑みに湛えたままミーナに答える。
「
遺跡探索者・シャチとの出会い。
また一つ、ミーナは自らの運命を大きく変える出来事に巡り合わせた。
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