Episode.14 遺跡の番人

 牛頭の鉄像『バッファローゴーレム』はミーナに向けて金棒の様な武器を振るった。

 大した速さは無く、ミーナは楽々これを背後にかわす。

 しかし、金棒が振るわれた範囲、丁度円周の三分の一程度の中空に金棒から外れたと思われる棘の様な物が十数個残されていた。

 それらは『バッファローゴーレム』を中心に扇状に配置され、棘を外側に向けている。


『ミーナっ‼ 跳べッッ‼』


 妖刀の叫びに応えなければ危ない所だった。

 棘は各々の先端から光線を発射したのだ。

 もしミーナに当たっていたら彼女は蜂の巣にされていただろう。


「はあぁッッ‼」


 ミーナはただ回避の為に跳んだだけではなく、その勢いのまま『バッファローゴーレム』に斬りかかった。

 縦に一閃、彼女は確かに斬ったという手応えを感じた。

 隻腕の非力は重力を利用してカバーするという技術を、ミーナは遺跡で遭遇した鉄の人形を相手に戦う中で身に着けていた。


 しかし、今回の敵は中々一筋縄ではいかないらしい。

 ミーナの剣は『バッファローゴーレム』の左肩を半身ほど裂くに留まった。

 寸でのところでかわされてしまったようだ。


『今までの敵より出来るようじゃ。ミーナ、気を抜くなよ! 先程の棘もまた仕掛けて来るやも知れん!』

「分かってるよ‼」


 妖刀の懸念通り、先程光線を撃ってきた棘は縦横無尽に飛び回り羽虫の如くミーナに纏わりついてきた。

 そして、ミーナが戸惑っている間に次から次へと棘をミーナに向けて突撃してくる。


 ミーナは瞬間、多少のダメージは覚悟の上で棘の群を突っ切って突撃をやり過ごした。

 四・五本の棘がミーナの肩や腿に刺さってしまい、また多数の裂傷を負ったが、動きに影響するほど深くない。

 ミーナは棘を抜き捨てると、再び体を『バッファローゴーレム』の方へ向けた。


『良い判断じゃ。先程の突撃、速度は恐らく銃弾程度。的にされてはひとたまりもなかったじゃろうて。』


 妖刀がミーナを褒めている間にも、休むことなく敵は仕掛けてくる。

 今度はミーナと相対した『バッファローゴーレム』本体が先程の棘を金棒に戻して再び振るってきた。


 ミーナは空かさず、『バッファローゴーレム』に対して攻撃のタイミングを合わせて斬りかかる。

 相手の力を利用したカウンター、これもこの遺跡の戦いで学んだことだった。

 類稀な強さと並外れた戦闘センスを持つ彼女だが、それでも未だ素人でありそれ故に成長速度は目覚ましいものがある。


 両者の身体が交錯し、ミーナは切っ先に残身を保っている。

 背後で鉄の巨体が膝を折り、倒れ伏した。

 戦いを制したのはミーナだった。


『見事じゃ……。』


 感心する妖刀だが、戦いはまだ終わっていない。

 ミーナがシャチの方へ振り向こうとした瞬間、物凄い数の炸裂音がけたたましく鳴り響き爆煙を上げた。


「シャチ⁉」


 一瞬彼の身を案じたミーナだったが、すぐに杞憂だと知ることになる。

 先程の爆裂は寧ろ『ホークゴーレム』の攻撃がシャチに届かなかったが故に起こったことなのだ。


「上空という絶対の死角に位置し、相手の攻撃が届かない範囲から自分はミサイルの雨を降らせる……。成程、合理的だな。生身の人間で攻略できる者は殆ど居まい……。」


 言葉とは裏腹に、シャチは相変わらずの傲慢な自信に満ちた笑みをその顔に湛えている。

 そして、例外の存在を誇示するべく巨大な戦斧ハルバードを構えた。


「だが、このおれを見下ろそうとは如何いかに機械人形でも気に入らんな!」


 シャチは目にも留まらぬ速さで戦斧ハルバードを振り抜き、凄まじい旋風を上空高く離れた『ホークゴーレム』に炸裂させた。


「地に墜ちろッ‼ そしてすべからくこのおれの前に平伏せぇッッ‼」


 鉄の猛禽はカイブツのように八つ裂きとはならなかったものの、突風に抗えずに吹き飛ばされて天井に激突した。

 そして青白いスパークを漏らし、飛行能力を失ってそのまま床に叩きつけられた。


「やったぁ‼」


 ミーナとシャチ、共に鉄像の敵を撃破することが出来た。

 シャチは駆け寄ってきたミーナを自らの背後に隠し、行動不能となった鉄像から庇うように立ち塞がる。


「さて、どう出る? 爆発四散して終了か? それとも……。」


 どうやら彼はミーナを敵の自爆から護ろうとしているらしい。

 しかし、二体の『ゴーレム』は漏電しながら壊れかけの体を動かそうとしていた。

 そして、先程の無機質な女性の声が再び響き渡る。


『防衛行動、パターンBに移行。バフォメットゴーレム、始動……。』


 声と共に、二体の鉄像は勢い良く衝突した。

 そして耳を劈くような金属音に目と耳を塞いだミーナが再び目を開けてシャチの身体越しに衝突の在った場所を見ると、そこには牛の代わりに山羊の頭と猛禽の代わりに鴉の翼を備えた一体の新しい鉄像が仁王立ちしていた。


「成程、『変形合体』と来たか……。」


 シャチは戦斧ハルバードを握り締める。

 そしてミーナも、シャチの陰から出て妖刀を構えて並び立つ。


「ミーナ、おれに一つ考えがある。」


 シャチはミーナに耳打ちし、彼の作戦を伝えてきた。

 一瞬瞠目したミーナだったが、すぐに決心して新たな敵へと向かって行った。


「やあぁッッ‼」


 ミーナは横一線に妖刀を振るう。

 敵の『バフォメットゴーレム』は先程までの『ホークゴーレム』のように宙空へ舞い上がって攻撃をかわした。

 どうやら再び上空から離れて攻撃するつもりらしい。


 手には『バッファローゴーレム』が先程ミーナに猛威を振るった金棒がある。

 更に開いた肩口からは『ホークゴーレム』が先程シャチに発射した炸裂弾が顔を覗かせている。

 見るからに厄介な攻撃を仕掛けて来そうな気配だ。


 だが、ミーナとシャチには作戦があった。

 まず、ミーナは妖刀を上空の『バフォメットゴーレム』に向かって投擲とうてきした。

 当然、自在に飛び回れる敵はこれを回避しようとする。


 ここでシャチの出番である。

 彼が戦斧ハルバードを振るう時、その膂力りょりょくは凄まじい旋風を巻き起こす。

 ミーナが投げた刀はそれに煽られて軌道を変えた。


『な、なんちゅう事をするんじゃあっっ‼』


 妖刀は抗議の叫びを上げるが、二人の狙い通り『バフォメットゴーレム』はこの予想外の変化球に対応できず、胸に刃を突き立てられた。

 これだけでは致命傷にならなかったものの、空かさずシャチが第二の旋風を巻き起こす。

 今度はミーナ自身がそれに乗って『バフォメットゴーレム』に飛び掛かった。


『おい、無茶にも程があるじゃろ‼』


 妖刀の懸念も正に何処吹く風、ミーナは柄を握り締めて力一杯右腕を振るう。

 実際には、妖刀を掴む手がブレーキを掛けてミーナの身体を『バフォメットゴーレム』に釘付けにしようとする。

 かく、そんな二つの意識が折り合わさった結果、ミーナは『バフォメットゴーレム』の背後に投げ出され、その際に妖刀から抜けた『バフォメットゴーレム』もまたシャチの待ち構える床に向かって投げ落とされた。


「中々面白いギミックだったが、これ以上相手をするのは面倒だ! 最後くらいおれ戦斧ハルバードを直接味わってみるが良い‼」


 そう言うとシャチは戦斧ハルバードを三度振るい、『バフォメットゴーレム』を真っ二つに割った。

 そしてすぐさま空中に投げ出されたミーナの身体の落下地点へ走り、彼女を受け止める。


「よくやった。偉いぞ。」

「そっちこそ、ちゃんと約束通り出来たね。」


 今日会ったばかりとは思えない二人の息の合ったコンビネーションが今度こそ敵を撃破した。

 シャチの背後で『バフォメットゴーレム』が爆発四散すると共に、それまで一面何も無かった行き止まりの壁がまるで灯を消すように先へ続く通路を開けた。


「行くぞ。」


 シャチはミーナを降ろし、開いた通路へと足早に入って行く。

 ミーナは例によって置いて行かれまいと駆け足で彼に着いて行った。


『やれやれ、わしに心臓が無くて助かったとしか言えんわい……。』


 乱暴に扱われた妖刀は独りちる。



**



 シャチの興味は通路の先に向かっている。

 ミーナはそんなシャチに着いて行くのに必死だった。


「思った通り、この遺跡で正解だったらしい……。」


 通路の先で二人は見えない程天井が高い、円形の殺風景な広間に出た。

 シャチは確信に満ちた様子で部屋の中央にある丁度妖刀と同じくらいの長さの円筒に向かって歩いて行った。

 円筒の先は薄っすらと白い光を放っており、無機質な空間に何か神秘的な空気を醸し出している。


 シャチは勝手知ったる様子で、円筒のから人一人分の間合いを取って立ち止まった。

 ミーナは少し遅れて彼の横に並ぶ。


「何が始まるの?」

「黙って見ていろ。すぐに分かる。」


 ミーナは考える。

 この円筒がシャチの目当てなのだろうか。

 しかし、だとすると彼が示唆していた「誰か」とは一体何のことだったのか。


 ふとシャチの方を見ると、その視線は円筒ではなく寧ろその上の空間に向いていた。

 そして、彼は何者かに呼び掛ける。


「居るんだろう? 来てやったぞ! さっさと姿を見せろ‼」


 やはり、シャチは誰かに会う為に此処ここへ来たらしい。

 しかし、この空間に人が潜める場所など一切見当たらない。

 訝しむミーナを横目に、シャチは更に呼び掛ける。


「聞こえないのか? なあ! リヒトよ‼」


 二度目の呼びかけに呼応するかのように、円筒の光が天に伸びた。 

 そしてそれは一瞬激しくミーナとシャチを包み込む。


「な、何⁉」


 突然の事にミーナはまたしても目を閉じた。

 そして何処からともなくシャチのものとも妖刀のものとも異なる男の声が響いてきた。


『ようこそシャチ、そしてミーナ。真実を求める者達よ……。』


 それは今までに聞いた事も無いような、夢見るように心が安らぐ美しい声だった。

 ミーナは恐る恐る目を開けた。

 すると、二人の前にある円筒の上に一人の儚げな青年の姿が浮かんでいた。

 年の頃はシャチよりも少し上くらいに見えるが、何処どことなく今までに出会った誰よりも歳月、というより歴史を感じさせる立ち姿をしていた。


『初めまして、ミーナ。わたしはリヒト。喪われた文明の真実を護り、未来を切り拓く導き手を待つ者。』

「だからおれ態々わざわざ会いに行ってやると言っているだろう、リヒト。」


 どうやらシャチがリヒトに会うのは初めてではないらしい。

 そして、リヒトこそがこの遺跡でシャチの求めていた人物に違いない。


『シャチ、悪いが先に少しだけミーナと話をさせてくれないかい? きみとの今までの経緯いきさつを共有しておきたい。』


 ミーナはかつて無い程胸の高鳴りを感じていた。

 それは、これまでとは次元の違う世界へと踏み込む予感。

 今正に、彼女の運命の歯車は力強く噛み合い車輪を回そうとしていた。

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