第26話
学びの時間が終わり、猫たちは昼食をとる。
席に着いた紅梅はひとり呟く。
「そうか。今日は定期集会だったな」
「ええ。品のない言葉で言えばお給料日です。または猫同士の貶し合い…まあ、紅梅様はいつも通り最上でしょうが」
「…嬉しくない」
「群青様はいかがです。そろそろ殺されることにも慣れてきましたでしょう。売上も上昇傾向なのでは?」
「…紅梅の科白を借りる。嬉しくない」
「は。どの方もこの方も…くくっ」
目を伏せ、口角を歪め含み笑う柳は、煮物の南瓜を箸で突き刺す。行儀の悪い行動に顔を顰めた紅梅だったが、小さく溜息をついた後、ふ、と笑みを作り、ふたりに問いかけた。
「ところで、明後日は私たちの班の外出が許されるぞ。群青は二度目…じゃ、ないか」
「ああ、そうでしたね…前回は、群青様だけお許しが出なかったんでしたっけ」
「ああ」
群青が彩潰しに入り間も無くして、彼ら桜萌葱の班は外出許可の日が巡ってきた…しかし、外界から色売り屋に入ったばかりの群青は、まだ未練が残っており、脱走の恐れがあると判断され、散策を許可されなかった。
「群青様…外界への未練は消え失せましたか。今回の外出を利用して、彩潰しを脱走したいとは思っておりませぬな?」
「猫がどこに行けるという…柳」
「別に、群青ははじめから脱走する気などなかっただろう…あの時、許可がおりなかったのは、彩潰し側の規則だ。過去にそういった脱走例があったのだろう」
「外界はどこまでも続いておりますからね。どうやって逃げた猫を捜索するのやら」
かちゃり、かちゃり、と食器の音が響く。
猫たちの会話のざわめきが食堂に満ちる。
飛び交う言葉を少し聞く。
食事の味について。
この後の集会について。
昨日の客について。
今晩の演技について。
今週はどれくらい殺してもらえただろう。
今日はどのように殺してもらえるだろう。
来週はどのくらい無惨に殺されるだろう。
猫の下卑た言葉。
一度拾えば止めようがない。
殺す。殺される。殺してもらえる。
死なせてもらえる。死ねる。死ぬ。
殺害は愛。死は幸福。痛みは生の証。
がたっ。
…群青が立ち上がり、食堂を走り去った。
柳が片目を細める。
「勿体ない…また吐き戻しですか」
「最近ひどいな」
「これだから年増の紛い物は…汚らしい」
「仕方がないだろう。人の世で生きてきた時間が長すぎる」
「紅梅様には理解できるのですか」
「…理解しているつもりだが、及んでいないのだろうな。だから私は、彼を追いかけていない…」
残された食事と投げ出された箸…群青の席を見遣り、紅梅は暗く目を伏せた。
ふ、と柳は笑う。
「…この上、群青様まで長期療養となったなら、彩潰しも猫を見る目がないということになりますな」
「そういえば、柳…お前の教室、どうしたんだ。青藤様を見かけなかったのだが」
問いかけられ、ああ、と柳は答えた。
「替わった…とだけ聞かされました。理由は存じませぬ」
「替わった?」
「ええ。でもまあ…」
湯呑みから煎茶を啜った柳は、にたりと、誰にでもなく馬鹿にするような笑みを浮かべ、呟いた。
「この流れでは、青藤様も長期療養…なのでは? くくっ」
「よせ、柳…お前が元凶のような発言だ」
「失礼な。わたしは無実でございます」
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