七章

第25話

猫は幸福だ。

傷を負わず死なぬ身体で、無限に傷を付けられ、無限に死ぬことが幸福だった。

傷つけられる度に承認を得て、凄惨に死ぬことでこれ以上なく喜んでもらえる…相手が狂人だろうと知ったものか。化け物、化け猫として人の世から外れた猫たちは、褒めてもらえるのなら誰だって良かった。

褒められ、認められ、殺され、愛でられることが幸福だった。

例え偽物でも。

しかし。

紛い猫や、夢を見た猫は、無駄な知識をつける。

死を売るために生きている己を、不幸だと思い始める。

猫であるくせに、まるで人のように振る舞い、人と同じ幸福を求め始めるのだった。

ある猫は痛いのは嫌だと泣き出した。

ある猫は外に出たいと駄々をこねた。

ある猫は愛されたいと醜さを見せた。

そして、どれも叶わぬと理解した猫たちは、死にたいと願った。


猫である彼らは、どうしたって死の呪縛から逃れることはできない。人間に痛めつけられることは義務だ。不自由なことは決まりだ。本物を得られないことは当然だ。生きる理由は死ぬためだ。

猫には真の幸福など与えられない。猫は真の幸福を知ってはならない。猫が真の幸福を知ることはない。

幸福を知っては愚かだと…そう教えられ、愚かな猫たちは心底の願望を押し殺し、夢を語ることをやめるのだ。

それでもこぼれてしまった欲望は、ある時、化け猫たちの間でひとつの空想を作り出した。

猫でも死ねる場所がある。

猫が本当に死ぬことができる場所がある。

どこにあるかはわからないが、誰かが見たと言ったのだ。


永久機関がある、と。


選ばれた猫が招かれる場所。

認められた猫が導かれる場所。

自由を得た猫が辿り着く場所。

永久機関に迎えられれば、猫は本当の死を手に入れることができる。永遠の苦痛から解放され、死の呪縛から解き放たれる。忌まわしい化け猫でも天の国へ逝ける。

永久機関は、猫の救いの場所。

空想は伝説となり、伝説は噂となり、噂は希望になり…猫たちは議論する。本当の死とはどんなものだ。死はこれ以上ない幸福だが、それは救いなのだろうか。苦痛を苦とするのは猫の大罪ではないか。

夢を見ることは愚かだと目を逸らしても、猫たちは胸に希望を抱く。

いつか本当に死ぬことができる。

いつか最大の幸福が手に入る。

いつか本物の救いが訪れる。

その日が来るまで、猫たちは生き続け、死に続ける。

化け物と呼ばれようと、化け猫と名乗ろうと、所詮は彼らも…───

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