四章

第13話

色売り屋に訪れる人間の種類は二つ。

選ぶ人間…二、三度色売り屋に訪れた通いの人間のほとんどが、好みの猫を選ぶようになる。好意の文を送り、名を覚えてもらおうとする客も居る。

または、選ばぬ人間。

色買いが初めての者ならば、猫を選ぶことはまずない。猫の鳴き声や外見を知らなければ、どれを選ぼうと同じだ。

だからこそ、わざと選ばぬ人間も居る。

殺せば死ねばどれも同じ。猫の外見や声には興味を持たず、ただ殺戮衝動を満たすためだけに色を買いに訪れる。純粋な加虐嗜好の人間。

猫は客に対して演技や科白を変えるものだ。

猫を選ぶ客前者に対しては、相手の好むように鳴いて聴かせ、悶えて見せる。よりわざとらしく。或いは自然体に。猫にはそれが可能だ。

猫を選ばぬ客後者に対しては、余計な科白を吐かないのが常識だ。前戯に誘い文句こそ述べるが、いざ殺害が始まれば、下品に鳴くこともなく、ただただ肉細工となって血や肉を撒き散らせば良い。猫にはそれを耐え抜くことが可能だ。

しかし。

「ぐがあっ! あ、がああっ‼︎」

その壮年の猫には、未だに不可能だった。

群青は、その年齢になるまでのほとんどを人間として過ごし、猫となって過ごしたのは僅かひと月と半分。

手解きもなしに客に出された初夜には顔を傷つけられ、人間の生き方が染み付いた身体は、未だに死の快楽を受け入れることは出来ず…猫になりきれないまま売られている、粗悪品だった。

「ひゅっ、ご…ああがああっ‼︎」

「こっ、このっ⁉︎」

群青の死に物狂いの抵抗は、客が持つ電動工具を蹴り飛ばし、その回転する凶器は客の頬を掠めて吹っ飛んだ…ががが、と畳を削って工具は止まる。

客は危機感と怒りに青ざめ、脇腹を激しく抉られ蹲る群青の、その傷口を踏みつける。

「この猫‼︎ 猫のくせに客を殺す気か⁉︎ ええ⁉︎ お前はどこまで欠陥品なんだよ⁉︎ 人間みてえに暴れ狂いやがって醜い‼︎」

「ぎっ、やめ…ごっごええっ‼︎」

「だから紛い物は嫌いなんだ‼︎」

猫には二種居る。

先天性の猫。遥か昔より猫の家系が続く純血。または、家系に猫が居なくとも、はじめから不傷不死として生まれた子供。

後天性の猫。人間として誕生したが、ある瞬間に不傷不死となり、猫となった者。その年齢は老若問わない。齢三つで猫になった童児も居れば、還暦で突如猫になってしまった者も居る。

生まれつきの猫は、猫としての性質を確立している。傷を負うことも死ぬことも恐れず、どこまでも美しい死に様を晒すことができる。

後天的な猫は、猫に成りきることが難しい。傷を負うことも死ぬこともひどく恐れ、醜い悲鳴と醜い抵抗の果てに、醜い死に様を晒す。

猫となった者は人の世では生きてゆけない…だからこそ、猫の居場所の一つとして、色売り屋がある。死を売って稼ぎ、承認を得る猫屋敷。猫の住まう場所。

そこには純血の猫も、紛い物の猫も揃っている。

紛い物は、人間からも猫からも嫌われる。

客は電動工具を拾い上げ、起動釦を入れた状態に固定し…激しく回転する捩れ錐を群青の腹へ思い切り叩きつけ、刺し込む。

「があああっ⁉︎」

腹の肉と中身が抉られ、血飛沫が散り…弾け飛んだ工具は群青の腹の上で、更に皮膚と肉を削る。

凄惨な悲鳴と血潮を浴びながら、客は外に向かって気怠げな声を上げた。

「すみません。金は払いますので、捨て猫にしたいのですが」

猫を取り替えることを『捨て猫』と呼ぶのは、人間にも猫にも通じる言葉…それは最大の罵倒で、最大の屈辱でもあった。

今の群青には、安堵の言葉にも捉えられた。


しかし結果を出せなければ、彼が望むものは、主人から与えられることはない。

それがわかっていても、やはり苦痛には耐えられない。

子の刻を過ぎるまで、その拷問は続く。

身を清める僅かな休憩の時間を挟んで間も無く…群青は別の部屋へ連れ出される。

既に客の方が先に控えていた。

「おや…猫様、遅刻ですかな?」

人間にしては美麗な、若い男が微笑んだ。

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