第3話 弱い立場の母親は、布団に入って寝るときの、6時間ほどが、心休まる時間なんだと…言っていました…。

 男は、去っていった。

 妹は、恐ろしくて恐ろしくて、動けなくなっていた。

 「さむいよ…」

 湯船から、立ち上がれず。

 ピンポーン…。

 「帰ったわよー」

 母親の、声!

 「ちょっと、あんた!何、やってるの!お風呂、冷たくなっているじゃないの!こっちに、きなさい!」

 キッチンのガスコンロで、暖まった。

 イスの上に立ち、母親が、身体を支えてくれていた。

 「おかあさん…ありがとう」

 妹の涙が、止まらなかった。

 「それで…ナエさん?」

 「はい」

 「姉である私も…。あの家には、いられなくなってきちゃいました」

 「…」

 「母親、妹、私…。女性は、つらすぎました」

 「…」

 「私が悪いから、こんなことになっちゃったのかなあって、思えてきました」

 「…」

 「私、…つらかった」

 「…」

 「押し入れで、1人、泣いちゃったこともあります」

 「…」

 「私がいるから、こうなっちゃったんですよ。皆、皆、私が悪いんだから」

 「…」

 「親ガチャには勝てても、人生ガチャでは、勝てないんですよ」

 「そんな…」

 「ナエさん?」

 「はい」

 「私は、もう、どんなにがんばっても、無理なんだと思います。これが、コロナ禍の呪縛、なんです」

 「…」

 「もう、無理」

 「…」

 「気が付いたら、家を、飛び出していました」

 「…そう」

 「私は、何てことをしてしまったんだろうって、涙が出てきました」

 「…」

 「私は、無責任すぎました」

 「責任だなんて言葉…、考えなくても、良いのに」

 「でも…」

 「…」

 「母親は、母親は…。私と妹の2人を育てるのに、必死でした」

 「そうだよね…」

 「必死すぎました。見ていられなくなるくらいに…」

 「…」

 「母親は、どんなに、苦しかったことか」

 「…」

 「女の非正規、有期が、どんなにきつく、つらいことか」

 「…」

 「母親は、布団に入って寝るときの、睡眠時間も満足にとれなかった、その6時間ほどが、心休まる時間なんだと…、言っていました」

 「…」

 「それだけの時間でも、ホッとするんだって…」

 「…」

 「救われるんだって…」

 「…」

 「ただ…」

 「何?」

 





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