問14.5 次の英文を日本語に訳せ「You are the one.」

「ねえきょーちゃん、これってなんて訳すの?」

 期末試験前日。図書室で珍しく横並びに座った白瀬は、僕にそう問いかけた。

 テスト直前の今日は、僕たち以外にも勉強している生徒の姿がある。いつもより近くから、囁くように話しかけられ、なんとなく落ち着かない。

 どことなく浮ついた自分を自覚し、それを振り払うように英文に目を落とす。


 You are the one.


「これって、あなたは一人です、じゃ意味わかんないよね?」

 長文の中に出てきた、一見簡単な単語で構成されている文章。しかし、白瀬の言うとおり、単純に訳すのでは意味が通らない。

「これは数字の1ではなく、代名詞のoneだが……この場合は慣用表現として一文で暗記するのがいいだろうな」

「?」

「You are the oneで、あなたなは運命の人だ、とか、理想の人だ、みたいな意味になる」

「理想の、ひと……」

 僕の言葉を、白瀬は口の中で小さく繰り返した。

「そっか、ありがと!」

 かと思うと、いつもの快活な笑みを浮かべてお礼を言い、勉強の続きに戻っていく。

 なんとなく反応が気になったが、そんなことより自分の勉強をしなければ。僕も勉強に戻り、そのうちに先の違和感は忘れてしまった。



 翌日。期末試験一日目を終えた僕は、熱を出して保健室のベッドで横たわっていた。

 白瀬に保健室まで運んでもらい、親に連絡して迎えにきてもらうことになったところまでは覚えているのだが、そこからの記憶が無かった。どうやら、その辺りで力尽きて眠ってしまったらしい。


 ふと、自分のそばに人の気配があるのに気付く。

 母親だろうか。だとしたら起きなければと思うのだが、身体は泥に沈み込んだように重く、瞼すら開けるのが億劫だ。


 と、その時。

 何かが、僕の髪に触れた。

 細い指が上下し、僕の頭を静かに撫でる。

 母親ではないだろう。親子仲は悪い方ではないが、高校生にもなった息子の頭を撫でるようなタイプではない。

 じゃあ、誰が。疑問に思った僕の耳に、聞き慣れた声が届いた。


「きょーちゃんはほんとに、がんばりやさんだね」


 僕のことをきょーちゃんなんて呼ぶのは、この世に一人しかいない。

 だから、これはきっと僕が見ている夢なのだろう。風邪を引いて熱を出した時に見る、変な夢。


「You are the one.……なんてね」


 寝ている僕を気遣うような、あるいは内緒話をしているかのような、囁き声。夢だと分かっていても、胸がどきりと跳ねる。

 頬が、頭が熱いのは熱のせいだ。

 ああでも、どうせ夢なら。

 もう少しだけこの夢が続けばいいなと、そう、思ってしまった。

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