おまけ問題
問10.5 「もしもし」を英語で何と言うか答えよ
「はいっ、きょーちゃんせんせ!」
放課後の図書室。いつも通り、机を挟んだ向かいに白瀬が座っている。
「なんだ?」
びしっと元気よく手を挙げる白瀬に問いかけると、白瀬は問題集の一点を指さした。
「ここがさ、全体的によく分かんなかったんだけど」
言われて視線をやる。これは……。
「これは電話表現だな」
「電話表現?」
オウムのように僕の言葉をリピートし、白瀬が首を傾げる。
「ああ。電話での表現は少し独特で、知っていないとなんだかよく分からないものが多い。確かにまだ教えてなかったな」
もっと基本的な文法を優先して教えていたため、電話表現については飛ばしてしまっていた。せっかくだし、今日は電話表現について学ぶとするか。
「じゃあ、一文目から順に訳していってくれ」
「Hello.May I speak to Bob?」
「こんにちは。五月の私はボブと話しますか?」
「Hello以外いっこも合ってないんだが?!」
五月の私って一体なんなんだ、とか突っ込み出すと切りが無いので、要点だけをさらりと教える。
いまの白瀬は乾ききったスポンジのようなもので、幸い教えた側から知識を吸収していった。
「白瀬、もう一度言うが、これは電話をしている場面なんだ。もう少し柔軟に、電話だったらどんなやりとりをしてそうか考えながら訳してみてくれ」
「んー、柔軟に、自然に電話する感じね。おっけー」
指でわっかを作ってから、白瀬はもう一度先の英文に目を通す。
「もっしー? ボブっちいま電話おっけー系?」
「いや、柔軟すぎるだろ!」
「え? 間違ってた?」
「……いや、概ね合っている、な」
流石にこれを答案に書いたら×がつくだろうが、確かに概ね合ってはいる。合ってはいるが……なんだろう、この、釈然としない気持ちは。
納得のいかない気持ちを、ごほん、と咳払いで飲み込み、次の文の訳を促す。
「Sorry,but he's out now.」
「ごっめーん。彼は今、アウトになってお尻をバットで叩かれてるとこ」
「笑ってはいけない電話表現24時?!」
ここが図書室であることも忘れ、思わず全力で突っ込む。バットとアウトから連想したのだろうか。それにしても、電話をかけたら相手がケツ叩かれてるってどんな状況だよ。白瀬の頭の中、異次元過ぎる。
「he's out now.で、彼は今出掛けています。と訳すんだ」
僕が言うと、白瀬は「なるほどー!」と、拳で手のひらをぽんと叩いていた。……まあいい。次に行こう。
「OK.I'll call back later.」
「おっけー。あとでzipファイルで送っとくね!」
「いや、もう何をどうしたらそうなるのか分からないんだが?!」
zipファイルは一体どこから出てきたんだ。
ちなみに、正しい訳は「わかりました。後でかけ直します」である。
困惑する僕に、白瀬が言う。
「え? だって、凍った手紙ってことは、解凍が必要な手紙かなって思って。zipファイル的な」
「……callは凍るじゃないし、laterは手紙じゃない」
手紙はletterである。こちらの間違いは百万歩ほど譲って分からなくもないが、callを「凍る」と読むのは流石に勘弁してもらいたい。連想ゲームでもさせられているのか、僕は。
思わず頭を抱えそうになるが、これしきのことで躓いていては、白瀬に英語をマスターさせるのは不可能である。彼女はいつもこちらの想像を超えた解答を返してくるからな。
この前なんか、「I want to show you my dog.」を、「私は犬に醤油をかけたい」って訳していたし。犬がかわいそう過ぎる。show youは醤油ではないのだ。
「ねえねえきょーちゃん」
問題を解きながら白瀬が言った。
「「May I have your name,please?」って、恐いよね。千と千尋的な?」
「いや、物理的に名前をくれって言ってるんじゃないからな?」
自然な訳は、「どちら様ですか?」である。
その後も電話表現について教え、よく分からなかったという問題を解き直させる。
一通り電話表現が身についたかな、と思ったところで、あることを思いついた。
「最後の仕上げに、ロールプレイでもしてみるか」
ろーるぷれい? と、きょとんとする白瀬に、実際にやってみるってことだと説明する。
「確かに、そっちの方が覚えやすいかも!」
文章をただ見るだけよりも口に出した方が、視覚と聴覚の二つを使って暗記をするため記憶に残りやすいはずだ。
それに、白瀬はまだ長時間勉強をすることに馴れていない。ここらで一度、机に向かって問題を解く以外のことを挟んだ方が、このあとの勉強でも集中力が続くだろう。
「あいらからかけるんでいいの?」
白瀬がスマートフォンを耳に当てて問いかける。結構本格的だな。
せっかくなので僕もスマホを耳に当て、いいぞ、というように視線で促した。
「If if?」
「もしもしはIf ifじゃないッ!!!」
その日一番の叫びが、図書室に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます