問、クラスのギャルに「勉強おしえてっ」と言われたときの最適解を求めよ。なお、見返りに〝いいこと〟を教えてもらえるものとする。
問23.次の英文を日本語に訳せ「She was made to be the winner.」
問23.次の英文を日本語に訳せ「She was made to be the winner.」
学期末マーク模試、当日。
教室はざわめきに包まれていた。
「え、あんな人うちのクラスにいたっけ?」
「あそこの席って確か、藤……藤山? みたいなやつの席じゃなかったっけ?」
台風の目、ざわめきの中心にいるのは、僕だった。
原因は明白で、昨日職員室を訪れた時と同じ見た目――すなわち、長すぎる前髪を適度に切り、眉を整え、姿勢をよくした状態――で、教室に入ったからだ。
昨日僕は、学校中の先生みんなに対して「教室で浮かないよう、白瀬に教えを請うている」という嘘を吐いてしまった。そのため、今更元の格好に戻せなかったのである。
周りの反応は予想通りではあるが、周囲からの視線や興味が自分に向くのはやはり落ち着かない。
落ち着かないといえば、と、僕は横目で白瀬の様子を確認した。
問題集を片手に、友達と何やら話している。時折笑顔が見えて、僕はほっと息をついた。
朝教室で白瀬を見かけたときは、どうしようかと思った。いつかに白瀬の家へ行ったときと同じ、今にも泣き出しそうな不安げな顔で震えていたからだ。
幸い、二人で少し話をしたら、白瀬は自信を取り戻したみたいだった。これなら、大丈夫だろう。
その後、一人で勉強していた際、解答を見てもよく分からなかったという問題について解説をしたあたりで、クラスメイトがぽつぽつ登校し始めたため、僕たちはそれぞれの席に着いた。
そこから一五分ほど経過した今。ほとんどのクラスメイトが登校し、大半の生徒が興味深げに僕の方を見ていた。
周囲の視線から逃れるようにノートを開き、僕はテスト前の最終チェックを始める。とはいえ、今更新しい知識を入れるのは悪手だ。かえって混乱するのを防ぐため、自分の苦手な問題とその解説を纏めたノートをざっと眺める程度に留める。
そうこうしているうちに、担任の氷雨先生がやってきた。
SHRのあと、横長の小さな紙片、解答用紙が配られ、次いで問題用紙の冊子が配られる。
白瀬といると忘れそうになるが、腐っても進学校。先ほどまでのざわめきが嘘みたいに、教室は水を打ったように静かだ。
不審に思われない程度に、深く息を吸い込んで酸素を取り込む。
短い前髪でいつもより視界がクリアで、仕方なく切った前髪も、まあ、案外悪くないかなと思えた。
「ようい、始め」
氷雨先生の合図。紙が捲れる音が教室を包み、再びの静寂。
最初の教科は英語だ。
◇
「いいか。模試を解くときの手順はこうだ」
きょーちゃんに教えられたとおり、問題文をぺらぺらとめくる。うん。いつもの問題構成と一緒だ。
ほんの数ヶ月前まで、模試の時間は退屈だった。
初回のテストの時、マークシートでドット絵を書いたら氷雨先生に叱られた。力作だったのに。
それ以来、マークは怒られない程度に散らしつつ、適当に塗りつぶすようになった。だって、考えたって分かんないもんは分かんないし。
点数はいつも一から三割の間で、高ければ運がよくて喜んだし、低ければ友達に見せてネタにした。マーク模試なんて、運試しにしか思ってなかった。
一ヶ月半。
たった一ヶ月半で、それが変わるなんて思っても見なかった。
「問題の構成を確認したら、次は時間を決めるぞ」
前までは五分で塗りつぶして睡眠に当てていたけれど、今は一分一秒も無駄に出来ない。とはいえ、今回は問題の構成がいつもと一緒だから、事前に考えていた時間配分通りでおっけー。
「いよいよ解き始める。が、まだ問題文は読まないぞ。先に設問と選択肢を読むんだ」
マークの塗り間違いを防ぐため、今回は大問1から順番に解くと決めていた。きょーちゃんの教えの通りに、設問と回答にざっと目を通す。
「分からない単語が出てきても焦るなよ。本文中で簡単な言葉で言い換えてる場合が多いから」
模試を解くのに必要な単語は、全部頭に入れた。そのはず。
だから、知らない単語が出てきても焦らない。できる。大丈夫。
問題を解く。マークを塗る。問題を解く。マークを塗る。問題を解く。マークを塗る。
頭の中に響く、きょーちゃんの声。これまでに教わってきたことが、自然ときょーちゃんの声になって聞こえてくる。
どうしよう。
楽しい。
だって、二人で勉強会しているみたいだ。
勉強が嫌いだった。だって、勉強は一人でやるものだから。
勉強なんてするよりも、友達と喋ったり遊んだりしていたかった。
一人は嫌いだ。だって寂しいもん。
でも。
でも、私は今、一人じゃない。
ああ。勉強も、二人でやれば案外わるくないじゃん。
そんなことを考えながら、次の問題に視線を移す。
思わず、「あっ」と言ってしまいそうになり、今が何の時間か思い出して慌てて飲み込んだ。
下線部Aを訳した文章として正しいものはどれか。
She was made to be the winner.
きょーちゃん。あいらもう、made to beが「まで飛べ」じゃないってちゃんと分かるよ。だって、きょーちゃんが教えてくれたから。
選択肢に目を通す。彼女は勝者になるべくしてなったのだ。あった、これだ。
運命づけられた勝利へ向かって、私は問題を解き進めていく。
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