問、クラスのギャルに「勉強おしえてっ」と言われたときの最適解を求めよ。なお、見返りに〝いいこと〟を教えてもらえるものとする。
問11.次の英文を日本語に訳せ。「The last time when I saw him was so long ago.」
問11.次の英文を日本語に訳せ。「The last time when I saw him was so long ago.」
「白瀬、whoの訳は覚えているか?」
いつも通り、放課後の図書室。机を挟んで向かいに座っている白瀬に、僕は問いかけた。
「知ってるよ! 誰、でしょ」
そんなの簡単、とばかりに白瀬が言った。
「じゃあthatは?」
「あれ、でしょ」
「正解だ。じゃあwhichは?」
「それも簡単だよ。魔女でしょ」
「それはwhichじゃなくてwitchだ」
なぜそうなる。まあ、前よりはかなり惜しい間違いだし、これなら〝あれ〟を教えても大丈夫だろう。
whichは疑問文でよくつかい、「どちら」などと訳すぞと説明していると、白瀬が口を開いた。
「きょーちゃん、さっきからどったの? それ、今日の文法に関係するやつ?」
いきなり単語の意味を問われて戸惑ったのだろう。だが、先ほどの単語の意味の確認は重要なことなのだ。なぜなら。
「ああ、大いに関係している。今日は中学英文法のラスボス、関係代名詞をやるぞ」
「かんけーだいめーし……?」
僕の言を受け、白瀬が小首を傾げる。
「ああ。関係代名詞は、簡単に説明すると、名詞を修飾する代名詞のことだ」
「?」
頭上に疑問符を浮かべる白瀬。
僕はノートに「My friend lives in Washington.」という英文を書いた。
「これは訳せるか?」
「私の友達はブタを洗って生きています!」
「なぜそうなる!」
思わず全力で突っ込んでから、ここが図書室であることを思い出して咳払いした。相変わらず僕たち以外誰もいなくて助かった。
「……Washingtonはワシントンだ。ブタ(ton)を洗っている(washing)わけではない」
思わず頭を抱えそうになるが、washという単語が洗うという意味だと分かっていたからこその間違いだし、my friendも問題なく訳せている。僕が教えてきたこの一週間は、着実に力になっているはず。
そう気を取り直して、僕は先ほどの文について、正しい訳を白瀬に教えた。
My friend lives in Washington.(私の友達はワシントンに住んでいます)
「で、ここからが本題だ。〝私には、ワシントンに住んでいる一人の友達がいる〟という文は、どう表したらいいと思う?」
白瀬は唇に人差し指をあて、うーん、と考え込む。
「私には一人の友達がいますは、I hhave a friend.だよね。んー、と」
首を傾げたまま、助けをもとめるようにこちらを見つめる白瀬。その視線をうけ、僕は口を開いた。
「こういう時につかうのが、関係代名詞だ。単に〝友達〟ではなく〝ワシントンに住んでいる友達〟というために、friendの後ろにwhoをつけて修飾を行う」
I have a friend. + My friend lives in Washington.
= I have a friend who lives in Washington.
(私には、ワシントンに住んでいる一人の友達がいます)
「なるほど!」
どうやら、口で説明するだけだと分かりにくい英文法も、実際の例文を見せたことである程度理解できたみたいだ。
人を修飾する際はwhoを使うが、物を修飾する際はwhichやthatをつかうんだぞ、など適宜説明を挟みつつ、問題演習を進めさせていく。
そして白瀬は、事前に用意した関係代名詞のプリントをついに解き終わった。
最初のうちはしばしば間違えることもあったが、問題を解きすすめるにつれコツを掴んだらしい。問題用紙の後半は、○ばかりがついている。
「きょーちゃん、丸つけまで終わったよ?」
次は次は? と急かしてくる白瀬に、僕は言った。
「いや、用意してきた分の問題はこれで終わりだ」
というか……
「関係代名詞は中学英文法のラスボスだって言ったろ? 中学で習う英文法は、今日までの勉強で全部教えたことになる」
「え……?」
大きな瞳をぱちくりさせる白瀬に、僕は告げる。
「最初の目標、中学英語を完璧にすることはこれで達成だ」
僕の言葉を聞いた白瀬の顔が、ぱあっとほころんだ。
まるで真夏の太陽のような、眩しい笑み。
「きょーちゃん先生のおかげだねっ。ありがと!」
嬉しそうな白瀬に僕は言う。
「それは違うぞ」
「?」
「僕はただ、あれこれ口うるさく指示を出したに過ぎない。ここまでの成長は、白瀬の努力によるものだ」
僕を見上げる大きな瞳。その瞳を真っ直ぐ見つめ返しながら、僕は言った。
「おめでとう。よく頑張ったな」
「~~~~っ!」
僕の言葉を聞いた白瀬の瞳が揺れる。
感極まった様子の白瀬は、小さく首を振って言った。
「……きょーちゃんは優しいからそう言ってくれるけどさ、やっぱりあいらは、きょーちゃんのおかげだなって思うよ。だって、あいらが頑張れたのは、きょーちゃんと一緒だったからだもん」
だからね、ありがと。
普段の元気いっぱいな声音とは違う、囁くような声。
それは、しかし、たしかな質感をもって僕の耳にはっきりと響いた。
◇
今回のオチ。
何だかしんみりした空気になってしまったが、図書館が閉まるまでまだ時間がある。せっかくだから高校で習う関係副詞も勉強するか、と問題を解いていた時にそれは起こった。
「なんかこの例文さ、ちょっと悲しいよね」
白瀬が指さした問題を見てみる。
The last time when I saw him was so long ago.
意味は〝私が彼に最後に会ったのは、とても昔のことだ〟といったところか。
「まあ確かにな」
この一文だけでは関係性が分からないが、かつて仲の良かった友達との別離や、恋人との別れも想像させる。
「会うのを最後にするなんて、どれだけ長かったんだろうね、アゴ」
「so long agoはとても長いアゴじゃない!」
白瀬の珍回答がしんみりした空気をふきとばし、僕はほっとすればいいのか呆れればいいのか分からず、やれやれと首を横に振った。
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