問5.テストで学年238位のギャルが学年30位以内になる確率を求めよ
「えーっと、きょーちゃんせんせ? あいら、そんなにヤバい……?」
頭を抱える僕に対し、白瀬は、お皿を割ってしまったのを飼い主に見つかった犬みたいな表情でこちらを窺う。
白瀬に模試を手渡して、その翌日。
今日も僕たち二人は図書室に来ていた。
「……確認したいんだが、白瀬はいくら積んでこの学校に入ったんだ?」
「ちゃんと表口から入ったもんっ!」
机を挟んで向こう側に座る白瀬。
僕と白瀬の間には、白瀬に解いてきてもらった模試が置いてあった。
それにしても、思わず裏口入学を疑うレベルで白瀬の答案はヤバい。こういう時の返しは早いから、頭は回る方なんだろうが。
頬をフグのように膨らませる白瀬に、思わず僕は口を開く。
「じゃあなんだこの答案は!」
問4 次の文を和訳しなさい。
Mike was made to be an actor.
「ミケ、アクトルさんのとこまで飛べっ!」
「猫を飛ばすんじゃない!」
無駄に元気よく発された珍回答に、思わず全力で突っ込む。
「ローマ字読みを今すぐやめろ。Mikeはミケじゃなくてマイクだし、madeはメイドと読むんだ」
ハンドメイドとか、メイドインチャイナとか聞いたことないか? と訊ねると、白瀬からは「あ、そっかぁ」との返事が返ってっきた。そっかぁではない。
ちなみに解答は、「マイクは俳優になる運命であった」である。make to doの訳が「運命づけられている」だと知らなきゃ解けない問題なので、間違えること自体は想定の範囲内だ。だが、間違えかたが想定の範囲外すぎる。made to beをローマ字読みして、「~まで飛べ」って訳すやつがいるとは思わなかった……。
「それにしても、ほんとよくこの学校入れたな」
僕たちの通う学校は、一応そこそこの進学校である。
一体、この英語力でどう受験を突破したのだろう。
僕の視線を受け、白瀬は「あー……」と気まずげに頬を掻く。
「きょーちゃんはさ、編入組じゃん? あいらは内進組だから、中学入試でさ、国語と算数の二科目だけだったんだよね」
僕たちの通う私立蒼陽学院は、中高一貫の私立高校である。
僕のように高校から編入する奴もいれば、中学からエスカレーター式に高校へと上がってきた生徒もいるわけで、白瀬は後者らしい。
「そんで、あいら中学の頃はなんにも勉強しなかったから、英語は全くわかんなかったり……」
流石に自分でもまずいと思ってるのか、白瀬はしょんぼりと俯いている。
ここから一ヶ月半で学年三十位以内……。
模試の解答に一通り目を通しつつ、僕は思考をフルスピードで回転させる。
本当なら、僕がそこまで勉強の面倒を見てやる義理はないのだろう。
「勉強教えて」と言われたから、仕方なく教えているだけ。頑張って教えた結果、それでも目標が達成できなかったとして、僕が責められる謂われはない。
だけど。
「っ……」
珍しく、しゅんと落ち込んで小さくなっている白瀬。
教室ではいつも笑顔で賑やかで。だからこそ、その表情の翳りを見ると、どうも落ち着かない気分になる。
これでは、勉強に集中できないではないか。
「アホはアホらしく、脳天気に笑ってたらどうだ」
「な、あ、あいらアホじゃないもん! ……いや、でもこの模試の結果じゃ説得力ないよね」
白瀬の模試の結果はこうだ。
国語(200点満点) 88点
数学Ⅰ(100点満点) 12点
英語(200点満点) 25点
本人曰く、「英語と数学はいっこも分かんなかったから、ビビッとくる数字を選んでみた☆」とのこと。
いつもはころころと表情の変わる白瀬だが、目の前の白瀬は未だ落ち込んだままだ。
そんな彼女に、僕は一つ確認をした。
「なあ、親御さんとの約束は〝学年で三十位以内を取ること〟でいいんだよな」
「……うん。でも、やっぱムリだよね。今からでもママにごめんなさいして、」
「いや」
不安げに瞳を揺らす白瀬を遮り、僕は言った。
「このままでいい」
「?」
頭上に疑問符を浮かべる白瀬。確かに、この成績からでは絶望的に思えるだろう。だが、僕は何も白瀬を元気づけたくて出鱈目を言ったわけじゃない。
「親御さんはモデルの仕事を辞めさせたいのだろう? なら、そんなこと出来っこない、と思うくらいの条件じゃなきゃ納得してもらえない。それに、白瀬ならこの条件のクリアは、無理ではない、と僕は思う」
そう判断した理由は幾つかあった。
一つは、国語の点数。
国語全体で見ると半分を切ってしまっているが、それは古文と漢文で点が取れていないからだ。現代文に限れば100点満点中67点。この学校では中の下ってとこだろうが、全国平均をやや上回っている。
つまり、白瀬には読解力が平均以上にある。
ここまでのやりとりでも感じていたが、白瀬は頭の回転が速く、理解力もある。いわゆる地頭がいいってやつだ。先日の英単語テストの結果を見るに、暗記力も人並みにはありそうだし、きちんと勉強さえすれば成績は自ずと伸びるはず。
そして二つ目の理由は、英語の点数。
白瀬は「中学の頃はなんにも勉強しなかった」と言っていた。それはつまり、英語に関しては知識がゼロ、ということだ。
これは一見マイナス要素に見えるかも知れない。
だが、知識がゼロということは、間違った知識で凝り固まっていない、真っ新な状態ということだ。これは、これから英語を学ぶにあたって、かなりプラスなポイントだろう。
家を建てたいとして、何もない真っ新な土地に建てるのと、すでにある建築物を取り壊してから建てるのとでは、どちらが早く楽に建築できるかは比べるまでもない。それと同じことだ。
「もちろん、目標達成には相応の努力が必要になるだろうが」
「やるよ!」
意気軒昂たる様子で、白瀬が言った。
「あたし、学年三十位以内になるためなら何だってする!」
意気込む白瀬。その心意気に応えるように僕は言った。
「その意気だ。それじゃあ白瀬には取り急ぎ、これから一週間で三年分の勉強をしてもらう。手始めに、今日は英単語を1000語暗記して貰おう」
「うん! ……うん?」
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