問4.勉強を始める前にやるべきことを3つ答えよ

「で、できた~!」

 言うやいなや、白瀬は机の上にへなへなと倒れ込んだ。

 その手にはスマホが握られており、画面にはスケジュールアプリが表示されている。

 勉強を始める前に、絶対やるべきことは三つ。


 一、目標を決める

 二、自分の今の実力を知る

 三、目標達成に向けて計画を立てる


 今は「三、目標達成に向けて計画を立てる」の前準備として、白瀬に今後一ヶ月分の予定を分かる範囲で書き込んでもらったのだった。

 目標を決めたり予定を立てたり、というのは一見面倒に思うかも知れない。しかし、勉強というのはマラソンのようなもので、ただ闇雲に走り回ってもゴールにはたどり着けないものなのである。


 一、目標を決める

 これはマラソンにおいて、ゴールの場所を確認する行為にあたる。


 二、自分の今の実力を知る

 これは現在地点の把握だ。これによって、自分が今ゴールまでどれくらい離れているのか、どっちの方向に走れば良いのかがわかるようになる。


 三、目標達成に向けて計画を立てる

 ゴールと現在地点が分かったら、道順を確認し、ペース配分を考える。ここまできて、ようやく走り出すことができるのだ。

 

「こうして見ると、勉強できる時間って結構少ないね」

 スケジュールアプリにぎっしり詰まった予定を見て、白瀬が不安げに呟く。

「それが実感できただけでも、今日の収穫としては上出来だろう」

 予定を記入する際、白瀬には遊びや仕事のことだけでなく、就寝時間や学校に行っている時間、お風呂や食事に使う時間も書き込んでもらった。

 それによると、平日勉強に割ける時間は、放課後の二時間ほどと、夕食・お風呂などを済ませたあとの寝る前二時間。計四時間ほど。


 ただし、これは仕事がない日の話だ。

 実際には週に何度か撮影が入るようで、勉強に割ける時間はかなり限られる。僕が勉強を教えたとして、この限られた勉強時間でどの程度白瀬の成績を上げられるかは未知数だった。

 とはいえ、今が最底辺の成績であることを考えれば、しばらくの間は勉強すればするだけ成績は上がるはずだ。目標設定によって、その難易度は大きく変わるはずだが……


「あのさ、きょーちゃんせんせ」

 白瀬が、おずおずと手を挙げた。

「どうした?」

 僕が問いかけると、白瀬は言いにくそうに口を開いた。


「その、目標のことなんだけど……学年三〇位以内って、やっぱきびしめ?」

「……それはまた大きく出たな」

 正直、きびしめ、どころの騒ぎではないだろう。学年で下から三番目のところから、二〇〇人以上をごぼう抜きしないといけないんだから。


「実はさ。昨日もママと言い合いになって、「あいらの名前が廊下に張り出されたら、ママもモデル続けること認めてくれる?」って、つい言っちゃったんだよね」

 なんであんなこと言っちゃったんだろうー! と頭を抱える白瀬。ほんと、なんでそんな自分で自分の首を絞めるようなこと言っちゃうんだこのギャルは。アホなのか? いや、アホだからいま困ってるんだったな……。


「まあ、何はともあれ、これで目標も決まったんだ。本格的に勉強を始める前にやることとして、のこすは「自分の今の実力を知る」だけだが」

「この問題を解いてくればいいんだよね?」

 白瀬の手には、僕が手渡した問題冊子が握られている。

「ああ。それは去年の三月にやった模試だ。一度解いたことのある問題のはずだが、もう一度やってきてほしい」

「あいあいさー!」

 白瀬の元気な声が場違いに響いた。

 元気なのはいいことだが、その緊張感のなさに些か心配を覚えて僕は口を開く。

「もう一度言うが、その問題を解いてもらうのは、今の白瀬の実力を把握することが目的だ。きちんと時間を計ること。それから、答えは絶対に見るなよ」

 問題を渡した際にした説明を再度言い、念押しする。


「もぉ、ちゃんと分かってるってば!」 

 白瀬はそう言うと、鞄を肩にかけ、

「……?」

 こちらをじっと見て、首を傾げている。

「……僕の顔に変なものでもついてるか?」

 変なのはお前の顔だって? やかましいわ。


「いや、いっしょに駅までかえろーって思って」

 思考が一瞬フリーズする。そうか。二人で放課後を過ごして同じタイミングに下校するなら、駅まで一緒に歩くのが普通か。高校に入ってからは、基本一人で過ごしていたから忘れていた。


「悪い、僕はこのあと寄るとこがあるから」

 僕がそう言うと、白瀬は少し残念そうに眉を下げる。なんだろう。まさか僕と二人でお喋りを楽しみたかった分けでもあるまい。一緒に帰る道すがら、勉強について訊きたいことでもあったのだろうか。

 疑問を口にするより早く、白瀬が「そっか」と頷いた。

 まあ、疑問点があるなら明日訊いてくるだろ。


「じゃ、また明日っ」

 さっきまでの表情が嘘のように、笑顔で白瀬が笑顔で手を振る。僕がそろそろと手を挙げて返す頃には、その姿は扉の向こうに消えていた。

 また明日、か。

 もうすぐ午後五時。図書室の閉館時間だ。自らも荷物を纏めて、僕は図書室をあとにする。



 用事があると言ったのは、何もコミュ障ゆえにギャルと二人きりで帰るMPが残ってなかったとかそういうんじゃない。

 やってきたのは自習室。二十席ほどの机があり、ひと席ごとにパーテンションで区切られている。

 図書室とは異なり、こちらは午後七時まで滞在が可能だ。

 私語厳禁の上、座席も区切られているため、白瀬との勉強会に使うことはできないが。


「もうひと頑張り、いくとするか」

 他に誰も居ないのをいいことに、僕はちいさく呟く。

 昨日、家に帰ってから考えていた。

 もしも。もしもあのギャルが本当に、英単語テストで満点を取ったら――僕が、勉強を教えなくちゃいけなくなったら、どうしようか、と。


 勉強のスケジュールや、具体的な勉強方法は、目標と実力の把握が済んでから考えるとして。

 問題は僕のことだった。

 僕は別に、天才じゃない。毎回成績上位をキープ出来てるのは、純粋に人より勉強時間がちょっと多いからだ。

 白瀬に勉強を教えれば、その分自分の勉強に割ける時間は限られてしまう。


 減ってしまった勉強の時間。それを取り戻すために僕が考えついたのが、〝自習室で勉強すること〟だった。


 白瀬に勉強を教えることにしたのは、あくまで、「勉強を教える」と僕が言わない限り、白瀬が引かなさそうだったからだ。あのまま白瀬につきまとわれていたら、僕はこれまでのように落ち着いて勉強ができなかったろうから。


「この世は学力が全て。友情も、青春も、全部時間と労力の無駄」

 もはや口癖となっている自らの信条を呟いて、僕は問題集を解きすすめていく。

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