3-4
「ヤシオは彼なりに、君に配慮したつもりなんだ」
プロスペルの立体映像はわずかに透けて、背後に広がる星空と重なって見える。年齢を重ねてさらに落ち着きを増した彼の顔を、アスミナは軽く睨み返した。
「面と向かって言い渡せば聞き入れてくれるだろうって? 生憎だけど、私はそこまで出来た人間じゃない」
ベッドの上に腰を下ろして、壁に背を凭れながら片膝を立てたアスミナは、若い頃の攻撃的な口調を蘇らせていた。
「誰も本能に任せて盛ってたら、そりゃ人口も急増するに決まってる。そいつがわかってながら放置してたくせに、今になってエネルギーが尽きるから観測席を閉鎖するとか、知ったことか」
「アスミナ、《自由民》は決して状況を放置してたわけじゃない」
「効果の無い対策なんて放置と変わらないよ。そいつはプロスペル、あんたたち《繫がれし者》だって同罪だ」
眉間に皺を寄せるアスミナに指先を向けられて、プロスペルは小さく息を吐き出した。
「《自由民》たち全員の精神に干渉しろと? 彼らが子を増やすのは単なる本能じゃない、環境が成せる業だ。飢えることも争うこともないこの宇宙船では、人々は安心して子を成し続ける。それは飽和状態を迎えるまで止めようもない」
「それを放置って言うんだ。だったら出産は人工交配のみにして制限をかけるとか、やりようはあるだろう」
「私たちは飽和状態に達する前に植民可能な惑星が見つかる可能性に賭けていた。いつか惑星に降り立つときを考えれば、自然交配文化を摘み取る危険は避けたかった」
プロスペルが静かに放った言葉に、アスミナの表情が強張る。
「アスミナ。君はもう、観測報告を上げるつもりはないのか」
球房からの観測報告が途絶えてから、既に何年もの月日が経過していた。無言のまま唇を噛むアスミナに、プロスペルが言う。
「プラヤト調査隊の件をまだ気に病んでいるのか。だが《大解放》以前にも同様の犠牲はあった。気にしていては先に進めないぞ」
「そんなことはわかっている」
「わかっていない。君が思うよりも事態はよほど深刻だ。今現在、本気で植民可能惑星を探そうとしている《自由民》は、この宇宙船にはもうただひとり。君だけだ」
プロスペルの口調は穏やかなままだが、その口から語られる内容はアスミナにも衝撃であった。
「そんなはずは」
「それどころか、今後増え続ける船内人口のために、植民開拓用の備蓄も吐き出すべきという声が大勢を占めつつある」
惑星開拓用に蓄えられた膨大な物資は、数百年もの航宙でも決して手をつけられることのなかった聖域である。それは来たるべき惑星改造に不可欠であり、宇宙船の目的そのものだからだ。それすらに手をつけようということは、つまり――
「備蓄を活かせば宇宙船そのものを拡張し、人口増にも対応出来る。先の見えない惑星の探索を諦めて、この宇宙船という世界を広げるべき――それが彼らの主張だ」
「ふざけるな!」
アスミナの拳が、背後の星空に叩きつけられる。だが宇宙空間を映し出した球房の内壁は、彼女の怒りを吸い取るかのように微動だにしない。
「この状況で惑星探索を打ち切るとか、どいつもこいつも頭が沸いてるのか! そんなことしても延命出来るのはせいぜい百年かそこらだ」
「現状を乗り越えられなければ意味がないと、そう考える者が多数派なんだ」
「惑星探索は、宇宙船の民がこの先を生き延びるための唯一の手段だ!」
ついにベッドから飛び降りたアスミナが、プロスペルの立体映像に食ってかかる。そこに実体の彼がいれば、きっと襟首を掴み上げていたことだろう。
「お前もわかっているはずだ、プロスペル。私たちはこの宇宙船の中しか知らない。だから誰も船内に閉じこもったままで満足している。だけどこの宇宙船だっていつまで保つものかわかったもんじゃない。宇宙船の外に出ない限り、私たちの行き着く先は袋小路だってことを」
それはアスミナが物心ついたときから抱き続けている、彼女の行動の原動力とも言える危機感だった。
《繫がれし者》にも《自由民》にも身の置き場がなかった、アスミナが疎外感に苛まされた要因だったかもしれない。それとも因果は逆なのかもしれないが、《繫がれし者》は彼女の思念を読み取ることによって、彼女の危機感を共有していた。
「わかっているよ、アスミナ」
実際のところアスミナの強い危機感がなければ、《繫がれし者》も《自由民》多数派の声に流されていただろう。アスミナの思想とは、彼女個人のアイデンティティとほとんど表裏一体であって、現状を分析した上で弾き出されたという類いではない。だが、だからこそと言うべきか、宇宙船の外にしか活路はないという想いには確固たる強さがある。
そして彼女の強烈な想いと共鳴していたからこそ、《繫がれし者》も今まで流されずに済んだのだ。
「探索を続けるしかないんだ、プロスペル」
プロスペルの言質を取って、アスミナの瞳がようやく冷静な光を取り戻す。
「備蓄に手をつけようとか戯言抜かしてる暇があったら、住人全員が観測者になって惑星を死に物狂いで探せ。なにがなんでもヒトが住める星を見つけろ。そこにしか未来はない。連中を導くのは、お前の使命だろう」
狂信的にすら聞こえる台詞を吐き出しながら、アスミナの表情は逆に見る見る醒めていく。
それはまったく誇張のない、厳然たる事実であるということを、彼女は誰よりも知っているのだ。
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