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《自由民》が自然交配によって人口を増していく中、《繋がれし者》は依然として千人前後の数を保ち続けてきた。


 無論彼らは不老不死ではないから、年を経れば数を減らす。ではどうやって《繋がれし者》が補充されてきたかといえば、《大解放》以前と同じ人工交配による。《繋がれし者》に欠員が出る度、その穴を埋め合わせるかのように、生まれながらの《繋がれし者》が産み出されてきた。


「だが《自由民》が大多数を占めつつある今、もはや自然交配で人口を増やすことが当たり前になった。人工交配という手段は過去の技術である以前に、《自由民》の目にはどこか人間離れした、ヒトならざる者を創り出す手段として映っている」


 ハージーブの言葉を聞きながら、彼を目の前にしたサンディの顔は険しかった。


《繋がれし者》にスカウトしたいと申し出たハージーブに、プロスペルはとてもその場で即答出来なかった。彼がその場で口にしたのは、いずれにせよサンディに断りなく決められないということであった。ハージーブは少し考え込んでから、プロスペルの条件を呑んだ。


 そして今、事情を説明するためにケブエ家を訪れたハージーブに、サンディは極めて冷ややかな目を向けた。


「そいつは否定しないよ。私たちのように《大解放》を知る世代にも、《繋がれし者》はそもそも《自由民》とは異なる生き物だという考え方が広まりつつある」


 一人掛けのソファに腰掛けたサンディは、そう言って組んでいた脚を組み替えた。背凭れに背中を預けて、まるでふんぞり返るような彼女の態度を見れば、導師の訪問を疎んじているのは明らかだ。


 不機嫌な表情のサンディを前にしても、ハージーブには微塵もたじろぐ気配はない。むしろ両者のやり取りを目にするプロスペルこそ、室内に張り詰める空気に息が詰まりそうであった。


「《繋がれし者》と《自由民》の隔絶は、このまま放っておけば取り返しのつかないことになるだろう。《自然民》の間に蔓延る不安を払拭するため、《繋がれし者》も今後新たな人員は自然交配で生まれたヒトから補充しようと考えている」

「結構だね。《繋がれし者》同士が自然交配して子を成すというなら、私たちは喜んで祝福しよう」

「そうではない、サンディ。わかっているはずだ。《繋がれし者》同士に子が生まれる程度では、《自由民》の不安は解消されない」


 ハージーブが穏やかな口調で諭すように語るほど、サンディの眉が細かく痙攣する。静かに耳を傾けているようで、実のところ母は辛うじて暴発を抑え込んでいるに過ぎない。そのことがプロスペルには手に取るようにわかる。


「《繋がれし者》も《自由民》と同じヒトであること。これを納得してもらうには、《自由民》から《繋がれし者》を受け容れることこそが必要なんだ」


 そのひと言でついにサンディはソファから立ち上がり、ハージーブを睨みつける両眼からは堪えようのない激情が迸っていた。


「だからって、どうしてプロスペルを!」


 彼女にとってこの上なく愛しい、自身の全てを引き継がせようと心血注いできた我が子が、なぜその対象にならなければならないのか。サンディにとっては理不尽に過ぎると思えたに違いない。


 プロスペルにも、《繋がれし者》が自分をスカウトする理由はわかっていなかった。学業優秀だからというなら、ほかにも候補はたくさんいるはずだ。むしろサンディの子として注目を集める自分を選ぶのは、大きな反発を呼びやすいのではないか。


 そんな彼の疑問を察したのだろう。ハージーブは少しだけプロスペルに視線を寄越してから、再びサンディに向き直った。


「サンディ。プロスペルが《繋がれし者》となることを君が認めれば、それ自体が《自由民》に対して強力なアピールになる。《繋がれし者》を人外と見做す人々にも、再考を促す切っ掛けになるだろう」

「……《自由民》と《繋がれし者》を結びつける象徴として、プロスペルの身を差し出せというわけ。相変わらずあんたたちの深慮遠謀には頭が下がるね。だからといって私がはい、そうですかと頷くとでも思った?」


 ハージーブの言い様は、プロスペルを人身御供に求めていると受け止められても仕方がない。それではかえってサンディを頑なにするばかりだ。どうしてハージーブはそんなことを言い出したのか、プロスペルは訝しく思う。


「生憎だけど、プロスペルはあんたたちが思いのままに出来る道具じゃない。それともあんたたちは、もしやプロスペルの精神に干渉したとでも言うんじゃないだろうね」


 怒りに震えるサンディを見上げながら、ハージーブは彼女の言葉を否定した。


「まさか、そんなことはしない。もし精神感応力を用いるなら、最も確実な手段として《自由民》全員に働きかける。だがそれは宇宙船のエネルギー供給力を著しく損なってしまう。我々としても非常手段だ」

「だったら諦めるんだね。こんな無駄な説得に時間を費やすより、別の方法を検討する方が有益だ」

「諦めないよ。プロスペルは我々の思い通りにならない、それは当然だ。だがその言葉はそっくり君にも当てはまる。プロスペルの意志は、たとえ親の君であっても自由には出来ないんだよ」


 ハージーブの指摘に、サンディは虚を突かれたように目を見開いた。次いで息子の顔を振り返る。まさかという思いを滲ませる母の目を、プロスペルは真っ直ぐに見返さないわけにはいかなかった。


「母さん」


 そこで初めて口を開いた息子の、何かを心に決めた顔を目の当たりにして、サンディの瞳に動揺が過ぎる。


「そんなはずはない。プロスペル、あなたは私の跡を継いで観測所長に――」

「ごめんよ、母さん」


 意を決してプロスペルが口にした言葉に、サンディがあからさまに狼狽える。


「どうして、何を謝るの、プロスペル」

「僕は観測所長にはならない。《繫がれし者》になる」


 プロスペルの決意を耳にしたサンディは、信じられないという表情で棒立ちになる。やがて足下から崩れ落ちた彼女が床に倒れ込まずに済んだのは、偶然ソファに受け止められたからに過ぎなかった。

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