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「私たちはこの宇宙船が旅をする、本来の目的に立ち返ろう。宇宙に目を凝らす観測者として、なんとしても人類が植民可能な惑星を見つけ出そう」
ある者はサンディの言葉に感銘を受け、またある者は《繋がれし者》という庇護者の手の内から脱出したいという欲求を満たすため、彼女の誘いに傾いた。様々な思惑があるにせよ、サンディの呼び掛けに応じて観測者たろうという者は少なくなかった。自ら『観測者』を名乗った彼らは宇宙船の居住ブロックの一角に『観測所』を設けて、惑星探索作業に取りかかる。その動きを見守る《繋がれし者》も、彼らへの助力を惜しまなかった。
それまでも《繋がれし者》は惑星探索作業に注力してきたが、結果ははかばかしくなかった。そこに新たな《自由民》という要素が加わることに、《繋がれし者》は期待を抱いたのだ。単純に考えれば《繋がれし者》以上の観測能力が発揮される可能性は低かったが、確率の大小に基づいて行動を狭めることがいかに愚かしいことかは、《大解放》で経験したばかりであった。
探索用の機材も、蓄積されたノウハウも十分にある。それらを受け取ったサンディは新たに『観測席』の設置を提案した。
「周りを宇宙空間に囲まれた観測席で、自分の目で観測するの」
「でも、人間の目で観測出来る範囲なんて限られてるよ」
「そういうのは機械に任せて、私たちは分析とかに専念すれば?」
戸惑う仲間たちに、サンディは前向きな言葉で説いた。
「でもその方法でやってきて、今まで植民に適した惑星は見つかってない。だったら私たちにしか出来ない方法も試してみる価値はあると思う」
実際のところ、サンディは《自由民》による観測が従来の手法を上回るとは考えていなかった。九年間《繫がった》経験のある彼女は、《繋がれし者》が惑星探索に手を尽くしてきたことをよく知っている。正確性やデータの分析速度、処理量について、サンディたちがかなうはずがない。
それでも彼女が観測席の設置を推し進めたのは、何か新しいことを始めなければ《繋がれし者》の庇護から抜け出せないという、信念とも強迫観念ともつかぬ心情に突き動かされたからだ。サンディにとって惑星探索とは、即ち彼女自身の自立を意味する行動であった。
宇宙船は長筒状の主機体と、主機体を挟んで対になるように周回するふたつの弧状のブロックから成る。弧状のブロックはひとつが居住区、もうひとつが生産プラントになっており、連絡通路を兼ねたアームによって主機体の胴部と連結して、ブロック内に適度な疑似重力が発生する速度で宇宙船本体の周りを回転している。最初に観測席が配置されたのは、このふたつの弧状ブロックの狭間である。
ブロックを回転させるアームの根元は、主機体の胴部をベルト状に覆う回転外装に直結している。この回転外装上の、アームの付け根二か所のちょうど中間に当たる場所からさらに一本ずつアームを伸ばして、それぞれの先に観測席を設けたのだ。球体状の観測席は、食事は主機体から取り寄せ可能、シャワーやトイレットなど衛生面も十分に配慮された、一見したところ独居用の生活スペースと変わりが無い。だがスイッチひとつで、壁面は周囲の宇宙空間を映す球形の窓ガラスと化す。天井のアーム・兼・連絡通路との結合部や床面を除いて、億千の星が瞬く漆黒の空間に包まれる感覚は、巨大な宇宙船の中でも滅多に味わえるものではない。
観測席はその他にもいくつか設置されたが、最初に設置されたふたつの観測席からの眺望に勝るものはなかった。その形状から後に『球房』と呼称されたふたつの観測席は、観測者のみならずそれ以外の《自由民》にも人気のスポットとなる。その頃には観測者を統括する『観測所長』の肩書を得ていたサンディは、球房が本来の用途以外に使用されることを咎めはしなかった。観測作業自体はその他の観測席があれば支障は無かったし、そもそも球房を観測作業以外の目的で使用し始めたのはサンディだったからだ。
元来聡明なサンディは仲間内でも目立つ存在だったが、観測者としての活動を始めてからはますます活力を増していった。異性同性を問わない数多くが、サンディの魅力に惹きつけられていく。そして彼ら彼女らに求められることは、サンディにとってもこの上なく好ましいものであった。
《繋がれし者》にとっては機械に刻まれた過去の記録でしかない、《自由民》同士だからこそ生じる感情が、サンディたちの胸中に芽吹きつつあった。
同時に《繋がれし者》であった頃に育まれた価値観もまた、彼女たちの中には根づいていた。
限られた空間の中で多人数が長期間を過ごすには、あらゆるモノの共有が欠かせない。《繋がれし者》たちにとってそれは自明の理であり、サンディが――いや、彼女と同世代の《自由民》たちが特定のパートナーを決めず思い思いに関係を持つことは、《繋がれし者》から受け継がれてきた共有の価値観に因るところが大きい。
一方で《繫がらない》ヒト同士の性交は、《繋がれし者》の間で交わされるそれに比べればはるかに刺激的で、興奮を伴うものであった。《自由民》の精神状況をつぶさにチェックし続けていた《繋がれし者》は、初めて《自由民》同士の性交を観察した際、その異質さに驚きを覚えたものだ。性交というケースに限らず、精神感応的な結合の欠如はかえって豊かな情動を育むということは、ここ数年《自由民》たちを見守ってきた《繋がれし者》にとって新鮮な学びであった。
徐々に形成されつつあった《自由民》社会で、集団が共有し合うという生活様式は、だが長続きはしなかった。積極的に関係を持ち合う《自由民》には、行動の当然の帰結として妊娠・出産が待ち受けている。安全容易な避妊や中絶の手段は存在したが、ある日からサンディはそれらを忌避するようになった。管理された人工交配によってのみ生命を産み出した来た宇宙船で、自然交配による初の生命を誕生させてこそ、《繋がれし者》とは異なる彼女自身を確立出来るように思えたのだ。
自らの血を、遺伝子を継ぐ存在を得て、《自由民》は万物の共有という価値観を大きく変化させる。その先駆けとなったのは、またしてもサンディであった。
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