偽教授接球杯Story-5
「じゃ、答え合わせね。僕のなぞなぞの答えは、『血』で合ってるよ。そっちは?」
「……間違いだ。この謎の正しい答えは、『たまねぎ』だ」
「えっ」
豆豆は見るからにがっかりした顔をする。――引っかかった。私は別に隠しもせず、豆豆の前でほくそ笑んだ。
こんな絶対に負けるわけにいかない謎かけ勝負の場で、律儀にまともな手など出しているわけにはいかない。だから、これは二段構えの鉄壁の布陣だった。
豆豆にとっては訳の分からない音の流れに過ぎない古代言語で発せられた謎かけに対して、まさか「分かりません」とだけ言う反応が返ってくるはずはない。だいたい、最初から言葉でも何でもない意味のない音を並べただけである可能性も向こうからすれば排除できないわけで、だから同じものを連続して二回言ったのだし、それをした後でもまだ、分かる言葉で言え、などの応手で粘られるのは当然予測していた。
それを突っぱねるのは、あまり筋がよくはない。そもそも欧州人である私に対して向こうが中国語で謎をかけている時点で私にはそれを突っぱねる権利が無くもないとは言えるのだが、それにしても、だ。だからこの謎の罠は二段構えになっていた。
豆豆が知るわけはないが、この謎は『エクセターの書』と呼ばれる10世紀の古典籍にはじめて現れるもので、答えが最初から二つある。文意を素直に拾えば答えは「男根」か「玉葱」のどちらかであるわけだが、ふつうは男根の方が気付きやすい。だから男根と言う奴に対して、「お前はそんな風に卑猥なニュアンスを考えたが、実はこれは玉ねぎを意味するリドルなのだ」と言ってやるために、この謎はある。もっとも、相手が最初から「玉葱」と答えたら、こちらは「正しい答えは男根だ」と言ってやればいい。
まさか、まったく未知の言語で謎かけを出すというトリックの裏側に、こんな手がまだ隠されているなど、豆豆の知恵の範疇の及ぶところではなかっただろう。
「私の勝ちだな」
「そうだね。しょうがないな。悔しいけど、じゃあここから出してあげるよ。さよなら、呂宿兄」
「いいや。この謎かけ勝負はそもそも、相手の大切なものを奪うことができる、という条件のはずだ。私はお前たちから、別のものを奪う」
「……どういうこと? ここから出る、という選択肢を選ばないと、つまり、例えば金銀財宝を要求するみたいなことを口にするのは勝手だけど、金銀財宝と引き換えにここから二度と出ることができなくなるよ」
「それで構わない。それで構わないから、お前たちはお前たちの信仰を私に寄越せ」
「えっ。あっ」
そうして、その通りになった。その通りになったということが、私には分かった。私はこの屋敷の主として、この屋敷に君臨する者となった。かつて自分が殺した者たちの変じた鬼たちを従え、私はこの屋敷に迷い込んでくる来客たちに謎かけの勝負を仕掛ける。
「あ、あの……嵐の夜に困っていたところを、助けていただいて、こんなにまでして頂いて……本当に感謝しております。何かお礼ができればよいのですが――」
「そうだな。美しいお嬢さん、ならば私と、なぞかけの勝負に一つ、応じてはもらえないだろうか。私は、それが大好きでね」
そこで、給仕をしていた豆豆が横から口を挟む。
「大丈夫。お姐ちゃんが勝てば、生きてここから出ることはできるよ」
そう言って豆豆は微笑み、少女の顔は恐怖に引き攣った。
さあ、酒杯が空いているぞ。私は豆豆に合図をし、その液体をそこに注がせる。
人喰い鬼の宴に、乾杯。
人喰い鬼の宴 故水小辰 @kotako
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