偽教授接球杯Story-4

「アンなんとかの言葉なんて分かんないよ。分かるように言って」

「さて、どうだか。中国語でないといけないなんて制約はなかったのでね」


 大昔の英語など、故郷のイギリスでも分かる者はごく一部だ。したがって、ろくに読み書きも習っていないような街角の浮浪児に分かる代物では当然ないわけだ。だから確実に勝ちを手にしてこの場を逃れるためには、この子に考えることを放棄させるのが一番確実で手っ取り早いと踏んでの出題だった。果たして狙いどおり、豆豆は途方に暮れているらしくあちこちに視線を向けている。


「どうする? 諦めるか?」


 そう尋ねると、豆豆は嫌だというふうにうー、と声を上げた。


「だが言葉が分からんのだろう」

「でも……」


 諦めるのは癪だが、かと言って理解が及ばないものはどうしようもない。うじうじと悩む様子からは、そんな可愛らしい葛藤がにじみ出ている。豆豆はひとしきり悩んでいたが、やがてむくれて私の方を見た。


「やっぱりずるいよ、せめてぼくに分かる言葉にして。中国語でもう一回言って」


 私は思わず吹き出しそうになった。諦めまいという意志だけは立派だが、これでは駄々っ子もいいところだ。もっとも、豆豆はまだそれが許される年頃ではあるのだが。


「ぼくもヒントをあげるからさ。これならいいでしょ?」

「ハ、交換条件か。まあ良いだろう、だが一度しか言ってやらんからな」


 どうせ子どものお遊びだ、付き合ってやっても損にはならないだろう――いつか見た現代語訳を思い浮かべながら、私は息を吸った。


  私は驚くべき創造物。女子おなごの喜び、

  人々の助け。私は私を殺す者以外、誰も傷つけぬ。

  私の土台は鋭く高い。私は床の中、

  毛深いところの下に立つ。時折試される、百姓の

  美しい娘、誇り高き乙女に、彼女は私を掴み、

  赤くなるまでこすり、頭を荒し、

  私を要塞に押し込める。

  私をとらえ、閉じ込めた彼女は

  すぐさま私の訪れを感じ取る。じきにその目が濡れる。

 

「さて、お前の方のヒントをもらおうか」

「うーん……えっとねえ、今思い出したんだけど、ぼくさっき答えを言ってたみたい」


 豆豆はことんと首を倒して言った。


「どういうことだ?」

「だから、問題を出す前に言っちゃってたってこと。でも何かは言わないよ」


 豆豆はそそくさと言うと、部屋の角の暗がりにたたずむ柱時計に目をやった。一、二、三……と針の進みを数えて、一刻の制限の半分近くを無駄にしたことを悟ったらしい豆豆は、慌てて私のなぞなぞを唱え始めた。口の中で唱えて何度も反芻し、幼い眉間に面白いくらい皺を寄せて、しきりに首をひねっている。時折何かを思い出したように天井を見上げていたが、私はその様子を観察してばかりもいられなかった。私は、豆豆とのやり取りを思い返して答えとなるものを探す作業に入った。探すというよりは確認、答え合わせに近かった。人の生死にかかわる紅い流れなど、そうあれこれと存在するものではないからだ。


 カチリ、カチリと長針が動く。十五回目の移動がされようというときに、豆豆が「あっ」と声を上げた。


「分かったか?」

「うん、たぶん。呂宿兄は?」

「私はとうに分かっていたさ」


 私は食卓の向こうの豆豆をじっとうかがった。答えが見つかったという純粋かつ年相応な興奮と、復讐のときを待つどす黒い期待が入り混じった表情で、豆豆も私を見つめ返している。


「出された順に、私から答えようか。お前のなぞなぞの答えは『血』だ。人が生きている間は川のごとく流れているが、死ねば流れは止まり、また大量に失えば命はない。つまり『血』だ」

「じゃあ次はぼく。答えは『男の人』だと思う……ぼくの知り合いの小姐おねえちゃんがね、よくお家で男の人といっしょに何かしてたんだ。みんなぼくより毛むくじゃらで、小姐はいつも笑ったり泣いたりしてた。だから『男の人』」



(つづく)

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