第3話

 またもや心地よい眠りからの目覚めだった。

 緩やかな暗から明への移行。そして瞼が開く前に、今度は聴覚が刺激を捉えた。

 ざわめきの中、地響きのような轟音が近づいてくる。

 不安に駆られて、意識的に瞼を開いた。

 一瞬のタイムラグを経て視覚を回復した僕の目の前を、鉄道車両が走行していた。次第にスピードを落としながら。

 改めて身の回りを確かめるまでもなく、そこが日本国内のどこかの鉄道駅だということがわかった。駅の構造や佇まいから察するに、比較的繁華街に近い場所にある私鉄の高架駅らしい。

 僕はプラットホームのベンチに腰を下ろしていた。

 やがて目の前で電車は完全に停止し、開いたドアから一斉に乗客が吐き出される。

 彼らは僕の前を慌ただしく通り過ぎていく。ごくわずかの人が、ベンチに茫然と座っている僕に怪訝そうな一瞥を投げかけるが、大半は何の関心も示さず足早に立ち去る。

 新たな乗客を詰め込んで、電車は静かに発車した。徐々にスピードを上げて、来たときと同様に轟音を残して去って行く。

 ホーム上の人影は疎らになっていた。

 時計が見当たらないので正確な時刻はわからないのだが、そろそろ朝のラッシュが退く時間帯のように思えた。

「二番線、まもなく列車が通過します。危険ですから、白線の内側までお下がりください」

 アナウンスが流れる。

 しばらくすると、さっき電車が去って行った方角から轟音が聞こえてきた。どちらが上りでどちらが下りかわからないのだが、とにかくさっきとは逆方向の列車らしい。

(ということは、今度は僕の背後を通過するんだな)

 何気なく振り返る。

 両手の指で数えられるほどの人が、列をなして立っていた。通過列車の次の電車を待っているのだろう。

 と、一人の女性が列から抜け出して前方にふらふらと歩き始めた。

 またしても嫌な予感に胸を突かれて、僕がベンチから立ち上がった瞬間、女性は前のめりに二、三歩たたらを踏んで、そのままホームから軽く跳躍して──消えた。

(飛び込みだ!)

 僕はベンチを飛び越え、ホームを駆け抜け、白線の外側から身を乗り出して下を覗き込んだ。

 先ほどの女性が、すでに死んだような姿態で線路上に横臥している。

 僕が女性のそばに飛び降りると同時に、接近してくる電車のけたたましい警笛とブレーキの音が聞こえた。

 僕は無我夢中で、動かない女性を線路上からホーム下の退避場所まで引きずった。女性の腕や脚が何度かレールの角にぶつかったけど、そんなこと気にしていられない。

 しかし、どうにか退避場所まで女性を引っ張り込んでほっとする間もなく、俺は何とレールの上に忘れ物を見つけてしまった。

 女性のものと思われる金色のブレスレット。このままだと、確実に車輪に轢き潰されてしまう。

(まだ間に合う)

 迫り来る電車との距離を瞬間的に測って判断した僕は、とっさに引き返そうとしたが、足を滑らせてコンクリートの角につまづき、レールで膝を強打したあげくに線路上に横倒しになってしまった。

(しまった!)

 動こうにも痛みのあまり脚の感覚が麻痺してしまっている。

 もうダメだ、と観念した瞬間、腰の部分が轢断される激痛とともに、僕の意識は急速に暗黒に同化していった。

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