アルビオン大火(16) The Great Fire of Albion
【同時刻 ケンブリッジ=ロンドンを繋ぐ国道11号線】
民生車とは比べ物にならない、巨大さと重量を備えた鉄塊──重戦車
電子機器と火器管制装置に囲まれた狭苦しい操縦席で車載モニターをチェックし、やや後方を飛ぶ戦闘ヘリの群れ──航空騎兵部隊隷下の対戦車ヘリ部隊だ──を見ていた戦車長は、その視線にまで気づいてしまい内心で舌打ちする。死ぬまでにもう一度ぐらいは拝めるだろうと高を括っていた首都入りが、こんな形で実現するとは思わなかったからだ。
「それにしても幸運でしたね。偶然俺たちの部隊が最もロンドンに近くて、偶然実弾演習中だったなんて」
「まあな」ベテランの車長は若い戦車兵ほど無邪気に喜べなかった。いかに突発的とは言え、正規軍の首都入りなどという事態がわずか数時間で決定されてしまうのが異常なのだ。それが何の妨害もなくスムーズに済まされた──ということは、これは予め決定事項だったのか? そんな馬鹿な。
だが長い軍隊生活、腹の底から納得できる命令など受けた試しが今まであっただろうか。
「友軍への発砲なんてなければそれに越したことはないんだぞ」
「それはわかっていますよ。だからって俺たちの国の首都でのクーデターなんて許せるか許せないかで言えば、許せないに決まってます」
闘志を漲らせている戦車兵とは対照に、車長の不安はいや増すばかりだった。周囲で交通整理を行なっている警官たちや、車中のドライバーから注がれる視線もそれに拍車をかける──おいおい、実は俺たちこそがクーデター部隊でしたなんてオチだけはなしだぜ。
【同時刻 ヴィクトリア駅のさらに地下深く、立入禁止区域】
〈レテ〉の内部を埋め尽くす膨大な本・ファイル・録画メディアに、車内に踏み込んだベルガーの部下たちは呆然としていた。さすがに本物の図書館に比べればスペースこそ限られるものの、それでも繊細な彫刻を施された家具や壁の絵画など、品の良い調度で狭苦しさを感じさせない。
「見ろ。ちょっとしたものだろう?」ベルガーの声もやや上ずっている。「イギリス人が無数の兵士やスパイたちの血で築き上げた資料の山だ。連中にとっちゃ、大英博物館と引き換えにしてでも惜しくない代物だろうよ」
「それを根こそぎ、俺たちがいただくってわけですか……」
「これさえあれば世界のどの国だろうと脅迫し放題だ。既存の犯罪組織をぶっ潰すも、新しい国を勃興させるのも、何もかも思い通りだ」
ベルガーの顔に、滅多に他人には見せない笑みが浮かび上がった。「〈将軍〉もろとも灰にするなんてもったいなさすぎる。〈階梯〉を設置しろ。そろそろ出発するぞ!」
ベルガーたちを乗せて〈レテ〉は汽笛一声、発進した。
「ポイント切り替えの準備はできているな?」
「はい。既に先行隊が詰所を抑えています。回収部隊も予定地点で待機済みです」
「よし。バッキンガム宮殿へぎりぎりまで近づいたら〈階梯〉設置車輌のみを切り離す。それでロンドンとはおさらばだ……核を握ったでぶちんと心中なんてごめんだからな。おい、見張り以外は少し休んでおけ」
部下たちはおずおずと思い思いの場所に腰を下ろすが、銃は手放していない。「こんな美術館みたいな車両を丸ごと地下で走らせるなんて、やんごとなきお方の考えることはわかりませんね……」
「やんごとなきお方だから、だろう。まさか女王陛下を家畜運搬車みたいな代物に乗せてロンドン脱出、ともいかないだろう。わかるような気もするが……いや、やはりよくわからんな」苦笑しながら、ベルガーは傍らの書棚から一冊のファイルを抜き出す。「どれ、奴らの『血の結晶』を見てみるか」
だが、ぱらぱらと数ページをめくっただけで彼の表情は強張っていった。長年の部下でさえ見たことのない表情だ。「何だ、これは……?」
「ベルガーさん?」
後方で見張りについていた部下から報告。『ベルガーさん、何かが後方から近づいてきます』
「何か、だと? まさか警察車輌でもないだろう」
『それが、何と言っていいのか……』荒事など慣れっこのはずの部下が本気で困惑している。『そちらに映像を転送します』
指揮官用タブレットに送られてきた映像に、ベルガーは絶句した。
こちらへ向けて一直線に爆進してくるのは、工事用の無蓋貨車だった。それだけなら不思議な光景ではない──全身をヘルメットとアルマジロのような増加装甲プレートで覆った軍用の耐爆防護服が、ベルト給弾式の大型機銃をこちらに向けて構えているのを除けば。
「撃て! 誰だろうと邪魔はさせるな!」
最後尾のガラス窓を銃の台尻で叩き割り、部下たちが発砲を開始する。銃弾を受けた防護服が派手な火花を散らす──が、貫通はしない。逆に重機関銃の掃射が開始され、運の悪い部下数人が全身を粉々にされて吹き飛んだ。窓と車体に空いた穴がさらに広がり、豪奢な内装に血と肉片が撒き散らされる。
攻撃はそれだけにとどまらなかった。無蓋車が速度を増し、突っ込んでくる。
「何かに掴まれ!」
ベルガーの警告に破砕音と部下たちの悲鳴が重なった。無蓋車が〈レテ〉の後方に衝突したのだ。固定されていない家具が横転し、屈強な男たちがたまらず転倒する。
ぐしゃぐしゃに潰れた後部の大穴から、重々しい足音とともに大柄な防護服が〈レテ〉の車内へ降り立った。床の血溜まり、そして肉片と金属片を踏み締めて凍りつく男たちに機銃を向ける。反射的に銃口を向けはしたが──発砲する者はいない。相手は小銃弾どころか、榴散弾すら無効化する防護服だ。
「下がれ」
だが、ベルガーの声に揺らぎはなかった。彼の手元から射出された弾体が防護服の胸板に直撃し、青白い稲光を現出させる。小型の擲弾銃から放たれた電撃弾だ。
まるで電池切れの玩具よろしく、大柄な防護服ががっくりと膝をつく。
「爆風には耐えられても、高圧電流には耐えられなかったか」
詰めが甘かったな、と鼻で息を吐いたベルガーだったが、その一瞬後には周囲の部下同様、目を剥くことになった。動かなくなった防護服のフェイスガードが内側から開いたのだ。
「何だ……?」
それは──多角形の煙、としか形容しようのないものだった。まるでCGのような黒光りする無数の多面体が、車内の照明を跳ね返しながら防護服の開いたフェイスガードからこぼれ出す。絶句した男たちの目の前で、それは生き物のように身をくねらせ、開いた大穴からたちまちトンネルの後方へと逃げて消え去った。
「ベルガーさん、今のは一体……」
「わからん、わからんが……攻撃には間違いない。警戒しろ、すぐに次が来るぞ」
結論から言えば、ベルガーの予想は正しかった。
【同時刻 〈レテ〉後方数百メートル】
照明もまばらな地下トンネルを、高速で飛ぶ影が三つ。
『追いついた……龍一の〈分体〉が上手いことやってくれたみたいだ』
『まさか本当にあんなことできちゃうなんてねー。……ミスター・リッジウッド? 姿勢制御はオートバランサーが勝手にやってくれるから、手足をばたつかせると余計バランスが崩れるよー。怖いのはわかるけどさー、トンネルの染みになりたくはないでしょー』
『わかっていてもどうしようもないだろう! くそ、こんなことなら切り替えポイント奪還の方へ回ればよかった!』
額の冷や汗まで見えるようなオーウェンの声も無理はない。彼ら彼女らは今、両手を垂らしたままの姿勢で飛んでいるのだ。両腕に二機、背に一機のガスタービンエンジンを装着した個人用ジェットスーツ。十数分という時間制限こそあるが、航空機よりも遥かに小回りが効き、何よりも静かに飛行できる。特殊部隊の潜入作戦に使われるれっきとした軍用品だ。龍一たちが軍のトレーラーから「調達」した軍需物資の、その一部である。
しかしぶっつけ本番で素人にやらせるには酷な任務だ、とアレクセイは思う。本来なら海上の船舶に接近するための装備だが、今回は照明すらまばらなトンネルだ。
『ポイントの方はフィリパがついてるから大丈夫だってー。気を引き締めて、そろそろ鉄火場だよー!』
アイリーナの声通り、前方に爆進する〈レテ〉の巨体が見えてきた。無蓋車が衝突した大穴が車体後部に空いている。見張りの男が何か叫び、こちらに銃口を向ける。
『お先にー!』
アイリーナが突進した。自分の体重、プラス、ジェットスーツの重量で相手を押し潰す。悲鳴を上げる間もなく横転した見張りの喉にホルスターから抜き出したナイフを数度突き刺し、とどめを刺す。
『腹を括ってください、オーウェン。本番ですよ』
『やれやれ……君たちとつるんでいると、退屈とは無縁だな!』
「飛んできた……だと?」
報告を受けたベルガーは自分の耳を疑ったが、それもわずかな間だった。確かに〈将軍〉から警告はされていた──相良龍一とその一党が乾坤一擲の勝負をかけてくるかも知れないから気をつけろとは。それによくよく考えれば、いかにもあんなふざけたガジェットで追いかけてきそうな、たわけた連中ではないか。こちらの手元には核があるというのに!
気を取り直しての命令はシンプルだった。「潰せ」
【数日前 テムズ川沿いの無人倉庫地帯】
「龍一、本当に上手く行くと思う……?」
「わからん」ブリギッテの問いにも、龍一はそう答えるしかない。
一同が今いるのは、コンクリート剥き出しの殺風景な倉庫内だ。全員の視線の先には、軍用の耐爆防護服一着がフェイスガードを開いた状態で直立しており、その足元には大口径の機銃が横たえられている。
「なあ、さっきからいってえ何のまじないなんだ?」ドラム缶に腰かけたタンが訝しげに聞く。「どう見てもそいつの中身はからっぽなんだが、日本人にしかわからない奇習なのかよ?」
「俺たちはただでさえ戦力不足なんだ。こいつを動かせれば、心強い味方になるだろ?」
「だからそりゃ肝心の中身があればの話だろ。やっぱおめえチンカスだな」
「まあ、駄目で元々、という話だけどさー」アイリーナの関心は別にあるようだ。「なんでこのおじさんがここにいるわけー?」
さも不当な言いがかりをつけられたように趙は目を剥く。「いちゃ悪いかよ!? お前らのせいで俺のロンドン進出の夢は本当にただの夢になったんだぞ。お前らが何をしでかすか見極めるのがそんなにおかしいかよ!?」
「それは〈将軍〉と〈鬼婆〉に言ってほしいなー。ロンドンを月まで吹っ飛ばそうとしているのは私たちじゃないんだからー」
「わかるようでわからないな……それならそうと早くロンドンから逃げ出せばよさそうなものだが。龍一、やはり君の知り合いは変人が多いな」
「今、ついでみたいに俺をこき下ろさなかったか?」
アレクセイが苦笑しながら宥めに入る。「それで龍一、どうなんだい?」
「うーん……正直、はかばかしくないな。大体あの時は、自分でも夢の中にいるような感覚だったし」
──あの〈分体〉を戦力として使えないか……そのアイデア自体に、龍一も絶大な自信を持っていたわけではない。
だが、これは単なる戦力倍増だけではなく、龍一が自分の中の〈竜〉をコントロールできるかという実験でもあった。何しろここは〈海賊の楽園〉ではなく、数百万市民が在住するロンドンなのだ。不用意にあの破壊力を解放すれば、核を使うまでもなくロンドンは消し飛んでしまうだろう。
しかし焦ったところでどうなるものでもなかった。〈竜〉の猛威を目の当たりにしているアレクセイやブリギッテ、それにアイリーナとフィリパはともかく、オーウェンや趙は「一体何に付き合わされているんだ」と言いたげな顔を隠し切れていなかった。タンに至っては大あくびをしている。
「駄目だな……」
苦闘十数分、とうとう集中力が切れて肩を落としてしまった。目の前の防護服は当然ぴくりとも動いていない。
「上手く行ってないようだね」気遣わしげなアレクセイの目が今日ばかりは実に痛い。
「ああ、上手く行ってない」認めるしかない。そもそもこのアイデア自体、〈竜〉が龍一自身ならその一部をも動かせるんじゃないかという、ただの思いつきだ。大体、自分の分身の出し方なんてどうすればいいのだ? 望月崇もそこまでは教えてくれなかった。
ここで〈分体〉をものにできなければ、龍一の作戦は大きな修正を余儀なくされる──どころか、作戦そのものが成り立たなくなるかも知れない。
いっそのこと諦めて、アイリーナたちの脱出プランに乗るべきなのだろうか……?
まるでそれを察したように、ブリギッテが一歩進み出る。「龍一。少し、いいかしら」
「ああ……?」
「あなたも武術武道を嗜んでいるならわかるんじゃないの? 技を繰り出す瞬間に自分が何を考えていないか。私もそうよ。矢を放つ瞬間、何も考えていない」
「ふむ?」彼女の言いたいことはまだわからないが、何かが心の奥でざわめいた。
「あなたがやろうとしているのはその延長線上にあるのではないの? それが無意識の領域ならなおさら。それに思い出して、あなたが動かそうとしているのはその防護服なの?」
「……なるほどな」
(……汝よりその娘の方がよほどよくわかっているとは。つくづく嘆かわしい)
頭の中で何かがそう呟いた瞬間。
それはそこに現れた。
「おい、あれ……」
フィリパが顔を引き締め、ブリギッテは声もなく息を吸い込んだ。オーウェンはしきりに目を瞬き、タンは腰かけていたドラム缶から転げ落ちそうになった。
人間サイズの煙の柱──それも多角形の煙の柱としか言いようのない代物がそこに立っていた。音もなく、光もなく、ただ等身大の黒ずんだ塊が音もなく龍一たちの視線の先で蠢いている。
龍一が何かを思うよりも早く、それは防護服の中にずるずると這い込んでいった。がちん、と音立ててフェイスガードが勝手に締まり、数秒後、防護服は持ち上げた機銃を危なげのない手つきで構えた。
「これは、聞きしに勝る……」
「たまげたわー」オーウェンは言葉を絞り出すのがやっとの様子だった。傍らのアイリーナも、しきりと首を左右に振っている。
「龍一。どうだい、動かせそうかい?」
「ああ。一度こつを掴んじまうと簡単だな……自分の身体がもう一つ増えたら、もっと混乱しそうなもんなのに」
実際、防護服を着込んだ〈分体〉を動かすのには造作もなかった。自分の分身を動かすなど、もちろん生まれて初めてのはずなのだが……自分の手足を動かすのに、考える必要などないようなものか。
「だ、だけどよ……」ドラム缶から転げ落ちていたタンが再び座り直す。「確かに大したもんだけど、こいつ一体だけじゃどうしようもないだろ。敵は本物の軍隊なんだぜ」
「じゃ増やそう」
一同はまたしても息を呑まなければならなかった──そしてタンはもう一度ドラム缶から転げ落ちた。本当に、瞬きする間に、倉庫の中に十体近くの〈分体〉が出現していたからだ。
「これは……ひょっとするとひょっとするかもねー」気を取り直したアイリーナの目の色が、早くも変わり始めた。「こっちの弱みは数の少なさだけど、それをカバーする手段が本当にあったら……」
「ああ。問題の大部分は解決するな」
気づくと、ブリギッテが眉をひそめていた。「龍一、今のあなた、その……何というか、ひどく悪い顔をしているわ」
「そうか? 君がそう言うんなら、じゃあ、きっと上手く行ってるんだな」
「どういう意味?」彼女は憤然となったが、龍一は頬が緩むのを抑え切れなかった。まだまだ課題は多い。が、勝算は見えてきた。
【午前9時 アテナテクニカ社レセプションホール、正面玄関付近】
レセプションホールを命からがら脱出した警官たちと鑑識課員たちは、〈竜〉と〈ロンドン・エリジウム〉の激突──と言うよりむしろ一方的な蹂躙を物陰から隠れて見守っていた。本物の怪物と本物の軍用ドローンの激突の前では、実際そうするしかなかったのだが……。
「ロンドン警視庁も攻撃を受けているらしいぞ。増援どころか、逆にこちらが助けを求められそうな有様だ……」
「一体どうなっているんだ。マギーもエイブラムも、同じ日に仲良く気が触れちまったのか?」
不安げに囁き交わす警官たちの中、あの写真係は自分が撮った写真を注意深く調べていた。
「新入り、何かわかったのか?」
「全然です。ラボに持って帰れれば分析できるかも知れませんけど……第一、私ただの写真係ですよ」
言いながらも彼女は〈竜〉の写真を凝視するのをやめない。
「これ……本当に生き物なのかしら? だって口がないですよ」
他の鑑識課員たちも写真を覗き込みながら自然と分析を始めていた。この状況下では皆、他にやることがないせいもあるが。
「口どころか目もない。あの全身の目玉みたいなもんが感覚器官か?」
「それに、いきなり生えてきたように見えました。生き物って、そんなに簡単に自分の目玉を生やせるんですか?」
「馬鹿な。マッシュルームじゃあるまいし、そんな簡単に感覚器官を増やせるもんか」
「それと……言いにくいんですけど、あれ、私たちを助けてくれたんじゃないですか? 先に攻撃してきたのは〈ロンドン・エリジウム〉の無人兵器の方ですし」
「まさか、と言いたいが……」
周囲の警官たちも口々に話し始める。
「大体、あの怪物は別に暴れ回って街を壊したわけでもないぞ。何だっていきなり軍用ドローンの大群が飛んできたんだ? いくらてめえんとこの鼻先だからって、こうも早くてめえんとこの軍団を送り込めるのか?」
「〈将軍〉はあの怪物を知っていた、なら辻褄は合うぞ」
警官たちの表情は疑惑から確信に変わりつつあった。エイブラムは最初からあの怪物について知っていたんじゃないのか……少なくとも俺たちよりは詳しく知っていたんじゃないのか、と。
「とにかく、本部の指示を仰ごう。上は何と言っている?」
「それが……先ほどから応答がないんです。電話どころか、無線の応答もありません」
「……携帯基地自体がダウンしているのか? よりによってこんな時に?」
見ろ、と警官の一人が指差す。彼の太い指先で、細長い黒煙が立ち上り始めていた。それも一本や二本ではない。
【同時刻 ロンドン警視庁・緊急通報センター】
「〈ロンドン・エリジウム〉の兵器が……警察車輌を攻撃しています! 指示を!」
「馬鹿な……こんな殺戮が誤動作で済ませられるか! アテナテクニカの担当者は何と言っている!?」
「誤動作があったとしてもそれは仕様であり、CEO不在の現時点では返答はしかねると……」
「何が仕様だ! 死んでいるのは警官なんだぞ!」
不幸中の幸いは、〈将軍〉の指令が無差別殺戮ではなかったことだった──〈ロンドン・エリジウム〉の無人兵器群の攻撃目標は市警察の人員、および車輌にのみ限定されていた。が、攻撃される当の警官や周囲の市民たちはそれを知る由もない。当然、市警察は現場の警官たちと、市民たちから殺到する悲鳴で破裂寸前だった。
「……銃器対策部隊に出動を要請しろ。住民が避難する時間を稼げ!」
それがどれほど過酷な出動要請か、命ずる側も痛いほど理解はしていた──銃器対策部隊が想定しているのは武装したギャングやテロリストであり、本物の軍隊や兵器ではない。
だがやるしかなかった。タイミングの悪いことに、時刻は朝の通勤時間帯だった。ロンドン全域で大規模戦闘となれば、どこまで被害が大きくなるのか誰にも見当がつかない。
【同時刻 大英博物館周辺 ユーストン・ロード】
平生なら大学生や観光客で賑わう瀟洒な大通りもまた、戦火からは逃れられていなかった。
「巡査部長! こんなへなちょこ弾じゃ足しにもなりませんよ、相手は軍用ですぜ!」
「だからどうした!? 尻をまくって逃げりゃいいのか! ここには博物館も、ロンドン大学もあるんだぞ!」
まさに四方八方から殺到してくる〈ハーピー〉に、警官たちは横転したパトカーを盾に応戦していたが、本人たちにも悪あがきとしか思えなかった。彼らの装備は拳銃と、どうにかパトカーから持ち出してきた暴徒鎮圧用の散弾銃、それに申し訳程度の防弾チョッキしかない。
後方で新たな悲鳴が上がった。重機にも似た重々しい金属音に振り返った警官たちの顔が、絶望に塗り潰される。
おそらく〈ハーピー〉たちの統括機だろう、奇形の蜘蛛の如き〈アラクネ〉が乗用車を容赦なく押し潰しながら向かってくる。周囲では通行人たちが悲鳴を上げて逃げ惑っており、警官たちの制止も聞こえているとは思えない。
突如、拳銃とは比較にならない連射音が沸き起こり、〈ハーピー〉の群れが数体まとめて粉々に粉砕された。
「警官隊、下がれ!」
重々しい音を立てて路面に足を踏み下ろしたのは、凶々しいほどに黒く輝く装甲を纏った軍用強化外骨格だった。イギリス軍制式採用の軍用
両手に構えたガトリング砲を背面に収納し、新たに構え直したのは銃砲の類ではなかった。
まるで殺虫剤を浴びせられた虫のように、機能停止した〈ハーピー〉がぽろぽろと路上に落下する。指向性のマイクロ波を照射してドローンの回路を焼き切る、大容量の対ドローンガンだ。
今までとは違う装備の脅威を検知し、戦闘態勢に入った〈アラクネ〉にも攻撃が開始される。巨体の〈タロス〉でさえ、
ぢりっ、としか形容できない空電音。
車載用の
たちまちドローンの群れは掃討された。歩兵戦闘車から降りた歩兵たちが、ばらばらと展開を始める。
「……助けてくれたことには礼を言う。だが我々に取って代われとまでは頼んだ覚えはないぞ!」
「こちらも頼まれた覚えはないな。貴様らが頼りにならなすぎるからこそ、我々がいやいや駆り出される羽目になったまでだ」
「何!?」
そこで警官たちは気づく──周囲から注がれる市民たちの視線が、誰を頼りにしているか。誰を頼りにしていないか。
自分たちは、当の市民たちから信用されていないのだ。
悔しげに歯噛みする警官たちに対し、士官も兵士たちも侮蔑を隠そうとすらしていない。「ギャングの跳梁を許していた無能どもが、ロンドンの守護者気取りか。このぶんだと大掃除するのは〈テムズ煉獄〉だけでは済まなそうだな」
【午前9時30分 『もう一つの』〈ロンドン・エリジウム〉統括制御センター】
正面のメインスクリーンに〈竜〉が大写しになっている。全身を覆う、目玉とも発光器ともつかない半透明の器官が呼吸するように明滅しているのを除き、動きは全くない。
もう少し小さめのサブスクリーンでは、ロンドンの全体図と、それを移動する各歩兵・戦車部隊の識別マークが表示されている。言うまでもなくエイブラムの息がかかった、ロンドンの奪還と保護を名目とした部隊だ。
『BBCをはじめ、各テレビ・ラジオ局、制圧完了。抵抗は軽微』
『アテナテクニカ傘下の中継基地、変電所、データセンター、制圧完了。抵抗は軽微』
『首相官邸に歩兵部隊、展開中。ご指示通り周辺の警護を開始します』
『ロンドン警視庁前、歩兵大隊と戦車大隊が展開中。やはり抵抗は軽微です』
うむ、とエイブラムは重々しく顎肉を揺らしただけだった。今挙げられたのはクーデターの際に抵抗勢力のハブとなりかねない箇所の制圧だったが、長期に渡る占拠など彼は最初から目指してはいない。できたとしてもせいぜい数日が限度。ただ、邪魔をしてほしくないだけだ。
そもそも成功して当然なのだ。既に根回しは完了していて、英国政府の中で〈ロンドン・エリジウム〉の真の目的について知らない者は──首相どころか
今回の「クーデター」に際し、軍・企業関連に比べて警察閥の取り込みはあまり上手くはいかなかった。もっともこれは、マギーとべったりのロンドン警視庁をエイブラムが今ひとつ信用していないのも理由ではある。が、懸念はしていない。市警察と〈ロンドン・エリジウム〉の支援を受けた軍、激突すれば火力ではまず勝負にならないからだ。
不安があるとすれば未だ確保できていない〈アンドロメダ〉ブリギッテ・キャラダイン、マギーが殺し損なった何とかとかいう刑事に、後は〈ダビデの盾〉のエージェント女二人組だったが、そちらも大して気に病んではいない。相良龍一の「一味」、あんな軍どころかマギー・ギャングにすら数で劣る、組織とすら言えない連中にこの状況が覆せるとは思えない。〈竜〉との決着をつけてから、じっくりとマンパワーで擦り潰していけばよい。
「各部隊に伝達。現在ロンドンは極めて高度な技術の支援を受けた敵性分子の攻撃に晒されている。敵性分子にハッキングを受けた〈ロンドン・エリジウム〉の奪還、なおかつ市民の安全を確保することに全力を上げる。各部隊の指揮はこの私、エイブラム・アッシュフォードの責任の名の下に行われると」
「了解。それと、首相及びロンドン市長から緊急の呼び出しが……」
「応じる必要はない。対応中と伝えろ」彼は素っ気なく応じた。これからやるべきことを考えれば些事に関わっている暇はない。経緯によっては、日が落ちるまでにロンドンが地上に残っているかどうかもさだかではないのだから。
〈将軍〉は騒乱の引き金となる最初の一声を放った。「鏖殺の雄叫びを上げ……」
【同時刻 〈ソーホー戦闘区域〉旧リバティ百貨店跡、マギーの居室】
「──戦いの犬を野に放て、か。どうして下らない男に限ってシェイクスピアが大好きなのかしら?」
鼻を鳴らした後で、マギーは傍らの部下に命じた。「私たちも動きましょう。ベルガーに全部任せるのも酷ですものね」
今度こそ、〈ロンドン・エリジウム〉の全兵器システムが〈竜〉一体に向けて全火力を集中させる。
ビルに偽装されたミサイルコンテナ。あるいは高層ビルの谷間に鎮座する自動迫撃砲。さらには建造物屋上に増設され、監視カメラと連動した電磁加速砲。
テムズ川に浮かぶ〈カロン〉浮遊砲台もこれに加わる。
〈カロン〉は船と呼ぶにはあまりにも異様な形状をしている──長大な砲身と、それを支えるフレキシブル構造のフレームと、そしてそれらを浮かべるためのフロート群でしか構成されていないのだ。船と言うより、船にかろうじて似せたすかすかの骸骨と呼んだ方がいい代物だ。船舶関係者に見せたら、嘆くか失笑するかどちらかの反応をするに違いない。
まるでテムズ川に突き刺さった巨塔のような、黒光りする砲身が陽光に照らされてぬらりと光る。
203ミリという、欧米諸国では最大口径の砲。そして使用するのは、砲弾底部からのロケット噴射でさらに最大射程を延ばすベースブリード弾。
無論、そのような大口径弾を河川上から発射するのは本格的な戦闘艦でもない限り極めて難しい。アテナテクニカの技術陣はそれがどれだけ困難かをエイブラムに説いたが、彼は頑として譲らなかった。ロンドンは川の街であり、実戦でそれを利用しない手はない。それに相手は動かない要塞ではなく〈竜〉だ。現在戦であっても戦場の主役は火砲であり、誘導機能のために破壊力を犠牲にしたミサイルではない。核でさえ殺せるかどうか怪しい相手に、火力はどれだけ盛っても足りない、と逆に喝破したのだ。
結局、技術陣の方が折れた。ワイヤーアンカーを使用できる地点という制限付き(当然、それらを打ち込める強固な地盤や建築物のない場所では使えない)ではあったが、少なくともエイブラムの要求は満たせたのである。
天を向いた巨砲が、その長大さに相応しい巨弾を放った。耳をつん裂く轟音とともに、火山の噴火と見間違うほど大量の火煙が噴き出す。
GPS誘導とベースブリード弾により、その射程はロンドン全域に渡る。いつでも、どこでも、好きな重要拠点を攻撃できる能力を、エイブラムは入手したのだ。
ロンドン市内の全監視カメラと連動して、あるいは上空の偵察ドローンからの誘導で。直接砲撃、あるいは間接砲撃が実行され、瞬く間に数百近い砲弾とミサイルが叩き込まれる。
そしてその全てがことごとく撃墜される。空中から音もなく現出した〈鱗〉が残らずそれらを受け止めたのだ。
〈竜〉本体には、傷一つ付いていない。
「目標、健在……!」
「まだだ」エイブラムは額に脂汗を浮かべていたが、完全に冷静さを失ったわけではなかった。「こんなもので殺せる程度の相手なら苦労はない。〈ランス〉自動狙撃システム
レセプションホールの数キロ先、薄汚れた雑居ビルには似つかわしくない、妙に真新しい構造物が作動し始める。不格好なアンテナとカメラアイの混合物のようなそれは、ミサイル迎撃用の化学レーザー砲だ。
ドローン、あるいは監視カメラ連動の三角測量で〈竜〉に照準を合わせる。ちかり、と発射光が輝き、音速で飛来するミサイルを確実に穿つ破壊エネルギーが迸った。
〈鱗〉がそれを受け止める。レーザーは霧散し、消えた。黒光りする表面はつるりとして、赤熱すらしていない。
オペレーターたちの間からどよめきが上がる。エイブラムも、咎める余裕すらないようだった。
「……通常兵器では話にならんか。ギルバートは?」
「〈ペガサス〉に搭乗して待機中です。ご命令があり次第、いつでも」
エイブラムは一瞬、躊躇った──だがそれは本当に一瞬だけだった。「出せ」
【同時刻 アテナテクニカ本社ビル地下、特殊車輌開発セクションラボ】
全身を流れ落ちる粘液のねっとりした感触に、ギルバートは耐える。はっきり言って不快な感触ではある──だが同時に、彼にとって肌着と同じくらい慣れ親しんだ感触だ。
それにこれでも工程が全自動化されただけ、まだましかも知れない。以前はスタッフ数人がかりで、顔やうなじ、性器から肛門に至るまで同じ粘液を刷毛で丹念に塗りたくられていたのだから。
ローションのような粘液を全身から滴らせながら、頭髪を掻き上げてヘアバンド代わりでもある脳波測定センサーを額に装着、センサースーツに足を通す。〈家〉にいた頃に比べればデザインは多少洗練されたようだが、粘液まみれの肌の上からボンテージじみた一体型スーツを着込む不愉快さは解決されていない。もっともこれは全身の皮膚から神経電流を読み取る必要がある以上、彼も半分ほど諦めている。
不愉快さに耐えて顔を上げる。目の前には天井から無数のコードで吊り下げられた巨大なマシンの背面がある。
艶やかな純白の装甲も相まって、遠目には大輪の花に見えないこともない。が、展開された背部ハッチの内部を覗き込めば、中世の拷問具じみた
──結局、ここへ戻ってくるのか。
仕方ない、仕方ないんだ。ギルバートは自らに言い聞かせる。結局、ギルバートにしか〈ペガサス〉は起動させられなかったのだ。それにしたって無数の投薬と補助具を使っての話で、残りの〈兄弟たち〉は全員死んだ。
義父は、エイブラムは確かに自分を愛してくれてはいた。だがそれも〈ペルセウス〉としての自分を、だ。その彼が敵と戦え、と言っているのだ。嫌も応もない──でなければ僕は、何のためにここにいるのだろう?
「……邪魔はさせない」
『ギルバート、何か言ったか?』
「いえ、何も」
そうだ、邪魔はさせない──残りは胸の中で呟く。相良龍一、たとえ君であっても。
歯を噛み締め、容易に棺桶を連想させる〈ペガサス〉の狭い
じりっ、と全身の皮膚に痛痒い感触。センサースーツと特殊ゲル、そして肌に突き刺さった検針を通して皮膚からの神経電流スキャンが実行されたのだ。今に始まった話ではないが、本当に拷問じみている、と思う。
視界に光が灯る。眼球の動きが自動解析され、カメラアイと視野が一体化する。脊髄を抉られるような激痛と、悪夢から目覚めた直後のような酩酊感。操縦桿やフットペダル、スイッチやボタン操作は一切不要の完全に近いマンマシン・インターフェイス──今やギルバートは〈ペガサス〉と、文字通り人機一体となっている。
『流体エンジン、メイン・サブともにオールグリーン。
それは強化外骨格どころか、既存のどんな航空機にも似ていなかった。
ギルバートの手足を収めるコア部分は、かろうじて人型に見えなくもない。だがその全体像は、後方に大きく張り出した羽根状の電極板とノズル、そしてそれらと一体化したランドセルがほとんどを占めている。
人型部分の右肩部からは大口径の砲口らしきものが見えるが、これもパイプと反射板、それに計測用らしきセンサーに周囲を埋め尽くされた、華美とも流麗さとも無縁の代物だ。
イオノクラフト
ジェット戦闘機の速度と攻撃ヘリの旋回性能を兼ね備え、なおかつ既存航空機では不可能な大火力を運搬する市街戦用プラットフォームを目指して設計されたが、世の中そう結構づくめな話ばかりでもない──大型のエンジンと電極板に加え、重火器まで搭載し、しかもジェット機の速度とヘリの旋回性能を兼ね備えた機体はあまりにも操縦性がピーキーすぎたのだ。ベテランのパイロットでさえ、実機試験どころかシミュレーションをクリアできないような有様だったのである。
当然、計画は破棄され、試作機もテストベッドを除いては封印状態だったのだが──それが脚光を帯びたのは、例によってエイブラムの一声だった。操れるパイロットがいなければ、パイロットと〈ペガサス〉が一体化すればいい。
操り糸のようなコードが残らず外され、固定具が開放される。試しに首を左右に振り、手首を回転させてみる。いずれも自分の身体と変わらない感触だ。
「ギルバートより
『発進シークエンス、カウントダウンスタート。5……4……』
ゼロ、の音声とともにギルバートの全身を強烈な反動が襲った。
次の瞬間、彼は既に虚空にあった。ビルを模した電磁カタパルト内蔵の偽装発射台、そこから撃ち出された〈ペガサス〉が凄まじい勢いで上昇を開始したのだ。
数秒で成層圏近くまで舞い上がった〈ペガサス〉は反転、ロンドン中心部への弾道飛行に移る。
【十数秒後 アテナテクニカ社レセプションホール、正面玄関付近】
〈ペガサス〉はほぼ一瞬でレセプションホール上空に飛来した。音速こそ越えていなかったが、それでも周囲のビルの窓が砕けんばかりにびりびりと振動する。
「今度は何だ!?」
目を白黒させて見上げる警官たちの頭上を一瞬にして通過。〈竜〉を見下ろす位置でぴたりと静止する。イオノクラフトは完璧に作動していた。マッハも、慣性制御じみた急停止も思いのままだ。
「確かに、資料にあった姿と形状が違うな……」
視界に投影されてくる分析結果を見ながらギルバートは独りごちる。両腕の肥大化が著しいし、何よりあの全身の目玉状の器官は〈海賊の楽園〉に出現した時にはなかったものだ。何らかの機能を秘めているのか──それとも、蛾の羽根の目玉に似せた紋様のように、単なる威嚇のための器官なのか。
あのパワーショベルのような巨大な両腕は、組みつかれたらかなり厄介そうだ。反面、両腕が大きすぎてあまり素早く動けそうにはない。まずは射撃で牽制してみるか。近接戦の申し子のごときあの相良龍一が、なぜそのような格闘に不向きな形態を選んだのかは解せないところだが……。
何かを言おうとして──やめた。もう言葉はいらない。あのトラファルガー広場での会見で言うべき言葉は全て交わした。自分は義父エイブラムに逆らえず、そして相良龍一も、殺されるまでは止まるまい。あれはそういう男だ。
相良龍一とその一党が、逃げるよりも戦いを選んだのは不思議でも何でもなかった。が、このように真正面から殴り込んでくるとは予想外だった。正直なところ、心が泡立っている。
彼が生きている限り、ブリギッテは僕に振り向かない。
それも永遠に。
歯を噛み締めて告げる。「
眼前の〈竜〉を睨み据えただけで自動照準が作動、火器管制システムの起動に伴い肩部のポッドからドローンビットが射出される。
杭そっくりの自爆ドローンビットが〈竜〉に襲いかかり、次の瞬間、そのことごとくが〈鱗〉に撃墜される。〈竜〉本体には毛ほどの傷もつけられない。
それでいい、と思う。この程度の小細工でどうにかなる相手とも思わない。
無限に宙から湧き出てくるような〈鱗〉に対し、ポッドから生成されるドローンビットもまた怒涛の勢いで叩きつけられる。一発も〈竜〉には届いていない。が、拮抗はしているように見える。
今だ!
上空から〈竜〉に向けて騎兵のごとき突進。追突──する寸前、〈ペガサス〉背面の転移装置が作動。数百メートルの距離を無視して〈竜〉の背後に出現する。視線が届く位置ならば、この装置は距離・遮蔽物の有無を問わない。
〈竜〉も気づき、振り向こうとはするが数瞬のタイムラグが生ずる。
大した問題ではない。何しろ〈鱗〉はあらゆる攻撃を無効化するのだから。
だがそこで、ギルバートのもう一つの切り札が炸裂する。
「〈
自動照準、ロック。視界の中で〈竜〉にカーソルがいくつも重なり、その全てが
赤く染まる。
「
思考トリガーにより最終安全装置を解除。
音も、光も、熱もなく。
ただその結果のみが実行された。
上空の〈ペガサス〉、そして〈竜〉を隔てた数枚の〈鱗〉が、ぱきん、と微かな音を立てて割れる。
意外に素早い動きで〈竜〉が身をひねる。直撃こそしなかったが、その脇腹の体表がまるでパンチで穿ったように、丸く抉れていた。
例えば眼前の〈竜〉が使う〈鱗〉がそうだ。あらゆる攻撃を受け止められる「生きた」リアクティブアーマー。エイブラムお抱えの技術陣は湯水のように資金と人員を得てなおそれを再現できず、無理に再現しようとして大勢が死んだ。
が、その努力が全て無駄であったわけではない。
技術陣に〈魔弾〉と名付けられたその兵器は、まさにあらゆる攻撃を無効化する〈竜〉に対する、最大の切り札──どころか、これがあるからこそエイブラムは〈竜〉との対決を決意したと言っても過言ではない。何しろ発射された時には、目標は破壊されているのだ。距離も遮蔽物の有無も問わない。〈鱗〉どころかどのような防御手段でも防ぎようがないのだ。
その作動原理をギルバートは理解しているわけではないが、理解できなくても困りはしない。電子レンジを扱う者が、その原理まで理解する必要はないのと同じだ。
周囲の警官たちからもどよめきが上がる。あらゆる銃砲弾やミサイルを無効化した〈竜〉が、初めて傷を負ったのだ。
(いける……!)
確かな手応えを覚えたギルバートだが、油断はしない。むしろ〈魔弾〉が有効だと判明したからこそ、ここで畳みかける必要を感じた。何しろ相手は、相良龍一だ。
〈ペガサス〉左腕に装着したグレネードランチャーから焼夷弾を発射。テルミット反応による炎と熱が、たちまちコンコースを埋め尽くしていく。あまりの高熱に車やドローンの残骸までが炎の中で形を崩し始めた。炎の壁がたちまち広場に立ち尽くす〈竜〉を取り囲む。
ギルバートはその隙を見逃さない。イオノクラフトの出力を全開、炎を蹴散らすように〈ペガサス〉の巨体を突進させる。機体の前面には古代の軍船のような
トラック同士が正面衝突したような凄まじい破砕音。が、衝角は〈竜〉を串刺しにする寸前で、〈竜〉の突き出した両腕にがっしりと受け止められていた。イオノクラフトは周囲の瓦礫を巻き上げるほどに出力を上げているが、それでも拮抗してびくとも動かない。
構うものか。いや、かえって好都合だ……!
〈魔弾〉の再発射シークエンス開始。この近さなら〈鱗〉があろうと関係はない。この距離から頭を吹き飛ばしてやる!
だが次の瞬間、ギルバートはそれどころではない事態に目を見開くことになった。
〈竜〉も〈ペガサス〉も、広場の数百メートル上空に転移していたのだ。
(こいつ……!)
転移自体は〈竜〉の解析技術なのだから、使えてもおかしな話ではない。が、宙を降り仰いだギルバートの目にさらなる高空から飛来する黒い点が映った。
〈カロン〉から射出された大型砲弾!
ゆるやかに落下していく〈竜〉の目も口もない顔が、確実にこちらを見据えていた。さあどうする、一目散に逃げようと一緒に吹っ飛ぼうと好きな方を選べよ。
生まれて初めて感じたかもしれない戦慄だった。この容赦のなさ、やはり相良龍一の戦い方か……!
一体、相良龍一の意識はこいつの中にどこまで残っているのだ……?
(舐めるな!)
あえて怒りで恐怖を押し殺した。ドローンビット起動、飛来する大型砲弾に照準。
怒り狂った鳥のような勢いでドローンビットが砲弾に殺到、弾殻を貫いて砲弾を爆発させる。
直撃は避けられたが、〈竜〉も〈ペガサス〉もただでは済まなかった。至近距離からの爆風に、両者とも空中で木の葉のように回転する。爆風プラスこの高さからの地表への落下だ。〈ペガサス〉は保っても、搭乗するギルバートが無事かは定かでない。
やむを得ない……転移を実行。
出現場所は数キロ先のテムズ川沿岸──ワイヤーアンカーを周囲の建物に巻きつけて船体を固定、次弾を放たんとしている〈カロン〉の、ちょうどその上空だ。
姿勢制御用バーニアを噴かし、どうにか〈ペガサス〉のバランスを取り戻すのに成功。〈竜〉もまた、再びゆるやかに河へと落下していく。
(自分から空に飛び出すなんて、勝ちを捨てたのか、相良龍一……?)
見たところ〈竜〉に飛行機能はない。空中戦前提の〈ペガサス〉と違って飛べないのなら、この局面では〈魔弾〉のいい標的だ。地上へ〈ペガサス〉を引きずり下ろせれば、まだ勝算はあったろうに。
今度こそ〈魔弾〉を放とうとするギルバートの視界がふと陰り、同時にレーダーが金切り声のような警報を発する。
(砲弾よりも遥かに巨大な飛行物体が、上空より飛来……?)
降り仰いだギルバートは、今度こそ絶句した。青空を切り裂くようにして〈竜〉と〈フューリー〉、そして〈カロン〉に向けて太さ数百メートル、全長数キロほどもある金属柱が落下してくる。
〈
(……正気か!)
わかるわけがない。〈竜〉の正気など人間に推し量れるはずもない。だが少なくとも、こいつは本気だ。
〈カロン〉の砲弾で粉微塵にされるか、〈柱〉に虫けらの如く潰されるか。
ギルバートはどちらも選ばない。
意を決して再び転移する。この距離では〈竜〉も一緒についてくることになるが、やむを得ない。
次の瞬間、巨人の足裏のような〈柱〉が〈カロン〉を発射寸前の砲弾ごと粉々に押し潰した。機動性を犠牲にワイヤーアンカーで無理やり自らを固定して砲撃を行う〈カロン〉が回避できるはずもない。大質量と大重量が〈カロン〉の甲板を突き破って串刺しにし、船底を貫通し、勢い余って川底に深々と叩きつけた。
【数秒後 トラファルガー広場】
先日、龍一とギルバートが話をした広場では、軍の歩兵部隊と避難してきた人々(あるいは単なる見物人)とが睨み合っていた。
軍の兵士たちもいい面の皮である。ギャングと無人兵器の猛威に晒されるロンドンを救うべく鼻息荒く乗り込んだら、当のロンドン市民から白い目を向けられたのだから。
空き缶やゴミどころか、本物の投石が始まりそうな雰囲気である。兵士たちは戸惑い顔を交わしており、指揮官ですら渋い顔をしている。一触即発の空気が高まりかけた、その時、
ふっと彼らの上空が翳った。訝しげに空を見上げた市民の一人が、目を限界近くまで見開いて叫ぶ。「逃げろ!」
市民も兵士たちも上空を見上げ──そして一目散に逃げる羽目になった。
「退避だ! 退避しろ!」
必死で逃げる兵士と指揮官の背後、落下してきた〈竜〉と〈ペガサス〉の巨体が、自販機とゴミ箱を紙屑のように押し潰す。
(く……!)
全身から破片を溢れ落としながらギルバートは〈ペガサス〉の衝角を一閃させる。〈竜〉に当たりはしなかったが、とっさのホバリング飛行で距離を取ることはできた。
もう見かけに騙されはしない。いくら鈍重に見えても、動かしているのは相良龍一の意識だ。
ここで潰すしかない、あえて気を鎮めながらギルバートは判断する。〈竜〉は恐るべき怪物だが、それに相良龍一の意識が乗っているのならただの恐るべき怪物以上の脅威だ。
負けるものか──僕だって、〈竜〉を殺すために生まれた兵器だ。
【同時刻 ヴィクトリア駅近辺の操車場】
駅員や整備士らにとっては一日の始まりに降って湧いた災難としか言いようがなかった。ただでさえ忙しい朝のラッシュ時に、覆面に銃を持った男たちが靴音荒く乗り込んできて、皆を追い立て始めたのだからたまったものではない。
「一体何の騒ぎだ! マギー……いやマダムには上納金を払ったばかりだろう!」
温厚そうな駅長がAKの台尻で思い切り殴り倒されると、周囲から悲鳴が上がった。
「黙って指示に従え。今後も自分の歯で飯を食いたけりゃな」覆面の男は低く凄みのある声で駅員たちを黙らせると、傍らの子分に向けて顎をしゃくってみせた。彼は頷き、懐からタブレット端末を取り出す。
「今から名前を呼ばれた奴は返事をしろ。だんまりを決め込むつもりなら、出てくるまで適当な奴の頭を吹っ飛ばすからな」
──操車場の片隅、雑草と錆に埋もれたマンホールがわずかに動いた。
「……出ていいぜ。今ならあいつらの目がこっちに向いてねえ」
一番身体の小さなタンの後から、フィリパとブリギッテが地上に這い出てくる。三人は無駄のない動きでコンテナの影に身を隠す。
「完全に占領されてしまっているじゃない。いくら市内が混乱状態だからって、やりたい放題ね……」
「本性を剥き出しにした、というだけだろう」怒りを込めたブリギッテの呟きに、フィリパも頷く。「ここを占拠したのは、〈レテ〉の行く先を変えられないための用心だな。少なくともその用心深さだけは、油断するべきではない」
「その用心深さを無駄に帰すために、私たちは来たのよ」ブリギッテは防水仕様の腕時計をちらりと見る。「時間もちょうどいいわ。始めましょう」
【午前10時 トラファルガー広場】
(喰らえ!)
〈竜〉の上空を通り過ぎた〈ペガサス〉から、次々と小型爆雷が投下される。小型でも一発一発が非装甲車輌ぐらいなら軽く吹き飛ばす威力がある。たちまちいくつもの爆炎が〈竜〉を包み込む。
周囲の建物から、ひとたまりもなく逃げ出して様子を伺っていた群衆や兵士たちが歓声を上げる。全身眩いほどの純白の装甲をまとった〈ペガサス〉が、得体の知れない異形である〈竜〉を追い詰めているように見えるのだからこれは無理もない。実際、〈竜〉は〈ペガサス〉の怒涛の攻撃に、手も足も出ないように見えた。
そうでないのを知っているのは、当のギルバートだった。
(なぜ、動かない……?)
それとも動く必要もない、と高を括っているのか。
焦るだけの理由はあった。搭載されたあらゆる火器・兵装で攻撃している〈ペガサス〉に対し、〈竜〉は〈鱗〉を展開してみせただけなのだ。一方的にギルバートだけが手の内を見せているだけの展開は、あまり喜んでばかりもいられない。
(どの攻撃も決定打にはなっていない……)
彼は焦りを自覚する。〈魔弾〉は確かに〈鱗〉の防御を無効化したが、かすめた程度では話にならない。直撃、それも人間で言う頭や心臓にでも当てなければ効果はなさそうだ──それも〈竜〉の急所が、人間と同じ箇所にあると仮定しての話だが。
あれを使うしかない。ギルバートは腹を括る。たとえブリギッテに生涯恨まれようと──いや、ならなおさら、相良龍一は〈竜〉ごとここで仕留める。
残存する全てのミサイルと自爆ドローンを放つ。決定打にはならない、それはわかっている。一瞬でも動きが止まればそれでいい。
衝角ではなく、今度は〈ペガサス〉の機体下部を向けて突進。急所の腹を見せるような姿勢だが、それこそが狙い目だった。
(〈
〈ペガサス〉の機体下部から、馬よりはむしろ蜘蛛に近いメカニカルな節足が何本も飛び出す。鋭いスパイク状の節足を〈竜〉に突き刺し、突進プラス〈ペガサス〉自体の重量も合わせて路面に叩きつける。節足の先端から閃光が迸っているのは、エンジンから流用した高圧電流が流されているからだ。〈竜〉が痙攣するようにもがくが、スパイクを掴もうとした手は高圧電流に弾かれ上手くいかない。
もちろん、これだけで仕留められるほど〈竜〉は甘くない。本命はこれからだ。
〈ペガサス〉の腹部に発射口が展開する。もう一つの〈魔弾〉の発射口。
(頭……いや、心臓だ!)
この距離から〈魔弾〉を受ければ〈竜〉もひとたまりもないだろう。が、彼が今度こそ〈魔弾〉を放とうとした瞬間。
肥大化した〈竜〉の両腕が、逆に節足を掴み返した。高圧電流が火花を散らすのもお構いなしだ。先端のスパイクが、飴細工のようにじわじわと折れ曲がっていく。
(何だ……!?)
ギルバートは目を瞬く。あの〈竜〉の全身、目玉状の発光器官が燐光を発していたのだ。もちろん機械的な光ではない。蛍か、深海生物が放つような生物的なもの。美しいが、どこか不吉な光だ。
それは明滅しながら徐々にその光を増していく。まるで脈打つように。
そして、ギルバートは自分の目を疑った。あの目鼻も口もない〈竜〉の顔がこちらを向き、そしてこう言ったように見えたのだ。
そして〈竜〉の全身の発光が、ふっ、と消えた瞬間。
ロンドン全域のスマートフォン・タブレット端末を含む全通信機器がブラックアウトした。
例外なく。
【同時刻 ハイド・パーク近辺、ベイズウォーター・ロードに展開中の通信システム部隊、指揮通信車内】
広大なハイド・パークには臨時の野戦司令部が築かれていた。実際問題として、野戦司令部はここに築くしかなかった──民生車が行き交う大通りを含め、ロンドン市内に軍用車輌や対空レーダー、大型の通信機器類を展開できる敷地など公園以外にないからだ。
が、ここを拠点にロンドンを席巻しつつある「敵」への反撃を開始するという全軍の目論見には、早くも暗雲が立ち込めていた。
「システム、完全にダウン。リブートも効きません」
「続けろ。マルウェアやウィルスの兆候は?」
「全くありませんでした。ファイアウォールからも異常は検出されていません」
「非常用電源まで落ちているのか? 緊急時に強いシステムとやらはどうしたんだ!」
「とにかくシステムを立ち上げ直せ。ここの通信基幹システムは近域の全部隊を占めているんだ、影響はうちの部隊だけじゃ済まないぞ……!」
指揮通信車の中ではシステム士官たちが困惑しながらも復旧作業に当たっていた。手つきこそ淀みないが、彼ら彼女らの表情は「予定済みの」クーデターから突然の実戦に放り込まれてしまった困惑が隠せていない。
実際、焦る必要はあった。通信システムのダウンした軍隊など、襲撃を喰らえばひとたまりもない。遥かに装備の劣る相手……例えば寄せ集めのギャングにさえ大敗する可能性が出てくるからだ。
「……電源、復旧しました!」
「驚かせやがって……メーカーにはクレームを入れないとな」
額の汗を拭ってシステム端末を覗き込んだ士官は、驚きのあまり声もなくのけぞって背後の者にぶつかりそうになった。周囲からも驚愕の悲鳴が上がる。
端末だけでなく、指揮通信車内の全スクリーンに黄金の輝きが出現していた。
真円に近い球体。琥珀色の瞳孔に金色の眼球。
〈竜〉の目が。
「何だ? これは一体何だ?」
エイブラムの指揮統制センターも例外ではなかった。オペレーターたちの端末どころか、メインスクリーンにまで〈竜〉の目が映し出されている。スクリーンの中で大小様々な眼球がきょろきょろと動いている有様はユーモラスと言えなくもないが、それが周囲360度からとなると相当不気味な光景だ。
「何を始めた、相良龍一!?」
困惑していたのは〈ペガサス〉内のギルバートも同様だった。何しろ映像は網膜投影式なので、目を逸らしたところで〈竜〉の目も視線に合わせてついてくる。なぜだろう、人間らしい挙動など欠片もないのに、ギルバートはそれが龍一のものであると信じて疑わなかった。
急に聞き覚えのある声が喋り出した。ひどく歪んで、質の悪いマイクを通したようにノイズ混じりだったが、
『……ああ、やっと喋れるようになった』
「龍一?」ギルバートは思わず目を瞬いて聞き返してしまった。目の前の異形の〈竜〉と、あの人を食った喋り方をする青年が同一のものとは理解していたはずだが、まさか〈竜〉の側から話しかけられるとは思わなかった。
『いや悪い悪い。この格好のままで話すのは、踵を額につけるくらい難しくってさ。何せ発声器官からして変質してるんだから、無理もないけどな』
「これは……やはり君の仕業なのか?」
『俺さ。だがまだ何もしちゃいない。こんなのはただの
『……ああ、それと〈将軍〉閣下、いやエイブラム』
声色が変わった。『見つけたぞ』
自分を真正面から見据えてくる黄金の眼球に、エイブラムは絶句していた。
『あると思ったよ、ギルバートとの直通回線。俺を殺したかったら、確実に送り込んでくるって踏んで正解だった。子飼いのギャングや無人兵器に俺を殺させるなんて、戦車に盲腸の手術をさせるようなもんだからな』
声にならない、軋るような悲鳴をエイブラムは聞いた。自分の口から漏れる声だった。
『〈ロンドン・エリジウム〉へのハッキングなんて考えるだけ無駄だってのはわかっていた。何しろ、中枢ってもんがないんだから。じゃあ、あなたの居場所を突き止めるのは意味がないかと考えたら、そうでもない。最低限、攻撃開始/中止のスイッチぐらいは必要だ』
朗らかに、朗らかすぎるくらいの声色で、目玉は告げた。
『成層圏プラットフォーム。なるほど、空か。地下深くの要塞化されたシェルターに隠れたって安パイとは言えないし、海の底ならもっと無理だ。空なら電波状況も悪くないし、地上の景色も一望にできる。ま、それに仮にも一軍の大将が、トイレみたいな迫っ苦しい部屋でうずくまってるのも絵にならないしな』
悲鳴を上げながらエイブラムは護身用の小型拳銃を引き抜き、端末に向けて発砲した。破片が飛び散り、周囲のオペレーターたちが悲鳴を上げて逃げ惑うのもお構いなしだ。だが相良龍一の声は止まない。
『でも、もう充分空中遊覧も楽しんだだろう? そろそろ降りてこいよ』
聞き返す前に指揮統制センター全体が──いや、船室そのものがぐらりと大きく揺れた。成層圏プラットフォーム──エイブラムの指揮する巨大飛行船が、急激に高度を落とし始めたのだ。
「……操舵室! 誰が高度を下げろと命じた!?」
『不正なアクセスです!
「何とかしろ!」
それはもはや命令ではなく単なる悲鳴なのだが、エイブラムにはそれを恥じる余裕もなかった。「電子戦対策部隊は何をしている!?」
「対応はしていますが、はかばかしくありません。自己増殖だけでなく、リアルタイムでバージョンアップを同時に行っています。完全に除去しようとしたら、戦術ネット自体を落として大規模なデリートを行うしか……それでも生き残りがいたらお手上げです」
「そんなことまで……」さしものエイブラムも絶句するしかなかった。意志を持ったウィルス。〈竜〉自体が持つ凄まじい破壊力については〈王国〉の遣いから聞かされていたが、こうも早く的確に現代戦、それもサイバー戦にまで対応してみせるとは予想外だったのだ。
甘く見ていたつもりはなかったのに、それでも甘かった──〈竜〉の戦闘能力に、さらに相良龍一の意志と知識までが加わっているのだ。
巨大な飛行船が死にかけの巨鯨のように、真っ逆さまに大通りへ墜落していく。眼下の人々が警官・兵士・市民を問わず逃げ惑っている様がぐんぐん大きくなる。
『機体姿勢修正不能……墜落します、何かに捕まってください!』
言われるまでもなく全員が必死で手近の固定物にしがみつく。衝撃と共にスクリーンが粉微塵に割れ、大音響が全ての悲鳴を押し潰した。
〈竜〉の腕から、何かが伸びていた。テープのように細く長いが、どこまでも伸びる刃。それが〈ペガサス〉の装甲を突き破り、隙間から侵入していく。
氷水に放り込まれたような恐怖がギルバートの全身を襲った。あれはハッキングツールだ。慌てて〈ペガサス〉を引き離そうとする、そのブースターがガス欠のようにぷすん、と間抜けな音を立てただけで止まった。
OSが意味不明の文字と図形を吐き出し、機体各部へ勝手にエネルギーが充填されていく。〈ペガサス〉全火器管制システムが、勝手に再起動しているのだ。しかもハッキングだけでなく、侵入してきたウィルスがOSを何か別のものに書き換えつつある。機体の癖まで知り尽くしているはずの〈ペガサス〉が、何か全く違うものにバージョンアップされていく。自分は何一つ操作していないのに!
『エイブラムへの直通チャンネルだけで充分だったんだが、こんな格好の得物がおまけで付いてくるんなら、使わない手はないな』
それはまるで〈ペガサス〉の機体そのものが、〈竜〉の肥大化した右腕になったようだった。そしてその砲口に、不可視のエネルギーが集まっていく。
「な……何をしているんだ!? やめろ、やめてくれ……!」
『ヨハネスから聞いてないのかい? リソースは敵から奪って使うのが俺たちの基本戦術なんだ。何せ君のお父上と違って、俺たちゃすかんぴんでね』
イオノクラフトのジェネレーターが馬のいななきにも似た絶叫を上げる──〈魔弾〉への電力供給のために。
『やめてほしければお父上に呼びかけろ。俺にも聞く耳ぐらいはある。それに大量殺戮は本意ではない。君たちと違って』
「っ……! 降伏勧告なら考えるだけ無駄だ! あの人がそんなものに応じるような人か、君も知らないわけがないだろう!」
『じゃ俺もやめない』声は冷ややかに告げる。『やめてほしくなったら、いつでもどうぞ。ただし、単なる時間稼ぎはノーセンキューだぜ』
音も、光も、熱もなく。
単発での狙撃しかできないはずだった砲口から機関砲のごとき勢いで〈魔弾〉が放たれた。
あらゆる防御手段と遮蔽物を無効化し、命中した結果のみを残す〈魔弾〉──それに狙撃銃のごとき精確さが加わったらどうなるか。
そもそも、〈竜〉を殺すための異常技術──〈竜〉の応用技術をふんだんに用いた兵器を、人間に向けたら何がどうなるのか?
今、その答えがロンドン全域で展開しつつあった。
「狼狽えるな! 各部隊は周辺防御に、システム部隊は通信システムへのクラッキング除去を続行……」
動揺する部下を立ち直させるべく叱咤を続けていた指揮官の頭部が、突如として消失した。
音も、光も、熱もなく。
「え……」
唐突すぎる結果に、部下たちは呆然としている。返り血をまともにあびてしまった周囲の者でさえ、あまりの結果にそれを拭うのさえ忘れていた。
各通信チャンネルからは指示を求める各部隊通信兵の声が殺到している──が、応対できる者はいない。
いくつもの血走った目が車内を探し回るが、車内を埋め尽くす機器や装甲板に異常はない。
「何をどうやったら、こんな殺し方ができるんだよ……?」
「まさか……」
初めて気づいたように、士官の一人が後じさる。周囲から注がれる黄金の眼球からの視線。〈竜〉の目。
「携帯を捨てろ! こいつの視線に捉えられたら、狙い撃ちされるぞ!」
全員が悲鳴を上げ、無線機どころか自らの携帯端末まで放り投げて逃げ出した。中には喚きながら〈竜〉の目を映すショウウィンドウに銃弾を叩き込む兵士もいる──が、どこへ逃げようというのか? 街角の電光掲示板、電気店のショウウィンドウ、街灯上の監視カメラ。このロンドンのどこへ逃げれば、〈竜〉の視線から逃げられるのだ?
音も、光も、熱もなく。そして間断なく、容赦なく〈魔弾〉は市内に展開したクーデター部隊へ放たれ続けた。熟練の狙撃兵でさえ不可能な狙い撃ちだった──まず士官、次に通信兵、そして重火器の操作員。
兵員輸送車の運転席が操縦者ごと抉り取られる。
戦車の砲塔がハッチから顔を出していた車長もろとも消失する。
砲弾観測用の偵察ヘリがローターも、機体も、パンチで開けたような綺麗な穴を穿たれ、地面に落ちるまでに粉々になって四散する。
後退しながら腕に装着した機銃を発砲していた〈タロス〉強化外骨格が、全身大小様々な穴だらけになり、ボロ屑のように装着者ごと崩れ落ちる。
連続発射の負荷に耐えかねた〈ペガサス〉の砲身が焼け爛れ始めるまで、わずか十数秒。
だがその十数秒で、〈将軍〉配下のクーデター部隊は指揮系統どころか、戦闘集団としての機能を修復不可能なまでに破壊されていた。
【同時刻 リージェンツ・パーク近辺、アビー・ロード交差点】
「〈将軍〉、お怪我をなされたのですか? 止血を……」
「いらん。そんなことより、車でも自転車でもいい。この近くに、我が社のセーフハウスがあったな。そこへ向かうぞ」
額を温い血だか汗だかが伝うのがわかっても、エイブラムは気にも留めなかった。頭を怪我して頭が働き始めるとは皮肉なものだ、と独りごちる。
半壊した飛行船の船室からエイブラムとオペレーターたちがやっとのことで這い出してくるのを、警官と兵士と市民たちが度肝を抜かれて見つめている。
「確かに、ここからなら徒歩でも移動できます……しかし、そこで何を?」
「決まっているだろう。〈竜〉に勝つのだ」
【同時刻 トラファルガー広場】
間断なく〈魔弾〉を吐き出し続けていた〈ペガサス〉の砲口が、不意に沈黙する。
『ありゃ?』
龍一の声で〈竜〉が間の抜けた声を漏らした拍子に、〈ペガサス〉の装甲の一部が爆発ボルトで吹き飛び、全身ゲルまみれのギルバートがコクピットからずるりと真下に落ちた。生きてはいるが、上半身を起こす気力すらないらしい。
『……〈ペガサス〉との接続を切って強引に止めたか。自分の首をぶった斬るようなもんだぞ。さぞかしひどい苦痛だったろうに』
〈竜〉は妙に人間臭い動作で首を傾げる。『お父上のためにそこまでするか?』
「君には……わからない……あの人が僕にとって……どんな存在なのか」
なぜか〈竜〉は言葉に詰まったようだった。何かを思い出したように。
『愚問だったな』〈ペガサス〉から腕を引き抜き、極薄の刃も全て収納した〈竜〉があっさりと背を向ける。
「僕には殺すだけの価値もないのか……」
『難しいことを言うんだな。実際そんな必要もないだろう。期待を裏切って悪いが、俺は君のお父上ほど血に飢えてないんだ。じゃあな』
空間に飲み込まれるようにして〈竜〉は消えた。寒風吹きすさぶ広場に、半死半生のギルバートだけが取り残された。
【同時刻 大英博物館近辺】
「〈将軍〉どころか、上級司令部との通信も途絶えているだと? なぜだ?」
「不明です。今判明しているのは、通信システム部隊にも相当の損害が出ているらしいとしか……」
〈魔弾〉で頭を吹き飛ばされた士官たちに代わり、生き残った下士官たちはどうにか部隊を立て直そうと必死に努力をしていた。が、状況がどうにも芳しくないのは本人たちにもわかっていた。
「とにかく通信を回復させろ。敵と交戦する前に、同士討ちで壊滅しかねないぞ!」
「やってはいますが、指揮統制にまでクラッキングを受けている状況では通信システム自体が満足に機能しません」
「なら伝令を出せ! この際、車でも自転車でもいい。指揮系統が十九世紀の戦列歩兵レベルにまで交代しても、友軍相打つよりはましだ!」
近代的な軍隊が火力をそのままに、互いに通信不可能な状態のままで交戦状態に入るなど、悪夢以外の何物でもない。
突如として複数の銃声が沸き起こり、数人の兵士が悲鳴を上げて倒れた。仰天した下士官たちが通りの向こうを見やると、覆面の男たちを満載したピックアップが次々と接近しつつある。荷台に据え付けられた重機関銃が火を噴き、まともに掃射を受けてしまった不運な兵士たちが砕け散る。
オレンジ色の火柱が上がり、ピックアップが満載した男たちごとミニカーのように宙を舞った。燃えながら飛んだ車がクレープの屋台を押し潰し、通行人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。覆面の男たちが慌てて路上に飛び降り、車や看板に隠れながら発砲を開始した。負けじと兵士たちも撃ち返す。
「誰が発砲を許可した!?」
「機銃とグレネードで攻撃されているんですよ。命令がなくとも皆、勝手に反撃します!」
「ここは首都だぞ! 本当にロンドンを火の海にするつもりか!」
「では銃弾と砲弾を浴びせられて、なおかつ反撃を許されない状態で、この状況を打開できる方法をお教えいただきたい!」
覆面たちの装備は手持ち火器にピックアップ搭載の機銃程度、軍とは比べ物にならないほどのグレードの低さだった。が、数が多い。近隣の友軍と連携が取れれば敵にすらならないような存在だが、それも指揮系統が健全ならばの話だ。指揮官を失い、しかも通信機器が無力化された状態で数に物を言わせて包囲されてしまっては、逃げも隠れもできない。
下士官たちはようやく自分たちの嵌まり込んだ窮地に思い当たり、既に頭を吹き飛ばされた自分たちの上官たちを恨んだが、それでどうにかなるものでもなかった。
「冗談じゃない。このままだとロンドン自体が〈のらくらの国〉になっちまうぞ……!」
「兵隊さんたちは可哀想ねえ。まさか街中で四方八方を掃射するわけにもいかないもの」後部座席で、マギーは恐ろしく意地の悪い憫笑を浮かべている。「こちらは制服を見ればすぐに撃てばいいんだから、楽なものだわ」
「マダム、本当にこちらでよろしいので?」運転手が訝しげに質問する。「市内を脱出するんなら、正反対の方向では?」
「あら、あなたも月まで吹っ飛ぶのは怖い?」
「そりゃ、まあ」
「ならなおさらこちらへ逃げた方がいいわね。決戦の舞台は間違いなく、これから行く先だもの」
車の行き先には、ロンドン一の超高層建築物──天に突き立つ針の如き〈ザ・シャード〉がある。
「ベルガーが成功しようと失敗しようと、皆があそこに集まるの……私がそう決めたのよ」
【同時刻 ヴィクトリア駅近辺の操車場】
実のところ、突入と同時に決着は数分でついてしまった。
「何だこいつら!? 銃弾が効かねえぞ!」
「サツとは話がついてんじゃなかったのか!? 第一、こんなやべえ奴らをサツが用意できるなんて聞いてねえ!」
ギャングたちは操車場に点在するドラム缶や大型機器に身を隠して銃弾を放ち続けているが、浴びている相手はびくともしない。
防護服を着込んだ〈分体〉の群れだ。のしのしと歩く速度は子供の方がよほど早いくらいだが、言葉も発さず恐怖や苦痛を見せない防護服の集団が距離を詰めてくるのは、詰められる方からすれば相当に怖い。しかも銃弾を浴びせてもまるでこたえた様子がないのだ。
「薄気味悪い奴らめ……こいつで吹っ飛べ!」
「馬鹿、こんな建物の中でそんなもん使うな!」
仲間の制止も聞かず、業を煮やしたギャングの一人が手榴弾を放り投げる。が、〈分体〉の一体が意外に早い動きでそれに覆い被さった。鈍い爆発音が響き、ごく少量の煙が腹の下から漏れたが、それだけだ。
「一体何だ……何なんだこいつら!」
小銃装着式のグレネードランチャーを構えようとした男が、猫のような悲鳴を上げて銃ごと取り落とした。〈分体〉の影に隠れて接近していたブリギッテの弓に、手首を射抜かれたのだ。
「その程度で悲鳴を上げないで。私の親友は片腕を吹き飛ばされたのよ」
なおも弓弦が鳴り、その度にギャングたちが手首を押さえて絶叫する。怒声を上げて銃床で殴りかかろうとした男は、フィリパの手にしたナイフの柄で顎を殴られ、腹に叩き込まれて悶絶した。
「私はアイリーナほど接近戦マニアではないが、このくらいはやる」
ついに〈分体〉の先頭が急ごしらえのバリケードを突破した。ギャングたちの身体が玩具のように振り回され、放り投げられて仲間を巻き込みながら転倒する。頭上のキャットウォークから自動小銃を乱射していた男たちが、足を掴まれて悲鳴を上げながら次々と落下する。もう少し頭の働く者は職員たちを盾にしようと動いたが、それも襟首を掴まれるまでの話だった。頭と頭がかち合わされ、気絶した男たちがぐにゃぐにゃと崩れ落ちる。
「すごい。まるで龍一が一度に十人増えたみたい」目を丸くしながらブリギッテは呟く。
「あいつもすげえけどあんたらもすげえよ」一部始終を見ていたはずのタンが呆れている。「瞬きする間に全部終わったじゃねえか。何をどうやったんだ?」
「日頃の積み重ねよ」
一人残らず昏倒したギャングたちを彼ら自身のベルトで縛り上げていると、解放された職員たちがおずおずと声をかけてきた。
「き、君、ブリギッテ・キャラダインだよな……? 助けてくれてありがとう。でも、どうしてこんなところに?」
「ええっと……」
ブリギッテも困ってしまって目を白黒させる。「何と説明したらいいのかしら。パートタイムの人助けとしか……」
我ながらそんな説明があるかと思ったが、職員たちは妙に納得してしまったらしい。「便乗するようで何だけど、うちの娘が君の大ファンなんだ。この手帳にサインを貰えるかな?」
「ごめんなさい、サインは例外なく断っているの。以前に私の筆跡を勝手にスキャンして転売した人がいて、ひどい騒ぎになったから……」
見かねてフィリパが助け舟を出してきた。「この操車場では公表されていないもう一本の路線があるようだな。それについて話を聞かせてもらいたい」
タンが意表を突かれたように口を開ける。「何だそりゃ? 天下の鉄道公社が運営してるんじゃ『幽霊列車』でも何でもねえじゃねえかよ?」
「秘密の専用列車なんて完全に隠し通すのは不可能だからな。メンテナンスの都合上、人を関わらせないわけにはいかない……となれば、駅一つ、その職員全員を抱き込むのは次善の策だ」
ギャングに殴り倒された駅長が、ハンカチで鼻を押さえながら進み出る。「認めるよ。確かにあれを運用しているのは私たちだが……まさか、ギャングたちはそれを目当てで?」
「話が早くて助かるわ。恩を売るようで気が引けるけど、協力してくれない? ロンドンが月まで吹っ飛ぶかどうかの瀬戸際なのよ」
突如、爆音とともに操車場の全ての窓ガラスがびりびりと震えた。先刻の手榴弾とは比較にならない大音響だ。
すかさずライフルを構え直したフィリパが外の様子を伺う。「……まずいぞ。新手だ」
──それには確かに人間と同じ一対の脚で歩いてはいた。が、その異様なシルエットを「人型」と呼んでよいものなのか。全身からまるで棘のように突き出た大小無数の砲と機銃とランチャーが、奇形のハリネズミを連想させる。
〈タロス〉上位
火力支援プラットフォームどころか、小型の要塞に等しい。その全火力が、軍事施設ですらない操車場のブリギッテたちに向けられる。
【同時刻 リージェンツ・パーク近辺、アテナテクニカ社専用セーフハウス】
「〈将軍〉、ご指示通りクローズドネットで起動させているため〈ヘカトンケイル〉は問題なく制御できています。今のところはですが……本当に〈竜〉ではなく、こちらが目標でよろしいのですか?」
這々の態でセーフハウスまで逃げてきたオペレーターたちの一人が、軍用ノートパッド──頑丈で高性能だが、墜落した飛行船の指揮統制システムに比べれば性能は及ぶべくもない──を覗き込みながらおずおずと質問する。
「くどいぞ。これは軍事作戦なのだ。敵を直接打ち負かすのではなく、敵の戦略目標をより多く妨害できた方が最終的な勝利を掴めるのだ」オペレーターたちと同様、血とガラスの粉を全身に浴びたエイブラムは生きたままグラインダーにかけられたような悲惨な有様だったが、気にしている様子もない。「操車場の奪還と〈アンドロメダ〉の無力化……貴重な残存戦力を〈竜〉に差し向けてすり潰すよりは、こちらの方がよほど理に叶っているだろう」
追い詰められた今でもなお、エイブラム・アッシュフォードは〈将軍〉だった。冷静ではなかったが、完全に逆上してもいなかった。少なくとも、〈竜〉との対決を投げ出してはいなかった。
同時に、それがエイブラムの限界でもあった。自分の選択した戦術が後にいかなる惨劇を引き起こすか、彼は全く予想できなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます