好きだった幼馴染が桜の下でイケメンとデートしているのを眺めていたら、大人びたJSに話しかけられた。それから時が流れ、桜の下でJDに、社畜の僕は話しかけられた。
つちのこうや
色々な桜のもとで
桜は満開をすこし過ぎた。
けど十分、まだ綺麗で、見にきている人もたくさんいる。
そんな中、僕は対岸を歩くカップルを眺めていた。
幼馴染とイケメン。
うお、すごい桜の下で楽しそうにしているのが似合うなあ。
この辺りは中途半端に田舎なので、まあ知り合いを発見することもよくあることだろう。
ただ幼馴染ともう知り合って長いことを考えると、いつの間にか対岸にきてしまったんだなあ、と思う。
なぜかはわからないけど、ほんと気づいたら。
「あ、そこのお兄さんは、なにを描いているのですか?」
不意に、話しかけられた。
すごく幼い声。
振り向くと、一人の女子小学生が、こちらを見ていた。
ランドセルを背負っている。
でもイメージは入学ではない。
もう六年生なのだろうか、とても大人びた小学生だった。
声が幼いのが、ギャップに思えるくらいだ。
「ああ、まあこの辺りの風景の絵を」
「そうなんですか……あ、ありがとうございました!」
そうして女の子は行ってしまった。
☆ ◯ ☆
「なに描いてるんですか?」
私は思い切ってそう声をかけた。
大学生になったばかり。
サークルの新歓に行って、楽しかったけど疲れて、そのまま夜遅く、桜並木の下を歩いていたら、明るい街灯の下に、見覚えがほんの少しある人がいた。
そう、彼との出会いは、小六の時。
彼の絵との出会いは、きっと、小四の時である。
「ん? ああ、これは、まあ今の風景をただ描いているだけです」
彼はそう答えた。
けど、私は知っている。
彼はそんな似たような絵を、何枚も描いていて。
そうして、そこに動物を描く。
そして、そこに一つの流れのある物語が生まれ。
最終的には、一作の、紙芝居が出来上がる。
「紙芝居、ですね」
「よくわかりましたね」
彼はそういうけど、私が知ってるのは当たり前っちゃ当たり前だ。
昔、入院していた私のところに、一作の紙芝居がやってきた。
その紙芝居は、ただ桜の下で動物が遊ぶだけの話。
そんな話だからこそ、私にとって憧れの世界だったし、すこしだけ元気になれた。
その紙芝居の背景の風景は、私の通学路だった。
無事退院してから、そこを毎日歩いているうちに思った。
もしかして、いるのかな、この紙芝居を描いたひと。
そう思いながら過ごすこと二年。
小六の時、やっと彼を見つけた。
でもその時は一言二言話しただけで終わってしまった。
そしてそれからは、ずっと彼を見かけなくて。
でも、今日、久々に会えた。
だからなんだって話なんだけど。
「会社帰りなんですか?」
「そうです。もう今はこんな夜遅くしか絵を描く時間もなくて」
「社畜なんですか?」
「まあ、そうなのもしれないです」
彼は笑って、そして夜の散りかけた桜を見上げて続けた。
「まあ高校の頃とか、僕は本気で絵本作家を目指していたんですよ」
「……」
「それに相当時間も費やしたし、色々と犠牲になりました、人付き合いとか、学校の成績とか。好きだった人が気づいたら他の人と付き合ってたりして悲しかったこともあります」
彼はまた笑った。
「そう、だったんですか。でもまだ絵は続けられてるんですね」
「一応、そうですね。もしかしたら、僕の描いた絵と物語がだれかの心に残るってことが、あるかもしれないじゃないですか。そんなことが、あるかもしれないから、まだ書こうかなと」
そう言って、彼はまた、色鉛筆を持った。
色鉛筆で描かれる世界は、すこし、この世界よりは穏やかな世界かもしれない。
けど、その世界には、ずっと宿っている夢があって、
そんな夢は、きっと、わたしの心の中にも、散りばめられた。
「あ、えーとですね、私……」
誰も見ていない夜の桜の下で、私は彼に切り出した。
そう、伝えるのは、私と、彼の描いた紙芝居の話。
そして私の、夢の話だ。
☆ ◯ ☆
「はい、静かにしてね! 帰りの会始めますよ」
私は三年三組の生徒たちにそう言った。
けど、そんな簡単には静かにはならない。
それでいいんだけどね。
元気なクラスなのも、いいし。
今年から、私は小学校の図工の先生になった。
だから担任を持つのももちろん初めてで、色々大変ではあるけど。
まずプリント配り忘れないようにしないとね。
「はい、今月のお知らせとかが書いてあるプリント配ります」
私は各列に六枚ずつプリントを渡した。
さて、次は、みんなからのお知らせ、か。
「はい、じゃあみなさんから何か連絡したいことがある人いますか?」
「はい!」
一人の元気な男の子が手を挙げた。
「今日朝いつもより早く行ったら不審者がいました!」
「不審者……」
「そうです! なんか桜の木の下ででっかい紙みたいなの持ってにやついてました!」
「ああ……」
「なんかオレらの情報を得てるスパイかもしれない!」
「ですね……じゃあ気をつけましょう。報告ありがとう」
そう言って、私は「次にお知らせしたい人いませんか?」と声をかけた。
それにしても。
またあの人は、会社に行く前にあそこで絵を描いてるのね。
怪しまれるのもわかるわ。
今日家に帰ったら注意しないと。
だって、私がスパイの妻だとバレたら大変だもんね。
窓の外を眺めた。
もう葉っぱ主体の校庭の桜の下には、まだほんの少し、花びらがくるくると風に流されていた。
好きだった幼馴染が桜の下でイケメンとデートしているのを眺めていたら、大人びたJSに話しかけられた。それから時が流れ、桜の下でJDに、社畜の僕は話しかけられた。 つちのこうや @tunyoro
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