後話 ご縁
この人が整体の先生なのかな?
建物の中は内装も木でできていて、本当にログハウスって感じ。薪ストーブとかあるし。
その片隅にあるテーブルに案内され、ここにきた理由について話をする。
もちろん、怖い女の人の話ではなく体調が悪くなった件についてだ。
八坂という人は話を聞きながらしきりに上のほうを眺めている。
何を見てるのか
「君は、見えているんでしょう?いろんなものが」
まだ先生には自分の見えることについてなにも話していない。少しドキッとした。なんでいきなりそんなこというのだ?
「道路の辻、交差しているところは昔から向こうの存在が見えやすいところ、そこで出会ったんじゃないですか?」
なぜ、この人は自分がその存在と出会った場所まで?
「見えているものは、全て自分の心が映し出されているもの。今見えているものはなんですか?」
穏やかに尋ねられるが。
見えているのは 陰鬱な白い服の女性なのだが。そのことを口に出してはいけないような感覚になる。口に出すと、後ろからその女性が襲ってきそうな気配もあり。
咄嗟に答えられずにいると、もう一度
「君に見えているものはなんですか?」
とりあえず何か、女の人の霊的なものがついてきて、それがいつも夜中に周りを徘徊するとか。鏡を見ると後ろにいるとか話をする。
そう伝えると、先生は目を細めて、鏡を手渡してきた。
それを覗き込むと、やっぱり後ろにその女がいる。思わず「うわっ」とか言って取り落としそうになる。
「たまたま、君のエネルギーが低下する時期だから、その子が出てきたんだろうねぇ。雨降りとか特に姿が見えやすいのと、道路の辻は幽霊が見えやすいんですよ。
だから、久々に色々条件が重なって君の目にその子が映るようになったんでしょう。
さて、今のところは鏡越しにしか見えてないみたいだけど、ちょっと目を閉じてもらっていいですか?」
そう言われて目を閉じると、瞼に指が触れる感触があった。
何かされているのか、じんわりと少し暖かい。
「はい、目を開けて」
と言われ、目を開けると、すぐそこにあの女が立っていた。
「ひえっ」
思わず立ち上がろうとすると、先生が手を押さえて。
「何もしてこないから大丈夫。とりあえず、見えてる感じは維持できてます?」
見えてる感じって何?
と思うけど、昔幽霊とか見えてた感覚が蘇ってきたのはなんとなく感じる。
さっき何かされたのか?
「大人の体になるときには子供の時のスピリッツを脱ぎ捨てて大人のスピリッツへと変化するのです。
大人になるのに邪魔になるものとかが外されてていって、引き継ぐ必要のあることは強く感じられるようになる。今回は、引き継ぐ方が強く出てきた形かな、って思いますよ」
と先生が言った後に隣に一人の女の子が現れた。
さっきまで人の気配は一切なかったのに。突然現れた感じに驚いていると、笑いながら、
「ああ、君も今はもう見えるんだったね。紹介するよ。こちらは僕のガイドで仕事のパートナー、丙(ひのえ)だ」
その少女は服装自体も古墳時代か聖徳太子の時代か、という感じで髪型も二つに結んでいるけど、ツインテールとはちょっと違う感じだし。
なんでこんな古風な服装をしているのか。
それに、随分目つきが悪い子供だな。
と思った瞬間、丙と呼ばれた少女はこっちを見る。琥珀色の瞳が鋭く見据え
「やれやれ、こやつは見えても経験は無しか、よほど過保護に育てられたのじゃな」
そう言ってこっちをじーっと見ている。なんだこの子供。のじゃろり系?
「丙、初対面で変なこと言ったらだめだよ」
「何をいうか。今後のこともあるで、わしがちょっと試してやろうと思っておるのじゃ。大体、わしがちょっと睨んだくらいでたじろぎおって」
「丙は僕のガイドだろう?比良坂君のガイドじゃないんだから」
先生がそう言った後に、丙と呼ばれた女の子はふいっと向きを変えて、
「そうじゃな、じゃが今後関係ないとも限らん」
その子はそう言って俺の後ろをじっと見た。白い服の女が今度はそこに居た。
いつの間にか背後に回られたので、思わず立ち上がろうとすると、
丙は俺の背後にバク転するように軽く飛んで、女との間に立ちふさがり振り向く。
その一連のサーカスで見るようなスムーズな動きに思わず見惚れていると
「小僧、お主は何を見ておる?」
こんなのじゃろり少女にいきなり問い詰められてもねぇ。
「質問が曖昧すぎてちょっと・・・」
八坂がその様子を見て困ったようにしていた。
「いきなりそういう問答をふっかけたらだめだよ」
「なに?問答?そのような難しいモノをいきなり期待しておらぬわ。ただ、小僧に質問しているだけじゃ。で、小僧、何が目の前に見える?」
何が見える?
とりあえず何か言わないと絞め殺されそうな気もする。それくらいの眼力で見つめられてるので。
「あんたの顔」
と口に出してみた。丙はずいっと近づいてきて。
「そうじゃ、ぬしの前にはわしの美しい顔が見えておるはずじゃ」
後ろで八坂が吹き出す気配が感じられたが。目を反らすわけにもいかない。
「ぬしの前にあるのは、わしの顔じゃ。それがどのように見える?」
「どのように、って。少し怒ってみえる。」
「なぜそう見える?」
目つきが悪いから、とは内心思ったけど、
「見えるものは見えるのだから」
「見えているのではない。霊的な情報を感じ取って、それを投影しているだけなのじゃ。わしの存在を八坂が先に定義しておるから、ぬしはわしの姿が美しき幼女に見えておるはずじゃ。
八坂が先にわしの姿を認識してない状態で。ぬしの前にわしが出てきたら。
さてどのように思ったことじゃろうか?」
言っていることがよく分からない。
「ぬしらは、常に人が霊的に刻んだ印で見るようになっておる。いわゆるラベリングじゃな。そこにあるカップも、テーブルも、椅子も全て他の者たちが霊的に定義した情報を刻んだゆえに、ただそれに従ってみておるだけじゃろう?ぬしは、わしを、八坂が霊的に定義していたからこの姿で見えておるのじゃ。言いたいことはわかるか?」
わかりにくい。
丙が少しイラっとして
「いいか、ぬしどもは自分が認識してないもの、人がラベリングしてないものが現れたとき、そこに自分の定義を押し付けてくる。知らないものには、今までの経験で得た知見で近いものを被せていく。
ぬしはこの女の存在を最近認識した。それに関して、ぬしは自分の経験ではなく、他人が定義する「霊的存在」のラベルを当てはめて見ておるのじゃ、わかるか?」
なんとなく丙のいいたいことがわかってきた。
今、丙の後ろに隠れている女、それを見ているのは、自分が「人が幽霊をみたらこう感じるだろう」という視点で認識しようとしてること、見えない人の認識に合わせようとしていることを言っているのだろう。
昔当たり前のように見ていた霊的な存在、見えない存在は、自分にとって恐ろしい存在だったのだろうか?
そういえば、特に悪意を持って攻撃されたようなことは一切なかったが。
「ぬしは、怖いのじゃ今まで忘れていた感覚に。それに戻ることが怖いのじゃ。
じゃから、それを見ないようにする理由を作っておる。無意識にな。
それが、他人と共有できる怖いものであれば、自分はそれを見ないようにする理由になる。恐ろしいものは誰も見たくないからな。しかし、それではいつまでたってもなにも解決せぬぞ。人の感覚の影に隠れて、自分の感覚を無視しては自分が可哀想じゃろう。
それを否定して、なんになる?自分の一部を否定する気か?」
見えていても、特に役に立たないなら見る必要はない。
そう思ってその感覚を閉じたこと。
普通に、みんなと同じものを見るようにして、同じように合わせて行動する方が楽であることが多かったこと。
そういえば、普通になること、普通という言葉に縛られてた気はするなぁ。
ふと顔を上げると、そこには丙の顔が。相変わらず目つきは悪いが、さっきまでよりは、少し優しさを感じる目つきに思えてきた。
「どうじゃ?素直に見れるか?準備ができたら目を閉じよ。ぬしの本当の視界を取り戻してやろうぞ」
言われた通りにすると、丙が瞼へそっと手を添えるのを感じる。おもったよりも、その小さな手の感覚が優しかった。
普通であろうとしたのは間違いではなけど、高校に入ってからはそれに縛られる必要ないし。まだ学校には友人すら居ないし。しがらみもなく自由であるか。
「ほれ、良いぞ。」
丙の声に目を開けると、そこには紫色の瞳をした。美しい女性が立っていた。
さっきまでの目つきとまったく違う。
透き通るような肌に、それに合わせたかのようなノースリーブの白いサマードレスに、左右の長さの違うボブカット。そして、自分を見つめる優しげな瞳。
一瞬息を呑む。
これまで見ていた、恐ろしい目の女性の姿とは似ても似つかぬ姿に。
そして、その女性は首をかしげながら
「お久しぶりです。また、お会いできましたね。」
そう言って微笑んだ。その姿は見覚えがあった。
まだ幼稚園に入ったばかりだったかな?だから3歳か4歳か、それくらいの時に河川敷に遠足で来たときに、一人で蝶々を追いかけてたら深い草むらの中で方向を見失い帰り道がわからなくなったことがあった。
その時に、綺麗な紫色の目をした白い服の女の人が現れて俺の手を取ってみんなのところへ連れて行ってくれた。
その時の手の感触をよく覚えている。ひんやりとして細くて柔らかい。お母さんではないのに、同じような暖かさを感じてた。
間違いない、その時の人だ。
「ほれ、言うことがあるじゃろうが」
丙が横に来て祐一を睨む。そうか、そうだな。
「ごめん、今まで気づかなくて」
そう言うと、その女性は俺の手を取って。
「私は桜火と申します。これからもよろしくお願いしますね、祐一さん。」
そう言って、桜火は微笑んだ。その時の手の感触は、あの時に感じたものと似ていたけど、俺の手が大きくなったせいなのか、少し頼りなげにも感じた。
名前の響きのように、桜の木の間から溢れる日差しのような、そんな優しさを感じる微笑みだった。
「さて、主のガイドはその女じゃ、今後とも仲良くしておくのじゃぞ。さて、わしの役目はここまでじゃな」
そう言って、丙はふっと消えてしまった。
驚いて八坂を見ると
「あれは、僕のスピリチュアルガイドなんだ。人間じゃないのに気づかなかった?」
全く、キャラが濃すぎて目つきの悪い偉そうな少女としか思ってなかった。
「僕も、君も、見える人には守ってくれる存在がついてて。
君がこれまで何も被害を受けてないのは、その桜火ちゃんのおかげなんです。これだけ君は見えるのに悪影響を受けてないのって結構貴重なんですよ。彼女は今までも、これから先も守ってくれる存在だからこれからは気にかけてあげてください」
横にいる桜火に目をやると、にっこりと微笑んでくれた。
さっきの丙というキャラと違い、なんて優しそうで美しいのだ。
「ということで、これから僕の仕事手伝ってくれません?」
「へ?」
「いや、見える人、助手を探してたんだけどなかなか見つからなくて。
それで丙たちのガイドネットワークで求人募集してたんですよ。強いガイドのついた人をね。
そこで丙が君を見つけ、桜火ちゃんがちょっと君を脅かしてここに連れてきたというわけ」
「は?それって、俺は、俺を守ってるガイドに騙されてここにきたってこと?」
「騙されたって事ではないけど、導かれてきたんだよ。君はどうやらガイドの守りもつよいみたいだから大丈夫ですよ」
「いや、ちょっと待ってください。こんな怪しいとこで働くとか」
「ちょっと手伝ってもらうだけでいいですよ、アルバイト代出すし」
「何をするんですか?」
「見えない世界と、見える世界を結ぶ仕事。いわゆる除霊とか浄霊とか浄化とか、一般的にはそう言われる仕事」
「嫌です」
「そういう言い方すると恐ろしげに聞こえるけど、さっき丙がやったみたいに人の認識を変えるだけの話なんですよ。人の、そのものについている認識を書き換える仕事。それには君のようによく見える人、向こうの存在に抵抗感ない人がよくてね。
偏った認識持ってると、全部怖いのにしか見えなくなってしまうから」
そう言われると、怪しい感じは少し取れる感じはあるけど。
「こういう出会いもガイドの導きというものですよ」
そう言われてもねぇ。
「運命には従うべきじゃ」
と丙も出てきてそう言ってきた。
「私もお手伝いしますよ」
桜火にそう言われると、ちょっと抵抗できない感じもある。
「家に持ち帰って検討させていただきます」
とりあえず、そう言ってみると、
「ま、じゃが結局、働くことになろうがな」
と丙が言い、桜火が微笑んだ。
窓から入ってくる風がとても心地よいのに、今気がついた。
春先の出来事<比良坂ヒーリングサロン> スコ・トサマ @BAJA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます