春先の出来事<比良坂ヒーリングサロン>

スコ・トサマ

前話 霊障?


 太陽の光に照らされ、緑の草がキラキラと美しく光り輝く中、ひたすら走り続けていた。空と、草しか見えない。

どこに行けばいいのかわからず、とにかくここを抜け出そうとしていた。

不安、恐れ、心の中に湧き上がる感情。

そんな時、目の前に誰かが現れ、手を握ってくれた。

そして、優しく草原を案内してみんなのところへと連れていってくれる。

その人は白い服を着て、紫の目をしたとても綺麗な女性だった。


 そして目が覚めた。

これは、いつの記憶だったかな?久々に思い出したような気がする。


ぼんやりした頭を振って、ベッドから起きて窓のカーテンを開ける。

太陽の光を浴びれば、少しは気が晴れるかと思ったが、体はだるかった。


道端の草木にも新芽が出てきて、冬の寂しかった街路樹にも色が増えていく。窓を開けると外気温も快適で、風も色々な香りを連れて流れていく。

道ゆく人たちの服装も軽やかになり、笑顔も増えている今日この頃。


 だが、俺の気分は全く優れなかった。

なぜだか最近、調子が悪いのだ。

高校入学して電車通学になったので、環境の変化の影響かとも思ったけれど。

だるいというよりも、意識ばかり先にでて体がついてこない。意識と体の反応がずれてる感じかな。


学校でも何度もつまづいたり扉に激突したり。まだクラスに友人もいないから、そんなドジしても誰も笑ってくれないのが超辛い。そんな心配そうな顔で見るな、笑ってくれた方が気が楽だ。


ただでさえ憂鬱なのに、今日は授業が終わる頃から雨が降りはじめていた。

電車で移動し、家の近くの駅に降り立つと雨は本降りになっていた。

しょうがなく折り畳み傘をさし雨音を聞きながら家に向かう。


寝る前にやると熟睡できる体操とか、スッキリ寝起きできる方法を家に帰ったら模索しようと思いながら歩いていると、

目の端に白い影がよぎった。

ここは、駅に続く田舎道。

その十字路には道祖神の祠と、バス停の待合用の小屋があるくらいで、信号も無く車の通りは少ない。


雲が低く垂れ込め冷たい空気の中。

それは道の端に、そっと佇んでいた。


こんなところに人?

だが、雨が降っている中に立っているのに、全く濡れた様子ではない。

もしかして・・・


傘を上げ、その人物を見ると目が合った。

そこにいたのは、白い服を着た、暗い目をした女の人。

目が合った瞬間、それはニヤリと微笑んだ。

それはこちらへと近づいてくるではないか。


ヤバイやつや!


そう思った瞬間体が動いていた。

一体どうやって帰ってきたか分からないくらい必死に帰って来たことだけは覚えている。

濡れた上着を脱いで洗面所で顔を洗い、ふと顔を上げると。

自分の後ろに立つさっきの女。

驚いて振りかえるがそこにはなにも居ない。

その女は家まで憑いてきたのだった。


身構えるが、特に何かするわけではない。

鏡越しに、後ろに立って俺のことをじっとみてるだけ。


これはこれで気持ち悪いが、とりあえず実害がなさそうなので「いつもの何か」だと思うことにした。夕飯食ってるときも、部屋でスマホいじってるときも後ろにいたのだと思うが、何にもしてこないのでそのままにしておくことにする。

まぁ、みられてると思うとエッチな動画とか見る気はしない。


思えば昔から、何かと「見えない存在」との接触はたくさんあった。

幼い頃から、いわゆる霊とか物の怪とか、そういうふうに言われそうな存在を見ることが良くあった。

道路を何度も渡るおばあさん。

学校の美術棟を走りまわる足音。

廃屋の窓からのぞく女性。

それらは見えても、ただそれだけ。


目が合ってもただそれだけの存在だった。相手はこちらに興味を示さない。

よくあるホラー、怪談のように襲われたことは一度もない。

よく相手を認識すると、目が合うと襲いかかってくる話はホラーもので良くあるけど。

俺の場合は向こうからしても「誰あの人、なんかこっちみてる」的な雰囲気で警戒されるだけのよう。


幽霊、妖怪、もののけ、呼び方は何でもいいのだが、

皆、実は見えているけど相手が何もちょっかい出してこないから野鳥や野良猫のように無視しているのだと思い、それらの存在について人に話すことも特になかったのだけれど。


 小学生低学年の時、十字路の屋根付きバス停のところでよく高校生くらいのお姉さんと会うようになった。

なぜか親戚のお姉さんのように親しい感じがして、いつの間にか仲良くなって。

時々そのまま話し込んで家に帰るのが遅くなる時もあったくらい。


 ある日、その人と一緒にいる時にバス停におじさんがやってきて。


「君はどこの小学校?一人でこんなとこに遅くまでいたらいけないよ」


と言って、そのおじさんはバスに乗って行った。

そこで初めて、このお姉さんは他の人には見えない人だったのだと気づいたのだ。


他にも、公園で仲良くなった子とボール遊びをしていると、そこにやってきたクラスメイトに


「お前一人で何やってんだ?」


と聞かれることもあった。

自分には、クラスメイトとその子に違いがないように見えるのだけれど。

他の人にはその子が見えてないのだ。


そのような存在と関わることは楽しいことであって、自分にとって特に変なことでは無かったのだが、人との関わりのなかでそういうのが見えるということは「特別なこと」であることを知り、他の人からは見えない人、存在は無視するようになっていった。

そもそも害を受けた事がないのだから、その辺の野鳥と同じと考えれば問題ない。

たまに襲ってくるカラスとかもいるように、多分テリトリーを犯したりしない限りは襲ってこないんだろうと勝手に思ってた。


あの女子高生のお姉さんはずーっとそこにいて、時折誰もいない時に手を振ってきたり。たまにバス停にいる赤ん坊をこっそりあやしてたりするのを見かけたこともある。

このバス停の主なのかなんなのか。

親しい友人にバス停に綺麗な高校生のお姉さんがいるけど見えない?とか言った時。

「なんか、そういうエロいゲームあったよな」

と言われてフィクションの話にすり替えられてしまったり。

別の人は変に怖がってて、街の七不思議の一つではないか、とか大仰に反応してたのもいた。

俺が「幽霊とかお化けとか、会ってみないと怖いかどうかわからないだろう」と言うと、「お化けは怖いからお化けだろう。幽霊は何か怨念残してるからこっちにいるんだろう」と頭から恐ろしい存在としての、怪談話に出てくるような話を言われてしまう。

なので、そんな見えない存在の話をしても、彼らを庇ってみても何も得はないことを実感していく。

話さないようにしているんだけど、ついぽろっとつい話してしまうこともあり。


幽霊いるとか言い出す怪しい奴。


という風評は小学校から中学校まで付き纏うことになってしまう。

そんなこともあったので、小学、中学とは違う新しい人間関係を求め、距離の離れた高校を狙い始める。

おかげで幽霊とか見えない存在とか、そんなのに意識向けてる余裕はないくらい勉強しないといけなくなった。

こっそり試験会場で答えを教えてくれるとかあればいいのに。と思い、あのバス停の女子高生に聞いてみると「私ここから移動できないの」と言われ、しかも学習内容も昭和の知識なので「いい国作ろう鎌倉幕府」とか言われた時には「だめだこれは」と思ったものだ。

何も役に立ってくれない存在を気にするだけ無駄と思えるようになり、余計に学習にに集中すると、そういう存在たちを認識することもできなくなっていった。

あの女子高生も次第に見えなくなって、今もいるのかどうかわからない状態になる。


そして、なんとか実力で目的の高校へと入学できた。


今までの俺を知るものがいない、新しい環境で楽しく生活するぞ!

霊的な存在も気にせず、学生生活をエンジョイするぞ!

と楽しく学校へと通おうとしてた矢先にこんなのが家についてくるとか。

今まで危害を加えられたことはないが、今回の存在もそうとは言い切れない。

何しろ表情が暗い、目が怖い。


 そのあと、3日間寝込むほどの状態になった。雨による風邪か霊的な影響なのか。ウイルス性の肺炎かも、と両親が心配し近くの大きな病院にも連れて行かれたが原因不明。一応、もしものために、と痛み止めと胃薬をもらうくらい。

その女は俺が眠るベッドの周りを徘徊する。その度に自分の力が抜けているような感覚を味わっていた。

女が動くほどに、自分の体中の感覚が無くなっていくのだ。徐々に足元から体の感覚が無くなり、体が眠っているのか起きているの分からないような状態。

 少し体が動くようになってからは、部屋に塩を盛ったり、スマホで調べては除霊の方法を見たり、水晶とか置いてみたりしたが効果は無い。これは、専門家とかに頼むべきなのか。それとも親に話すべきなのか・・・


親に話したところで、心配するだけで、小学生の妄想癖が出たとか言われて精神系の病院に連れて行かれるかもしれない。


「昔もは良くこんなことあったわね。中学になってから無くなってたのに」

と母が言う。季節の変わり目に熱を出す、というのは幼い時は毎年のことだったから。

気休めに薬を飲んで寝てみたが一時的に熱は下がるも夜に現れる足音と気配は消えることは無かった。

病気ではないから、当たり前である。

しかし、あまり休んでしまうと、まだ新しい学校に友人がいないから、授業のノートとか見せてもらったり、内容を教えてもったりできない。

このままでは取り残されてしまう。早く治して学校行かないと。


こうなったら、自分で探すしかないか。

布団のなかでスマホ片手に検索入れてみると、


「比良坂 ヒーリングサロン」


というところを近所に見つけた。なぜか自分の苗字と同じ名前がついたサロン。


俺の名前は、比良坂 裕一。

比良坂という名字は珍しいので、親戚系列なのか?と思ったが違うらしい。

ここの経営者?ヒーラーの先生?の名前は八坂博仁。

項目を見ると、整体と書いてあるけどなんとなくアヤシイ感じ。

何をする場所か調べてみると、精神的なリラックス。そして自己治癒力の向上などを目的としているらしい。原因不明の病などで訪れる人もいるらしいことがブログに書いてあった。


なんで比良坂なんて名前にしたんだろう?


プロフィールを読むと、古事記イザナギイザナミの話に出てくる黄泉比良坂、こちらと向こうの境界にある坂を意味するとこから名前を取っていると書いてある。


そんな名前つけてあるくらいなので霊障的な内容もちょこっと書いてある。

もしかしたら、ここなら話でも聞いてもらえるかもしれない。

電車で行ける距離であることを確認し簡単な症状と訪れたい旨メールを送った。



その翌朝、目覚めると体調が少し良くなっていて、起きて普通に動けるくらいにはなっていたのだ。

やっと学校にいけるかな。と思ってスマホを見ると、自分の送ったメールに返事がきていた、比良坂ヒーリングサロンからだ。

体調も良くなったしわざわざ行かなくてもいいかと、断りの返信を入れようとメールを読んだその時、

その最初の一文が目に飛び込んできた。


「あなたの後ろにいる存在、その姿を一緒に確認しましょうか?」


なんだ、この人は。自分は季節の変わり目に体調不良になるので訪れたい、という文面しか送ってないのに。

後ろに憑いている?なんでわかったんだろう?


とりあえず、今日は仮病を使って学校を休み、妹が学校に行き、親が仕事に出ている間にこっそりと出かけていった。


サロンは山沿いにあり、景色のとても良いところにぽつんと建っている。

こんなところに客とかくるのかな、と心配してしまうくらい駅から離れてるし。

一体どんなアヤシイ人が中から出てくるのだろうかと身構えていたのだが、ログハウスのようなおしゃれな作りの建物から出てきたのは、長髪の人あたりの良さそうなおじさんだった。

初対面の印象は、眠そうなネイティブアメリカン。

ほとんど閉じてるような細い目。髪の毛を伸ばして縛っている以外は至って普通の人物にしか見えなかった。

アヤシイ霊能力者っぽい人が現れることを予想していたので、見事に裏切られて少しホッする。ツボとか売られたらどうしようとか、ちょっと思ってたのはある。

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