呪者の影 4

薄暗い霊安室の中、笠根さんと和美さんが読経する声が響く。

扉が閉まる直前、前田さんが叫んだようだったが、こちらが反応する前に扉は完全に閉まってしまった。

おそらくこの場にいる霊が何かして脅かしたのだろう。

前田さんには後でフォローを入れておいた方が良いかもしれない。

勧請院さんのように、この場で霊を祓ったと思っても、実は前田さんに憑りついていて…なんてことがあってはいけない。

慎重に過ぎることはない。


読経が始まってすぐ、霊安室の中に霊の気配が満ちた。

それは読経によってもたらされる清浄な空間を闇で塗りつぶそうとするかのように、照明の光を減衰させ、威圧するように圧迫感を与えてくる。

そうかと思えば部屋の中を人影がよぎる。

ふいに鋭い頭痛が襲ってきたが、読経の声に押し流されるように引いていった。

悪霊の怨念と仏の功徳がせめぎ合う異常な空間に、静かで力強い読経の声が染み渡る。


強烈な霊の気配は部屋に満ちていると同時に、人影としても存在していた。

前田さんを威嚇したソレは、今は私達を見ている。

視界の隅にチラッと現れる影。

そちらを見るといない。

また視界の隅に現れる。

霊がよくやるアレだ。

何らかの意図があってやっているのか、はたまた本能的にそうしてしまうのか、多くの場合で霊はハッキリと視認されるのを嫌がる傾向がある。


「…………」

撮ってやる。

そっちがその気ならこっちにだって用意がある。

スマホのカメラを起動してビデオモードに切り替える。

スマホを目の高さに構えて霊安室の中をグルッと撮映する。

薄暗いだけで何もおかしなところはない。

録画を一旦止めてカメラを自撮りモードに切り替える。

画面が前方の映像から内向きの映像に変わり、私の顔が画面の真ん中に映し出された瞬間、

「…………!!」

心臓が止まるかと思った。

ソレは私の背後から私を見ていた。

カメラを切り替えた事には気づいていないのか、私の斜め後ろに立ったまま私を見ている。

そのまま録画ボタンを押す。

至近距離でオバケを盗撮する事に成功したのは快挙と言えたが、この状況は中々にヤバい。

画面の中には真顔の私と、その私を後ろから見つめる霊がバッチリ映っている。


その霊は女だった。

おそらくは首を吊って亡くなったのだろう。

大きく口を開けて舌をダラリと垂らし、虚ろな目で私を見ている。

顎の下あたりに首を吊った時の痣が残っている。

胸に手を当てて服の上から御守りを握る。

神様また守ってくださいねと念じつつも、祓いの祝詞を唱えることはしない。

霊が抵抗しているとはいえ、笠根さんと和美さんの読経の影響下にあるこの部屋の中は、私にとってある意味で安全だ。

霊が何かをしようとするなら、まず読経をやめさせることを優先するだろう。

とはいえ振り返れば目と目が合う位置に悪霊がいるという状況に、心臓が早鐘を打ち冷や汗が背中を流れ落ちる。

服の中で熱くなっていた御守りが力強く脈打った気がして、私はこのまま撮影を続行する事にした。


画面の中の霊をよく観察する。

大まかな年齢、顔の特徴、首の痣以外の外傷の有無、力ない虚ろな瞳。

それらを確認してから改めてヨミの遺体を見る。

「…………」

まるきり別人だ。

これはどういう事なのだろうか。

この霊が憑りついてヨミを操っていたのか、ヨミがこの霊を利用して集団自殺を引き起こしていたのか、はたまた別の要因があるのか。

現状では何も分からないが、このオバケはヨミの霊ではない、それだけは確かだ。


「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!」


笠根さんと和美さんの声が真言を唱和する。


「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!」


先ほどまでの静かな読経と違って力強く唱えている。


「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!」


三度めの真言を唱えた時、ふいに私の後ろにいた首吊り女の霊が消えた。

同時に薄暗かった霊安室が通常の明るさに戻る。

フウと息をついて和美さんが口を開く。

「まだ終わった訳じゃないから気を抜かないでね」

そう言って私を見た。

私は再び録画を一旦止めてカメラを前方に切り替え、和美さんを撮映する。

和美さんはヨミの遺体を見ている。

笠根さんがヨミの遺体に手を合わせてから、ヨミの体にかけられていたシーツを取り除く。

丸山理恵。

確かヨミの名前は丸山理恵だった筈だ。


「さっき現れたオバケ、見えましたか?」

誰にともなく聞いてみる。

「いいえ、私は何も見てないな」

和美さんが答える。

「私も見てませんねえ。気配だけはビシビシ感じてましたが」

笠根さんも見ていないようだ。

「カメラでバッチリ映しました。ヨミとは別人のオバケでしたよ」

そう言うと2人は私を見た。

「そこにいるご遺体とは全くの別人です。どっちがヨミの正体なのか、調べた方がいいかも」


そうして笠根さんと和美さんは再びヨミの遺体に手を合わせ、ヨミの体を調べ始めた。

私は失礼とは思いつつもそれを撮映する。

しばらくして、ヨミの遺体をうつ伏せにして後頭部の辺りを調べていた笠根さんがウームと唸った。

「これ、見てくれますか?」

笠根さんが和美さんに声をかける。

「……何これ……」

和美さんも困惑の声を上げる。

2人に近寄ってヨミの遺体を間近で撮映する。

笠根さんがヨミのうなじ部分の髪をかき分けて、うなじがよく見えるようにしている。

そこに小さく何かが書いてあった。

はっきり呪術的とわかる模様がうなじの両側に描かれ、真ん中には漢字で「供身」と書かれていた。

筆書きのような字形だが、墨らしき塗料がすっかり皮膚に馴染んでいる様子から、刺青のように見えた。

「きょうしん?くしん?何これ?」

和美さんが首をひねる。

「何かはわかりませんが間違いなく何らかの呪術でしょうねえ。これで普通の霊じゃないことは確定だ」

笠根さんがため息混じりに言う。

「供物の供に身体の身。身体を供物として捧げる、そんなような意味でしょうな」

またフウと大きくため息をついて続ける。

「例のカルト教団の仕業と決めつけちゃっていいんじゃないでしょうか。そう考えて対策を考えた方が良い」


………かひゅっ………


ふいに変な音が聞こえた。

再び室内が薄暗くなり、光量の落ちた蛍光灯が明滅する。

「おっ……敵さんも引く気はないようですな。第二ラウンドやるつもりらしい」

笠根さんが軽口を叩く。

しかしその顔は軽く引きつっている。

「真言が効果あるのはわかったから、さっきと同じようにいきましょう」

和美さんは逆にギラついた笑みを浮かべている。

キャラが逆だったらちょうど良いのに。

そんなことを考えながら、私もスマホを構える。

まず自撮りモードにして自分の背後を確認する。

首吊り女の霊はいない。

通常モードに切り替えて録画を開始する。

照明が明滅する室内をグルッと撮映する。

やはり首吊り女の霊は映らない。


笠根さんと和美さんが再び読経を始める。

今度は和美さんのリードに笠根さんが合わせている。

先ほどとは違うお経のようだが、詳しいところはわからない。


………かひゅっ………


またあの音だ。


……ひゅっ……ひゅ……か……かか……かひゅっ………


「これ、声ですね」

和美さん達に聞こえるように言う。

2人は読経を続けている。

邪魔にならないように簡潔に伝えよう。

「さっきオバケの姿を見た時に、首を吊った痕がありました。多分その時の声というか、呼吸できないというか、苦しい感じが残ってるんだと思います」

読経をしながら和美さんが大きく頷いた。


……かひゅっ……ひゅ……かか……か……


視界の隅でチラッと動くものがある。

そちらに目とカメラを向けるも何もない。

また何かがチラッと動く。

先ほどとは違う。

なんというか、ブラブラしている。

振り子のように見えたのは体だ。

首を吊っているんだ。

霊のすることとはわかっていても、すぐそばで首を吊っていると思うと不気味というか、なんとも嫌な気分になる。


……かか…か……かひゅっ……ひゅっ……か……かか……かかかかかかかかかかかかかかかかか……


ふいに喉元に何かが巻きついた感触がした。

あ、これはヤバい、吊られる。

瞬時にそう悟った。

読経中は安全などと考えたのが失敗だ。

何か対処しないと。

と思った時には喉を締め付けられる感触が痛みに変わった。

「うぐっ……!」

思わず呻いて御守りに左手を添える。

御守りがドクンと脈打った気がした。

巻きついたナニかはもの凄い力で首を締め上げてくる。


「喝(かつ)!!」

ふいに笠根さんが怒鳴った。

あまりの大声に思わずビクッとして笠根さんを見る。

女の霊もビックリしたのか気配が消えた。

首に巻きついたナニかの感触も消えている。

構わずに読経を続ける和美さんに合わせて、笠根さんも読経を再開する。


「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!」


和美さん達が3回続けて真言を唱えると、また先ほどのように照明が回復した。

フウと息をついて和美さんが肩を回している。

「笠根さんありがとうございます。助かりました。ぶっちゃけヤバかったです」

そう言ったら笠根さんはイエイエと手を振った。

「しかしどうにもしぶといですなあ。浄霊どころか追っ払えそうな素振りもない」

笠根さんは若干疲れた様子だが、まだまだ余裕はありそうだ。

どうやら蓋を開けてみれば、相楽さんに憑りついていた霊よりはかなりマシな相手のようだ。

それでも厄介な霊である事には違いないけど。

と思っていたら、また照明がチラつき始めた。

「……第三ラウンド、早すぎませんか」

笠根さんが呆れたように言った。

確かに。

さっきよりも真言からの立ち直りが早くなっている。

三度、四度、と繰り返すうちに真言が効かなくなると脅威だ。

あちらは霊体でこちらは生身。

持久戦に持ち込まれるとキツい。

「ボヤかないの。やることは決まってるんだから」

和美さんも忌々しげに室内を見渡す。

撤退の可能性を考慮して開閉スイッチを押すも反応なし。

やるしかないか。

照明はチラついているものの、まだ何か仕掛けてくる様子はない。

「さっきの話の続きなんだけど、その遺体の呪術が関係してるのかも。術を解除すればすんなり祓えるかもしれないわね」

和美さんが続ける。

そうか。

ヨミの遺体が呪物となっているのであれば、依代の役目を与えている術式を壊してしまえば、あの霊の拠り所はなくなる。

そうすれば祓えるかもしれない。


照明の光量がジワジワと落ち始めた。

室内を締めあげるような圧迫感も戻ってくる。

間に合うか?

改めてヨミのうなじに書かれている呪術印を見る。

しかし刺青となると消しゴムで消すようにはいかない。

笠根さんが懐から線香とライターを取り出した。

線香に火をつける。

火災報知器が作動しやしないかとヒヤッとしたが、その程度では大丈夫なようだった。

まあそもそも異様な空間であるわけで、通常通り警報が鳴るとも思えないが。


……かひゅっ……


霊の声が聞こえる。

室内が徐々に暗くなる。

煙をたなびかせる線香を持った笠根さんがヨミの遺体に向かって手を合わせ、火のついた線香の先をヨミの呪術印に押し付ける。

肉が焦げる嫌な匂いがして、「供身」の文字が焼き消され、術式が意味を成さないものに塗りつぶされる。


……ひゅっ…ひゅ……か……かか………


念入りに呪術印を壊してから、笠根さんはヨミの遺体を仰向けに戻した。

両手を合わせてから遺体にシーツをかける。

すると遺体に纏わりついていた禍々しい気配が薄らいだ気がした。

和美さんが再びお経を唱え始め、笠根さんもそれに合わせる。

室内を覆っていた強烈な圧迫感が徐々に薄まっていく。

消えているのではない。

一点に収束している。

それまで部屋に満ちていた強烈な圧迫感は今、部屋の中に現れた人の形をしたモノとなって、目の前に立った。

さっきカメラに映った首吊り女の霊。

ヨミの遺体から切り離されたことで怒っているのか、喜んでいるのか、あるいは何も感じていないのか、姿からは想像できない。


「めちゃくちゃね。本当にめちゃくちゃな霊だわ」

和美さんが不快感を隠さず吐き捨てるように言う。

いったい今までいくつの霊を喰らってきたのだろう。

目の前の首吊り女の霊からは、めちゃくちゃとしか表現できない異様な気配が漂ってくる。

例えるならば、日本語と英語と中国語と韓国語とヨーロッパの様々な言語で同時に語り掛けられているような、聞き取れない声。

様々な気配が重なってめちゃくちゃに感じられるデタラメな存在。

それがあの箱による蠱毒の結果なのだとしたら、とんでもない化け物を生み出す呪法だ。

人がやっていい領域ではない。

命を、死を、霊を、冒涜するにも程がある。


首吊り女の霊は立ったまま私達を見ている。

和美さんがまたお経を唱えて、笠根さんがそれに合わせる。

今度は先ほどのように静かな読経ではなく、ハッキリと大きな声で朗々と唱える力強い読経だ。


……かひゅっ……


ふいに目の前の首吊り女の霊の姿が消え、私のすぐ後ろから声がした。

喉元にナニかが巻きついてくる。

同じ手は食わないっての。

私はポケットに入れておいた包みを取り出す。

ウチの神社でお供えしていた塩を包んだ小さな紙包み。

スマホを持っていない左手だけで包みを解くのは面倒なので、紙包みを歯で噛んで強引に食い破る。

サラサラと溢れ出した塩をそのまま口に流し込む。

塩辛い。

神様の光をたっぷり浴びた塩だ。

私にとっては塩辛いだけだが、悪霊にとってはさぞかし苦かろう。

頭の後ろでグゥ…と呻くような声がして、首に巻きつこうとしていたナニかが消えた。

振り返りつつバックステップで首吊り女の霊から距離を取る。

和美さんと笠根さんがお経を唱えながら首吊り女の霊にゆっくり近寄っていく。

ふいにお経が終わり、2人は大きく息を吸い込んで、


「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!」


怒鳴りつけるように真言を唱えた。

握りしめた数珠を目の高さに構え、首吊り女の霊に数珠を突きつけるようにして大声で三度、真言を唱える。

不動明王の真言に込められた二人の気合を間近で叩きつけられた首吊り女の霊は、たじろいだように揺らめき、フッと消えた。


「…………」

どこに行った?

また後ろを取りに来るだろうか?

警戒の視線を彷徨わせることしばし。


「どうやら追っ払うことには成功したようですな」

笠根さんが安心したように言って、フウと息を吐く。

「そうね。浄霊できなかったのは悔やまれるけど、いつまでもここに居座るのも無理でしょうし、これで依頼達成としましょう」

和美さんの声も軽くなっている。

んん~と大きく伸びをして、首をコキコキと鳴らしている。

相当に力が入っていたのだろう。

「…………」

改めて周囲を確認する。

先ほどまで室内に立ち込めていた強烈な気配はすっかり消え失せていた。

ようやく私もフウと息を吐いて体の力を抜く。


「よっ」という短い掛け声と共に、和美さんが右手を頭の高さに上げて笠根さんに近寄る。

笠根さんがクスリと笑って右手を上げる。

そのままパチンとお互いの手を打ち鳴らした。

「…………」

この2人。

見せつけてくれるじゃないの。

半目になった私の視線に気づいた和美さんが、私ともハイタッチしようと近寄ってくる。

楽しそうに笑っているが耳が真っ赤になっている。

照れ隠しなのか、和美さんはやたらと勢いよく私の手を打ち鳴らした。


緊張が解けてリラックスした途端、さっきまで聞こえなかった声に気がついた。

「…………」

なんだろう。

声が聞こえる。

「何か、聞こえませんか?」

そう呟くと、笠根さんも和美さんも耳を澄ました。

「確かに……」

和美さんが独り言のように呟きそして、

「…………泣いてる?」

と言った。


そうだ。

これは泣き声だ。

すすり泣く女性の声。

見えないし気配も感じないほど弱々しい存在。

まだ霊が室内にいるんだ。

「……もしかして……ヨミ?」

和美さんの声でハッとする。

ヨミの遺体を確認すると何も起きていない。

しかし耳をすますと確かに泣き声は聞こえている。

「ヨミの霊なの?応えてくれない?」

和美さんがキョロキョロしながら声をかける。

すると部屋の隅にかすかな気配が現れた。

3人同時にその場所に目を向ける。

姿は見えないが、泣き声はそこから聞こえている。

笠根さんが数珠を擦り合わせ、和美さんにアイコンタクトを送る。

それを和美さんは軽く手を上げて制して、部屋の隅に近寄っていく。


「あなたはヨミなの?丸山理恵さんの霊?」

泣き声は弱々しく、吹けば飛ぶほどに存在感が薄い。

「あなたは誰?」

和美さんが優しく声をかけている。

先ほどまでの戦闘モードとは打って変わって穏やかだ。

警戒してないはずはないだろうが、目の前の霊はあまりにも弱々しく、霊に語りかける和美さんの態度は実に柔らかい。

これも和美さんの除霊スタイルなのかもしれない。

「……そう…丸山理恵さんなのね……あなたがヨミだったの?……違う?……そう…そうなのね……あの霊がヨミだったのね……え?……違う?……」

和美さんが霊との会話に成功したようだ。


それから和美さんは10分ほど時間をかけて、丸山理恵の霊と会話をし続けた。

私と笠根さんはそれを見守るだけで、特に何もすることはない。

私にも笠根さんにも丸山理恵の声はハッキリ聞こえないようだ。

和美さんに任せるしかない。

「……そう…そう……うん……あのね、あなたの事をもっと教えて欲しいのだけど、いつまでもここにいるわけにはいかないの。あなたもこれ以上こんなところにいてはダメ。ここは寂しいでしょう?……ええ……そうでしょ?……今日は私と一緒に来てくれない?……ええ……必ずあなたのためになるから……そう……そうよ……私と一緒に行くの。私に憑くことはできるでしょ?」

なんと。

自分に憑りつけという言葉を聞いて私も笠根さんも目を丸くする。

和美さんは私達をチラッと見てまた霊の方に向き直る。

大丈夫だ、というサインだろう。

「……大丈夫…そう…こっちに来て……手を取って…そう…ほら…ね…これで大丈夫だから……じゃあ行きましょうか……私について来て」

そう言って和美さんは私達に向き直り、

「お待たせ。行きましょうか」

と言った。


「…………」

和美さんの背後にかすかに揺らめく影がある。

あれがヨミ…丸山理恵の霊なのだろう。

驚くほどに弱々しい。

あれほどの集団自殺を引き起こしたとはとても思えない。

放っておけば消滅するだろうその霊を、なぜ和美さんはわざわざ自分に憑りつかせてまで保護したのだろう。

その疑問をぶつけてみたら、

「決まってるじゃない。事情聴取よ。それが済んだらキチンと弔ってあげるわ」

と言った。


赤いランプが灯っている開閉スイッチを押すと鉄の扉がゆっくりと開いていく。

外で待機していた前田さんと斉藤さんが私達を見て安堵の息を吐く。

無事に終わった旨を2人に告げて、私達は喫茶店に戻る事にした。

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