後輩吹奏楽部部員の恋路に巻き込まれてしまった。

鈴木、学校辞めるってよ?

 毎週水曜日のロングホームルームは、九月に待ち受ける修学旅行に向けての事前調査の時間に当てられていた。来月には四日間の班決めも実施されるそうで、クラスメイト達のこの時間に対する情熱というか、やる気も週毎に増しているような気がする。

 楽しみなイベント間近でなくとも、毎度こうしてやる気を滾らせてくれよと思う今日この頃であったが、当事者である僕も、例に漏れず同じように日に日に修学旅行に向けてのやる気が増していっているのだから、文句を言えた筋合いはなかった。


 だって、しょうがないだろう。


「鈴木君、三日目の自由行動の日、行きたい場所はあるのかしら?」


 一度目の学生生活と違い、今の僕には恋仲となり旅行を一緒に楽しむ人がいる。そんなマイハニー白石さんがいるのだから、旅行に向けてのやる気が日々滾っていくのは、当然だろう。そうだろう?


「そうだねえ、任○堂本社とかいいんじゃない?」


「へえ、京都にあるのね」


「うん。京都駅からタクシーで十分程度で、意外と近いみたいだ」


 任天○といえば、僕も当時は採用募集にエントリーしたなあ。受かるかどうかはともかく、あそこにエントリーするともらえる採用パンフレットが、会社の人気キャラクターを使用した結構凝った作りであるものであることが、界隈では有名だった。大手オークションサイトなんかでも、数千円で落札されたりするんだから、ダメ元でエントリーして損はないと当時の僕は思ったのだ。


 まあ、勿論貴殿の今後のご発展をお祈りされたんだけどね。

 ただ、今でも採用パンフレットは大事に保管している。


 ……嘘をつきました。してないじゃないか。僕、当時と体変わっているのだし。


「で、本当に行く気?」


 当時の思い出に耽り落胆していると、白石さんが尋ねてきた。


「ごめん。ないです」


「もうっ、まじめに考えて?」


 怒られてしまった。ただ、プリプリしている白石さんは可愛い。落胆している気持ちも、どこかへ吹き飛んでいた。本当、扱いやすい男だな、僕は。


「それで、どこに行きましょうか」


「白石さんは行きたい場所、あるのかい」


「地主神社」


 そういえば、いつかそんなこと言っていたな。

 どんな御利益があると言っていたか。 

 

 確か……良縁祈願。


 不意に、僕は頬が熱くなっていくのがわかった。視界の端に白石さんが覗けた。見れば、彼女は僕へのからかいが成功したことに、意地悪い笑みを浮かべていた。


 そんな感じで、僕達の修学旅行の自由時間の行き先は話し合われていった。

 稲荷伏見大社。祇園。清水寺。


 さすが、京都は歴史ある街というだけあって、行きたい候補地は矢継ぎ早に僕達の口から飛び出し続けた。

 ノートに、候補地を書き記していっていたのだが、一頁丸々行き先候補地で埋まった時は、二人で苦笑しあってしまった。


 これをこれから、修学旅行当日までにどうやってまとめていけばいいものか。


 そんな疑問が頭を掠めた。だけど、不安とか億劫とか、そういう気持ちは一切なかった。

 大好きな人と歴史的文化育まれる素晴らしい街で一日を過ごす。


 そんな素晴らしい一日のために行う作業が、不安だったり億劫だったりになるはずは微塵もなかった。


 アハハ。

 大概、僕も恋愛脳だなあと思った。先日誰かにそんなことを罵られた気がするが、もう忘却の彼方に忘れ去られてしまっていた。本当、副会長は不憫だなあ。


 そんなしょうもないことを考えている内に、ロングホームルームは終了する。


「今日、生徒会活動はなかったよね」


 ショートホームルーム後、僕は白石さんに尋ねた。


「えぇ、体育祭も終わって、当分一区切りよ」


「そっか。なら、この前の喫茶店で修学旅行の行き先候補地を絞らないかい? 時間は決まっているから、合間を見て整理していった方がいいんじゃないかな」


「そうね。そうしましょうか」


 そして、喧騒とするクラスで、僕達は今日の放課後何を二人でするかを取り決めようとしていた。

 言った通り、修学旅行までの時間は限られている。どうせなら、もっと寄り良い行動を当日行えるように、もっと白石さんと話を練りたかった。


 しかし、


「あ、あの……」


 僕達に来訪者が訪れた。

 振り返れば、見ない顔の女生徒が二人、少しだけ不安げに僕の後ろに立っていた。

 上履きを見れば、彼女達が一年生であることがわかった。なるほど。上級生のクラスに乗り込んだから、こんなに不安げなんだな。先日、三年のクラスに行った時の白石さんが思い出された。


「あの、あなたが鈴木高広先輩ですか?」


「そうだけど」


 そうだけど、珍しいと思った。

 こういう時、来訪者が用があるのは、決まって白石さんだったから。

 

 ほら、僕って大体、彼女のバーターじゃん?

 言ってて悲しくなってきたぞ。


「そうですか。あなたが」


 一年生女子の一人は、要領の得ない納得をすると、僕に対して鋭い視線を寄越した。何だか見定められているような感じで、少しだけ不快感が襲った。

 ちなみに、もう一人の女子は僕を睨む女子の背中に隠れるようにしていた。警戒されすぎていて泣ける。


 ……って、あれ待てよ?

 こっちの女子は、どこかで見たことがある、ような?


「あっ! アサクラミユキさん! 吹奏楽部の!」


 僕は女子生徒の背中に隠れる女子に指差して、声を上げた。


 途端、


「鈴木君。どうしてその子の名前を知っているの?」


 背後から殺気を感じた。本当に殺されるかもと思うくらいの冷たくおぞましい殺気だった。


「ち、違うよ違う。浮気とかではない。僕は浮気はしない。浮気出来る甲斐性なんてありはしない」


 慌てて弁明するも、


「浮気する人はみんなそういうのよ」


 白石さんの殺気は増す一方だった。

 そして、来訪者二人をほっぽって、僕達は口論を始めた。まあ、これ口論じゃないんだけどね。だって、僕が一方的に言われているだけだし。


 ほれ見たことか。

 彼女の尻に敷かれている僕のどこに甲斐性がある。


 しばらく白石さんのお叱りを受けて。


「で、アサクラさんとはどういう知り合い?」


「どうって、いつかの新入生部活動紹介の時、吹奏楽部の時間で質問した子だよ」


 質問内容は確か、我が憎き吹奏楽部顧問、鳳が独身なのかどうなのか。鳳が独身であると答えたのは、確かこの前会った寺井先輩だったな。


 あれ?

 というか鳳、何で部員に既婚か否か知られているのだろう。しかもそれを白昼堂々と全校生徒に知られるって、結構な恥だよな。僕だったら、二度と学校行けなくなるわ。ちょっと居た堪れなくなってきた。


 白石さんは、ああ、と手を叩いていた。言われのないお叱りを受けたことに対して僕が目を細めると、ペロッと可愛らしく舌を出していた。

 まあ、可愛いから許すわ。


「何だ、覚えてたんだ。だったら、話が早いですね」


 背中に隠れていない方の女子は、僕達の痴話喧嘩(僕はサンドバック)を見終えて、呆れたように言った。


「ご挨拶が遅れました。彼女の名前は、朝倉美幸。先輩が言ったように、吹奏楽部です」


 僕達は会釈をした。朝倉さんって、当時からは想像出来ないような引っ込み思案な性格をしているんだなあと思った。

 朝倉さんは、頬を染めて俯いて、会釈し返してきた。


 僕は頭を掻いて苦笑した。


「何で照れてるの?」


 白石さんの声が冷たい。

 というか、照れてないし。


「いいですか?」


 再び始まりそうな痴話喧嘩に、億劫そうに女子生徒が言った。


 大丈夫です、続けてください。


 僕は手で女子生徒を促した。


「あたしの名前は、小日向奏。美幸と同じく吹奏楽部です」


 ほう。二人揃って、吹奏楽部か。

 ……あれ、何だかこの子のことも見覚えある気がしてきた。いつだか早朝に、廊下で突き飛ばされたような……? 気のせいだろうか。


「それで、鈴木先輩。今日は鈴木先輩にお願いがあって来ました」


「お、お願い?」


 僕に?

 本当、珍しいこともあるもんだ。僕個人で依頼を持ち込まれるって、本当に珍しい気がするぞ。僕、白石さんのバーターだし。


「はい」


 小日向さんは、背中に隠れる朝倉さんに目配せをしていた。いいよねと小声で尋ねていた。

 朝倉さんが頷いたのを見て、小日向さんは続けた。


「鈴木先輩。鳳先生と美幸の仲を取り持ってください」


 ……なるほど?

 なるほどなるほど。

 …………なるほど?


「なんで?」


 呆れ顔で僕は言った。率直な感想だった。


「先輩と先生、噂になっているんですもん」


「どんな?」


「そりゃあ、イケナイ関係だとか。目配せしあうだけで微笑みあう関係だとか。鈴木先輩が受け、鳳先生が責めとか。色々です」


 僕、白石さんのバーター程度にしか思われていないと思っていたのに、そんなキャラ付けを学園内でされていたのか。

 なんというか、そういう自分の評価? をこうして知るのって、とても辛いよね。


 僕、この学校辞めようかな……。ちょっと本気で考えてしまったよ。


 僕と恋仲であるはずの白石さんは小日向さんの話を聞いて、僕の背後で笑いを堪えていた。

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