兄弟

「もう大丈夫なのかい?」


 昼休み、保健室で休んでいた白石さんを引き取りに行った。白石さんは朝の一件以降、本当に具合が悪くなってしまい、授業を休み保健室で休息を取っていた。

 しかし、昼休みに保健室に訪れてみるも白石さんの具合は未だ悪そうだ。

 頭を抱えて、少しだけ猫背にしていた。


 可哀想に。

 それだけ、日々忙しい生徒会活動に疲労を溜め込んでいたのだろう。それが何かのきっかけで朝爆発してしまったと。

 ……はて。今朝話した時、彼女の疲労が爆発するような何かはあっただろうか?

 まあいいや。とにかく彼女を介抱せねば。


「大丈夫。あんまり授業をサボるのも良くないし」


 青い顔で、白石さんは言っていた。いつもよりも覇気はないように見えた。

 

「いや、無理は駄目だ」


 彼女の態度を見て、僕はため息交じりにそう言った。

 保健室の先生と目が合った。

 僕の言わんとしていることを察したのか、


「白石さん、とりあえずもう一回検温しましょう」


 と伝えたのだった。

 身を案じてそのやり取りを見守っていると、二人の女性の視線がこちらに向けられた。


「鈴木君、あの。少し外に出ていてくれるかしら」


「あ」


 途端、僕は背中に冷たい汗を滴らせていた。


「ご、ごめんなさい」


 足早に廊下に出て、しばらく彼女の検温が終わるのを待った。廊下は活気溢れる生徒達で今日も騒がしい。


「ちっ」


「あれ、鈴木さんじゃないですか」


 保健室の扉に乗りかかって、天井のシミを数えていたら、僕に対して舌打ちと呼びかける反応があった。

 そちらを見れば、先日理論武装でボコボコにした野球部部長と、新入生オリエンテーションで僕のことを嫌っているような反応を見せていた野球部一年が立っていた。


「なんでこんな場所にいるんだよ」


 野球部部長はそれはもう不機嫌そうにこちらを睨んでいた。というか、ただ廊下に立っているだけなのにその言い草はないだろう。私怨とは怖いものだ。

 そんな野球部部長とは対称的に、隣にいる野球部一年は微笑みを見せていた。が、目の奥に宿る悪意は隠しきれていなかった。


 この二人、こうして一緒に廊下を歩いているところを見るに知り合いなのだろう。

 道理で。


 ……何が道理で、なのかだって?

 それは察してくれ。


「僕がここにいたら悪いですか?」


「テメエの顔を見るだけで吐き気がする。野球部に入ってこなくて本当に清々してるぜ」


 野球部部長を挑発すると、煽り返された。なるほど。さすが将来を渇望された鈴木君だ。この人にも名は知れていたらしい。

 ということは、もう一つなるほどだな。先日のあれは、あの場での仕返しだけでなく、有名人鈴木君への妬みも含まれた故の横暴だったのか。

 大して強くないウチの野球部の連中にとって、当時の鈴木君は雲の上の存在だった。だから彼は、その雲の上の存在だった鈴木高広の無様な姿を見たかったのだろう。だから何度でも何度でも僕に横暴な態度を繰り返したのだ。

 ただ、だとすれば彼、相当幼稚な男だな。

 山田さんの言葉を借りるなら、『出来れば同じ部長だと思いたくない』。あ、僕この学校の部長でも何でもなかった。


「もういいじゃないか、兄貴」


 野球部一年生がそう言った。どうやら彼らは兄弟らしい。二人して鈴木君を妬んでいることからも、まあ納得だな。

 野球部部長は弟に諭されたからか、未だ罰が悪そうな顔をしているが、この場を引き下がる気にはなったようだ。


「お前、部活動紹介の日は司会をするそうじゃんか」


 しばらくすると、野球部部長は急に面白いことを思い出したかのように笑っていた。憎たらしい笑みだな。


「えぇ、学校側のお願いでね。断れず渋々やらせて頂きますよ」


 僕は学校からお願いされる程度には、あんた達と違って信頼されているんだぞ、と皮肉を込めて言ってやった。彼らは僕に対して苛立ちを隠そうとしていないが、大概僕も彼らの対応に怒りが生まれ始めていたようだ。

 先日あれだけ言ってやったのに、この男は未だ誠意を微塵も感じさせることはない。本当、懲りない男だ。


「へえ、似合わねえ」


 隣に立っていた弟野球部まで僕を煽りだした。ろくでなし共め。


「まっ、いいわ」


 こちらも反論しようと眉をしかめて身構えていると、野球部部長が突然そんなことを言い出すのだった。どうやらこのしょうもない口論を止める気らしい。


「部活動紹介当日、覚えておけよ?」


「何をですか?」


 彼の含みのある質問に、即質問をし返すも、野球部部長は邪悪な笑みを浮かべるばかりでそれ以上は何も言わなかった。


「楽しい部活動紹介、よろしくお願いしますね」

 

 歩き去っていく野球部部長に続いて、そう言って野球部弟は足早に歩いていった。


 彼らの背中に睨みを利かせていると、ガラガラと保健室の扉が開かれた。


「あ」


「……あ」


 見れば、ジャケットを腕にかけたYシャツ姿の白石さんが保健室から出てくるところだった。


「熱は?」


 気を取り直して、白石さんに微笑み返して僕は尋ねた。


「下がってなかったわよー。今日はもう帰らすから、一緒に荷物持ってきてあげて」


 白石さんに代わり、保健室の先生が答えてくれた。

 そうか。熱下がっていないのか。

 確かにこころなしか、白石さんの頬は未だ紅潮している。


「何を見ていたの?」


 しかしそんな状態でも、どうやら保健室を出る直前の僕の行動は彼女は把握していたようだ。僕が見ていた方向を見ると、顔がみるみると硬直していった。


「あの人は……」


 丁度野球部部長達は階段に差し掛かった間際だったので白石さんにもその顔が覗けたことだろう。あの憎たらしい丸坊主の顔が。先日あれだけ大揉めした人を僕が睨んでいた。大体想像がついたのだろう。


「別に、因縁とかは付けられてないよ?」


「そう……」


 あまり信じられていないように思える。まあ事実、因縁は付けられたしな。

 ただ、熱もある彼女に余計な心配はさせる気はない。だから僕はこの嘘を撤回したりは絶対にしない。


「鈴木君」


「何さ」


「部活動紹介、あなた司会だったわよね」


「そうだねえ。断りたかったが、君も含めて断らせてくれなかった」


 少しだけ恨み節が混じってしまった。

 しかしこれは事実だ。

 学校側、つまりは生徒会一同から、件の発表会は僕が司会をやるよう可決、というか指示を出されていた。


「鈴木君」


「何?」


 もう一度僕を呼んだ白石さんを見た。

 彼女は熱に浮かされているのが原因なのか、しばらく言葉の続きを発さなかった。


「どうしたの? 本当、大丈夫?」


「……何でもない。荷物、取りに行きましょう」


 結局、意味深な態度をよこした癖に、真意は何も教えてくれなかった。


「あたし、今日はもう帰るけど、寂しいからって授業中泣いたら駄目だよ?」


「誰がそんなことするか」


 歩き出した白石さんの後に続いていたら、からかわれた。頬を染めて否定したら、白石さんは寂しそうに「しないんだ……」と呟いていた。いやして欲しかったんかい。


 ただ……。熱が出ている彼女に、辛く当たってしまっただろうか?

 そんな下らない思考が浮かんでは消えてしまい、結局午後の授業はまともに集中することが出来なかった。

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