Fatigue
生徒会会長になって早数ヶ月が経とうとしているが、最近疲労が溜まる日々が続いている。
新入生の入学式の一月くらい前から、
『これから忙しくなるぞ』
と冗談めかした脅しのようなことを生徒会顧問の先生に言われていたが、どうやらそれは冗談でも何でもなかったみたいだ。
入学式、新入生オリエンテーション、そして今日実施される新入生へ向けた部活動紹介。本当に、日々忙しない日々が続いている。
目上の方を交えた会議も数度こなしたりもしたし、その会議では幾ばくかの緊張を覚えたりしたし、それも疲労が溜まる一端になった気がする。
ただ、昨年の生徒会の行事を確認したところ、この部活動紹介さえ一区切りついてしまえば、次は来月中間テストの後にある体育祭まで当分生徒会も暇になる。
「だから、そこまで何とか頑張りましょう」
と、度々生徒会室で役員達に向けて士気を高める発言をあたしは繰り返している。
しかし、意外と反応は芳しくない。こっちも辛い中何とか頑張っているのだから、一緒になって盛り上がってもらいたいというのが本音であるが、こればかりは当人の気持ち次第だし、どうしようもない。
「一人でそんなに肩肘張ってもしょうがないと思うぞ」
なんて言うのは我が生徒会の書記を務める鈴木君だった。正直、とてもお気楽な発言に聞こえてしょうがなかった。
でも、あたしは彼の発言を咎めることはしなかった。
咎めようと思えば咎められたのだが、どうもそうする気分にはならなかったのだ。多分、先週から断続的にジンジンと痛む頭のせいかもしれない。いや、少し違う。
今日の頭の痛さは、最近で一番強かった。
日頃の疲れが祟ったのか、新入生への部活動紹介当日だと言うのに、どうやらあたしは風邪を引いてしまったみたいだ。
間の悪い自分に嫌気を覚えつつ、それでも何とか件の催し物までは我慢しようと授業をいつも通り過ごしていたあたしだった。
ただ、端から見ればあたしは明らかに異常だったようだ。二限目休みに、あたしを見兼ねた鈴木君に声をかけられた。
「大丈夫?」
「気にしないで。大丈夫よ」
朝よりも一層痛み始めた頭を押さえて、あたしは言った。ただひたすらに我慢していた。生徒会長が自らの主催した催し物に出ないなど、言語道断ではなかろうか。そう思っていた。
「全然大丈夫に見えない」
「大丈夫よ。休むわけにもいかないし、我慢する」
「まったく」
鈴木君はあからさまなため息を一つ吐いて、あたしの手を掴むのだった。
「ちょ、ちょっと」
周囲の目もあると言うのに、彼には恥という外聞が存在しないのだろうか。
「いいから保健室に行くぞ。やせ我慢して悪化したらどうする」
「でも、あたしは生徒会長なのよ。出席しないわけにはいかない」
「別にいいだろ。司会は俺なんだから。生徒会長の挨拶の時だけひょっこり顔を出せばいいだろ」
彼の正論に、あたしは何も言い返すことは出来なかった。
多少の抵抗も見せたが、男らしく力強い彼に歯向かうことも出来ず、成すすべなくあたしは保健室に連れ込まれたのだった。
「先生、この子体調が優れないみたいなんですけど」
「鈴木君、これ痴漢だからね。法廷で会いましょう」
恨み節を聞かせるも、
「はいはい。いいから診てもらえって」
鈴木君は強引に椅子にあたしを座らせるのだった。
「どうしたの?」
「この子、熱があるみたいなんです。ちょっと診てあげてください」
それだけ言い残して、彼はさっさと保健室を後にした。
扉が閉まると同時に、保健室の先生が口を開いた。
「甲斐甲斐しい彼氏じゃない」
「茶化さないでください」
顔を真っ赤にして怒気混じりに抗議するも、先生はニヤニヤするだけでまったく話を聞き入れてくれなかった。
先生に促されるまま体温計を脇に挟んだ。しばらくして、検温が完了したことを告げるアラームが鳴った。
「あちゃあ、三十八度二分。ばっちり熱あるわね」
目の前が真っ暗になるような絶望感が襲った。生徒会長として、情けないことをしてしまった。罪悪感が湧き上がっていた。
「親御さん呼べる? 家の電話番号教えてくれたら電話するけど」
「大丈夫です。それよりもあたし、午後の部活動紹介に何とか出席しないといけないんです」
そう捲くし立てると、先生は苦笑を見せていた。
「白石さん、生徒会長として責任を感じるのはわかるけど、それで熱を悪化させた方が皆に迷惑がかかると思うわよ?」
正論だった。確かに、今のあたしがあの場に行くことは、他の人に風邪をうつしたりするリスクもある。普通に考えれば、この場は引き下がり家に帰るべきだ。
……でもあたしは、どうしても引く気にはならなかった。
「だったら、生徒会長の挨拶の時間までここで休ませてもらえませんか? あたしの部活動紹介での仕事はその挨拶だけなので、それが終わったらちゃんと家に帰ります。だからお願いします」
「はいはい。じゃあとりあえずベッドで休んでなさい」
先生はあたしがそう言うことを察していたのか、あっさりと引き下がってくれた。そのままあたしの手を引き、皺にならないようにとあたしから制服のジャケットを脱がせ、ベッドに横になるように促した。
渋々、あたしはベッドに横になった。
「今、生徒会が忙しいのはよく知っているわ。多分疲れが溜まったのね。今日の出番までゆっくり休みなさい」
「……はい」
先生は預かったジャケットをハンガーにかけて立てかけていた。
あたしはそのまま目を閉じた。今のあたしは何より休憩することが急務だった。しばらくして、随分と遠くからカーテンが閉まる音が響いた。
そのままあたしは、夢の世界へと旅立った。
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