彼女は成長していく。いつか僕も及ばなくなるんだろう

「鈴木君、放課後いつもの場所で」


 演説が終わり開票結果を待つ間、クラスに戻った白石さんに僕はそう言われていた。

 事実上の最後通告である。ホンマ泣きそう。ぴえん。


 冗談はさておいて、ただいまの時刻は放課後。

 いつもの場所。つまりは非常階段最上階。僕はそこに向かうべく、すっかり陽の傾いた教室で荷物を整理していた。


 白石さんは、ショートホームルームが終わると、皆が気づかぬ間に姿を消していた。手放しに喜ぼうとしていたクラスメイトが、肩を落として落ち込んでいたのが印象深かった。

 

 僕はといえば、さっさと行ってしまった彼女を放って、のんびりと身支度をしていた。正直、ビビッている。何を言われるのだろうかと考え始めると、とても急いで彼女の元へ向かおうという気にならなかった。


「おい、あんた」


 そんな僕の気を知ってか知らずか、教室から声をかけられた。

 急に話しかけられて、驚きながらそちらを見ると、知っている女子が苛立ちげに立っていた。


「白石って子の机、どこよ」


 桜内だった。というか、なんかデジャブだ。


「知ってどうする」


 恐らく彼女が何をしに来たか理解した僕は、鬱陶しげに答えた。


「腹いせすんだよ」


 既に内面を隠す気のない桜内は、憎憎しい笑顔で僕に言った。


「こっちだって内申点のためだけに立候補したのに。これじゃあたしは当て馬じゃねえか。一年なんかで生徒会長になりやがって、あたしに恥を掻かせやがって。絶対に許さない」


「それを知って教えるはずがないでしょう?」


 ため息交じりにそう答えると、桜内は笑っていた。


「何、あんたあいつのこと好きなの?」


「そうだよ。悪いか」


「趣味悪いね」


「あんたなんかよりよっぽど良い子だけどな」


「何だとっ!?」


 煽られたから煽り返したら切れられた。まあ、怒らす気で言ったんだけどね。


「○○小学校の横断歩道の設置の件、知っているかい」


「知ってるよ。学校新聞に出てたし。そういやこのクラスがしたことだっけか。で、それが何だよ。クソヤロウ」


「白石さんは、その一件でPTA総会で発表会をしたって子だ」


 口が悪い桜内に辟易としながら僕は言った。


「ああ。そいつなら知ってるよ。噂に聞いたからな。父兄にぼろ糞に言われて、ハンベソ掻きながら一緒に総会に来ていた男子に助けてもらったんだろ? 情けねえ」


「そう、その情けなく失敗した女子が白石さんだ」


 僕は彼女に近寄りながら、続けた。


「自分本位な父兄の言葉に歯が立たず、それはもう無残にやられていたよ。僕の手助けがなければあの一件も失敗していただろうね」


「え?」


「それからずっと二人で色々反省した。何が駄目だったか、どうすれば同じ失敗をしなくなるか。彼女、スピーチや演説をする度に問題点を挙げて、どうすれば悪いところを改善できるか、もっといいスピーチになるか、ずっと考えていたよ。

 ……どれだけ失敗しても。

 どれだけ泣きそうになりながらも。


 どっかの誰かみたいに、誰かのせいにしようとは一度だってしなかったよ!」


 彼女の目の前で、積もった怒りをぶつけるように、僕は叱責した。

 僕の叱責に彼女は黙った。校内に僕の叫び声が反響した。木霊となった声が消えた頃、僕は再び話し始めた。叫んだからか、少しだけ気分は落ち着いていた。


「腹いせするなら、どうして今回と同じような土俵で挑もうとしないんだ」


「そんなことして勝てっこないじゃない」


 ああ、そうか。

 彼女、今回の一件でコテンパンにされて、白石さんにまともに勝てるはずがないと思ったのか。だから、非道な行いに出ようとしたのか。

 その気持ちはわからなくない。だけど、認めるわけにはいかなかった。


「最初はそうかもね。いつかの彼女みたいに、無残にやられただろうよ。でも、だったら勝てるまで、何度だって挑み続けろよ。何が駄目だったのか考えて、対策してもう一度挑めよ。それで駄目ならもう一回。どうすれば勝てるか考えて、挑めよ。惨めな思いをしようが。憎たらしかろうが、何度でも挑めよ。

 少なくとも、彼女はそうしてきた」


 桜内の目から涙がこぼれた。

 言いたいことを全て伝えた僕は、彼女を慰めることはせず教室を後にした。


 桜内が白石さんに腹いせをするかどうかは気にはしなかった。もし桜内が腹いせをしようが、多分白石さんなら辛い思いをしようが乗り越えていけるはずだから。

 きっと、僕も思いつかないようなスマートな方法で解決まで導くと思ったから。


 彼女は、成長していく。


 どこまでもどこまでも。

 今の僕と同じくらいになった頃。二十五歳になりアウトプットする立場になった頃。彼女はきっと、僕なんかでは到底及ばない人間になっているだろう。

 彼女にはそれだけの素質と頭脳がある。それだけの精神力がある。助けてくれる良き友人だっている。

 そんな彼女が、あんな連中の下衆な行いに屈するはずがないではないか。


 廊下の窓から外を見た。

 もう陽は暮れかけだ。彼女は、まだ待っているのだろうか。随分と待たせてしまったな。


 待たせて申し訳ないと思って、僕は少しだけ早足に廊下を歩いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る