成功させたい訳
二学期が始まった翌々日、昼休み。
まだまだ外は茹だるような暑さで、僕は一学期の時度々通っていた非常階段へ訪れることはなかった。白石さんは多分、いつも通りそこに行っている。いつもみたく、昼休み即彼女の姿は教室から消えていた。
食堂で昼飯を食べて、椅子に座りながらぐうたらとしている丁度その時だった。
「んあ?」
外から聞いた覚えのある音色が聞こえた。
少々拙いその音に惹かれるように、校舎をグルグルと回って、無造作に生えた雑草郡を踏み越えていくと、
「あ」
山田さんと目が合ったのだった。
「随分と人気のないところで練習しているんだね」
世間話にでも興じようと微笑みながらそう話しかけると、山田さんはこちらを無視して練習を再開するのだった。
「無視すんなよー」
こうして散々接してきて承知の上だったが、彼女本当に愛想がないな。いつも仏頂面していて疲れないのだろうか。
「よっこいせ」
「ちょ、やめてよ」
隣に腰を下ろすと、山田さんは練習をやめて嫌そうにこちらを睨んでいた。
「いいから、練習続けなよ」
これは、散々無下に扱われた嫌がらせだ。子供みたいなことしているな、僕。
まあ、冗談はともかく。たまには彼女と腹を割って話してみるのもいいかなと思っていた。ここは丁度木陰で、休むには丁度いい。
「変な噂になるじゃない」
「昼休みにたまに話すくらいで、そんな変な噂になるものか」
そもそも、こんな人気に一緒にいることなんて、バレっこない。
「あんた、白石さんがいるのによくそんな真似出来るね」
「えっ、し、白石さんは関係ないだろ」
今一番名を聞いて戸惑う人の名を的確に出してきた彼女に、僕は取り乱してしまった。
「いやらしい」
「うぐ」
頬を染め、唇を悔しそうにかみ締める僕は、恐らくとても二十五歳には見えないだろう。
「はっ! すぐに下世話な方向に走っちゃってさ。そういう人こそ、想い人がいるんじゃないのかな」
嫌みったらしくそう言った。喧嘩を売っているようにも聞こえた。
だから、僕は少々言ったことを後悔していた。飛び掛られて怪我でもさせられたらどうしよう。
しばらくして、山田さんから景気の良い反応が返ってこなかったことを不思議に思い隣を見ると、彼女は頬を真っ赤に染めて俯いていた。
「マジ?」
あからさまな態度に、僕は聞いていた。
「悪い?」
彼女は開き直っていた。
「いや、そんなことはないよ」
意外だった。気の強そうな彼女が、オトメチックな感情を抱いていることが。
「誰?」
「言ってやる義理は……」
不満げに言いかけて、山田さんは再び俯いた。
「平田」
「平田って、ウチのクラスの?」
山田さんは黙って頷いた。
そうか。白石さんに恋する平田君、意外とモテるんだな。
「それで、あいつに告白したくて、あたしから皆をバンドに誘ったんだ。ライブが成功したら、告白するつもり」
「え、そうだったの?」
件のバンドの結成秘話に、僕は声を荒げた。マネージャー補佐でありながら、今日までそんな話一切教えられてこなかった。まあ、異性に積極的にする話でもないわな。どこから平田君の耳に入るかもわからないし、致し方なし。
ただ、それであれば不思議だ。
「そんなこと、僕に話していいのかい?」
これでも平田君には先生と呼ばれる程度には慕われている。そんな僕に胸中を語っていいのだろうか。甚だ疑問だし、何ならこれまでの彼女なら絶対に口を割らなかった気さえする。
「いいよ」
山田さんがベースを担ぎなおしながら、言った。
「あんたには、今回たくさん迷惑をかけたから」
素直な心境を語られて、僕は返す言葉をなくしていた。正直、本当に、これまでの彼女からは想像も出来ない姿だった。
「恩義を感じたのに、不義理な態度をするわけにはいかない」
これまでのあれは不義理な態度でなかったんだな、とは言えなかった。
「そんな大それたことをしたわけではないよ」
「衣装代まで立て替えておいて、よく言うよ」
あれは別に……。いや、思えば、そうとう思い切った行動をしたな。社会人時代の金銭感覚に慣れて、躊躇なく二万を差し出したが、そもそもあの状況で僕だけ資金負担をする状況はおかしかったのだろう。
白石さんにも散々説教されたが、当時の僕は頭に血が上っていたのだろうな。あの行為に何一つ疑問を感じていなかったのだから。
社会人を経験しておきながら、独断に走ってしまうなど、本当に情けない限りだ。でも、後悔はない。どうしてそんな行為に走ったのか原因を突き止めて、改善していけば、それでいいのだ。この一回の失敗で、別に死ぬわけではない。
では、どうして今回僕が失敗したのか。
まあ、いつか白石さんと話している時にも思ったが、それはやはり、彼女の、白石さんの喜ぶ姿を僕は見たかったのだろうな。驚いて、感心してくれる姿を見たかったのだろうな。
じゃあ、何でそう思ったかと言えば……。
「顔、赤いけど。熱でもあるの?」
ベースに集中しているかと思いきや、山田さんは意外と気配り出来る人らしい。
突然話しかけられたものだから、僕は飛び上がってしまっていた。
「何さ」
そんな僕の仕草に、山田さんは目を丸めていた。
「いや、別に」
「そ」
再び、ベースに山田さんは視線を落とした。
「そういえば、聞いてなかったね」
「何を?」
「どうして、鈴木はライブを成功させようとしているの?」
どうしてライブを成功させようとしているのか、か。
初めは、ただ任された仕事をこなす程度の考えだったのだろう。青春を謳歌してみせるとのたまったのに、そのきっかけすら掴めないことに焦って、軽はずみに引き受けて。少しばかり後悔して。
でも、きっと今は違う。そうじゃなきゃ、一時自腹を切ってまで衣装代を賄おうとなんてしない。
時間がない中で、資金を賄う手は恐らく多数あった。それなのに僕は、一番手っ取り早くて時間を短縮出来る手段を講じた。
確かに時間はなかった。衣装作りの現状を鑑みても、すぐに生地を買う選択に出たのは間違いではなかったはずだ。
でもそれは、僕が一人で自腹を切って資金援助するほど、僕に責任が偏ることはなかったことだ。何なら僕は、常に自分に責任が圧し掛からないように逃げ回ってきた男だ。そんなヘマを、こんなことで犯すことなどありはしない。
なのに、それほどまでに時間に焦り、成果を上げようとした理由。公私混同した理由。
『だって、あなたがいるんだもの』
ああ。
もう認めざるを得ないのだろうな。
僕はただ、早く仕事を完遂したかったのだ。
そして、彼女に笑って欲しかったのだ。彼女に褒めて欲しかったのだ。彼女にありがとう、と言って欲しかったのだ。
結果、彼女を悲しませることになるとも知らずに。
僕は、そんな歪んだ感情を持って仕事に望んでしまったのだ。どんな手段を講じてでも、彼女に僕の成果を見せつけてやりたかったんだ。
そうまでして僕は、彼女に振り向いて欲しかったのだ。
それほどまでに僕は……。
僕は、白石さんが好きなのだ。
「言う必要はないね」
「あたしの話は聞いておいて、それはない」
「勝手に喋ったんだろ?」
そう言うと、山田さんはクールに微笑んでいた。
僕もつられて微笑むと、昼休みの終了五分前のチャイムが流れた。遠くまで響いていくチャイムの音は、夢うつつな気分の僕を現実に引き戻すには十分な作用があった。
この後は、数学。理科と続いて、ロングホームルームがある。ここで、僕達はクラスメイトを納得させなければならない。
困難であることは知っていた。でも、最後まで僕は全力を持ってやり遂げよう。
山田さんにも、安藤さんにも。本田さんにも堀江さんにも、勿論白石さんにも絶対に言えない、僕のこの秘密の思いを胸に。
必ず成功させるんだ。
「さっ、戻ろうか」
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