Willcanmust

「聞いたことがある。確か、就活生が自己分析のために使うあれよね?」


 顎に手を当てながら、白石さんが言った。


「そう。やりたいこと。できること。やらなければならないこと。この三つを書いていく。そして、三つのサークルの交差する場所に書かれたことが、本当に自分がやるべきことになるって寸法だよ」


「ほへえ」


 岡野さんが感心げに唸った。しかしすぐに頭の上にハテナマークが付いたみたいだ。


「でもそれ、今の状況と何か関係あるの?」


「ある」


 僕は頷き肯定して、続けた。


「要は僕達の状況を置き換えればいいのさ。そうすれば、自ずと出店で何を売れば、目的達成になるのかわかるってことさ」


「なるほど」


 そう言い、白石さんは席を立って、黒板まで歩み寄ってきた。

 白石さんは僕の書いたサークル内の言葉を消していき、訂正した。


「こんな感じかしら?」



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「そうだね。『やりたいこと』は『需要』。『できること』は学生にも『調理可能』なこと。最後の『やらなければならないこと』は、『低原価。高利益』を見込めることであること」


「なるほど。それでそれで?」


 岡野さんも黒板に近寄ってきた。物珍しいやり方に興味をそそられたのかもしれない。


「後は簡単さ。僕達が思いつく限り、ここに食べ物を書いていく。それで皆で話し合って、この三つのサークルの間に入った物が、僕達が出店に出すべき食べ物になる」


 僕は続けた。


「ほら、言ってみて。食べ物を」


「えぇ、でも急に言われても」


「何でもいいんだ。例えば、岡野さんが食べたい物はなんだい?」


「えぇ、例えば……ケーキ?」


「ケーキか」


 チョークを黒板にコツコツさせながら、僕は考えた。

 ケーキ。確かに女生徒には人気の出そうな食べ物だ。でも、ケーキは学生が一日二日で作るには手間がかかりすぎるのではないか?

 後、価格面も抑えられるか不安だ。


「一番上のサークルだけでしょうね」


「そうだね」


 白石さんの言葉に、僕は頷いた。


「まあ、そうだよね」


 意外とあっけらかんとしながら、岡野さんは思いついたように声を躍らせた。


「あ、じゃあさ、ホットドッグってのはどう? 」


「いいじゃない。学生にも人気だし。パンにソーセージ。業務スーパーで購入すればある程度価格も抑えられるんじゃないかしら。調理も簡単だし」


「確かにね。調理は簡単だ。だけど、僕はここかな」


 僕は『需要』と『調理可能』の交わるところにホットドッグを書いた。


「どうして?」


「そうよ。コストはきっと抑えられる」


「確かにね。だけど、これは達成出来ないと思う」


 僕は高利益をチョークで叩いた。


「あ」


「確かにそうね。さっきの話になるけど、ホットドッグは加熱する必要があるから、売り買いの回転率が下がってしまう」


 先ほど話した通り、回転率が下がることは直結して売り上げに関わってくるのだ。加熱の時間に客が来て、今加熱中なんです、となり、どこかへ行かれる絵面は容易に想像出来た。


「そうすると、定番のはずのポップコーンとかポテトとかも駄目ね」


「そうだね。そうなると、缶詰みたいな調理の手間が省けるものが良いのかな」


 半信半疑で、僕は言った。


「そうなると、ゼリー? でもそれだと、そもそも調理してないし、いくらなんでも味気ないかー」


 岡野さんがうーんと唸った。


「スパムとかいいんじゃない?」


「白石さん、スパム好きなの?」


「うん」


 そっか。良かったね。


「白石さん、それじゃゼリーとおんなじだよー」


 冗談だと思ったのか、岡野さんは白石案を笑い飛ばした。これ多分、本気で言っていたと思うんだよな。ほら、今も羞恥に悶えてプルプル震えている。可愛いことよ。


 僕はゼリーを『需要』と『低原価高利益』の間へ。スパムを『低原価高利益』に書いた。

 白石さんが大層不服そうだった。だって、スパムって別においしくないじゃん。


「うーん。そうなるとー」


 僕と白石さんの一触即発しそうな空気に気づかず、岡野さんは唸っていた。いやまあ、しっかり出店の商品を考えている彼女が正しいのだが。


「缶詰にちょっと一工夫。調理も容易。例えば……そうだ!」


「うぇっ!」


「っ!」


 二人して他愛事に気を取られていると、岡野さんが叫んだ。これはもしや、もしかするのか?


「フルーツポンチなんてどうかな?」


「ああ、それいいね」


 僕は岡野さん案に同意した。


「フルーツの缶詰を大量に買っておいて、決まった量を容器にぶち込むだけだもんね。業務スーパーとかで買えば価格もお手軽だろうし、調理も簡単だ。果たして調理と言えるのかは疑問だけど」


「最近は炭酸入りのフルーツポンチとかもあってさ。よく弟に食べさせたりするんだよー」


 へえ、それも映える(笑)て奴なのだろうか。最近の子は皆、承認欲求高めだもんな。


「本当に大丈夫かしら?」


 そんな僕達に、白石さんは疑問を呈した。


「多分だけど、他のクラスはさっきあたし達は考えていたような商品で挑んでくるでしょう? そうなった時、需要からあぶれたりしないかしら」


 なるほど。

 僕達には採算を考えなければならない理由があるが、他クラスにはそれがない。そうなると、彼らは何も考えずにこういう催し物で人気を博す商品に手を出せるわけで、そうなった時にフルーツポンチが勝負していけるのか、という疑問を抱いたわけだな。


「大丈夫だよ。ある程度は価格で勝負出来るはずだ」


 缶詰を大量買いするだけのこちらはある程度値段で張り合うことが可能だ。であれば、需要からあぶれる心配は少ないのではないだろうか。


「でも、お金に興味がない人は、単純に好みで向こうに流れるかも」


「好みはともかく、こっちには一定の客は見込めると思うよ?」


「その心は?」


「十月初旬。暦的には秋ではあるけど、最近はその時期でも昼間は結構暑いだろう。半袖で生活することが出来る程度にはね」


 言わんとしていることを察したのか、白石さんは納得げに頷いた。


「暑い日に冷たい物を食べたいと思うのは人の性だ。値段面、需要面でも他クラスに十分勝負出来ると僕は思うよ」


 白石さんはもう一度頷いて、


「決まりね」


 と言った。

 僕は白石さんに微笑みかけて、岡野さんの手をがっちりと掴んだ。


「いやあ、ありがとう岡野さん! 本当助かったー!」


「え、いや、そんなたいしたことはしていないけど」


 いや本当、彼女がいてくれて良かったと心から思っていた。

 ただ、不思議だ。岡野さんの顔が青い。そして、視線は白石さんの方へ向いていた。

 

 僕はゆっくりと白石さんの方を見た。

 その後のことは、正直よく覚えてない。

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