出し物を模索していた

 始業式ということもあり、二学期初日は半日授業だった。

 バンドメンバーはいつものようにスタジオでの練習へ。

 僕と白石さん、岡野さんは、文化祭へ向けての進捗確認をしていた。


「岡野さん、衣装の進捗はどれくらい?」


「うぅん。ようやく一人分が終わるかなってところ。後三人分残ってるなんて、正直少しだけ驚く」


「ですよねえ」


 夏休みの時から懸念していたが、やはり衣装の進捗は芳しくないようだ。家庭の事情もあるとはいえ、岡野さんはバイトに勤しむ時間もあるからなあ。


「やっぱり、人手が欲しいね」


「ひとまず、あたしも入るわ」


「白石さん、裁縫出来るの?」


「お茶の子さいさいよ」


「今日日聞かないフレーズだね」


 苦笑してみせると、白石さんはドヤ顔を拝ませていた。


「ただそうなると、余計クラスの出し物をさっさと決めないとまずいわね」


「そうだねえ」


 三人揃って唸った。

 夏休みの間もこうして度々集まっては、妙案が浮かばずに悩む時間が流れてしまうことがしょっちゅうだった。

 決して何も考えてないわけではなかった。

 いくつか浮かんだ案といえば、例えば『展示会』。クラスの皆で何かを持ち合って、入場料を取り、それで採算を取るという算段だ。しかしこれには欠点があり、果たしてたくさんの人が興味を引くような物を収集出来るのかという点だった。学生の持ち物なんてたかが知れている。人をたくさん惹きつけるだけの魅力があるものなんて、そうそうすぐには集まらないだろう。


 例えば、『アトラクション』。ストラックアウトだとか、風船割りだとか、子供が喜びそうなアトラクションをクラスで準備し、入場料で採算を取るという寸法だ。でもこれも却下だった。確かに需要は満たせそうだが、アトラクションのために準備しなければならない物が多すぎた。これでは当初の売り上げから大幅アップは見込めなさそうだった。


 例えば、『コーラス部隊』。確か白石さんと僕が異様に推した。これはクラスの皆が歌を練習するだけで、入場料の資金が丸々懐に入る妙案だと思った。でも、唯一冷静だった岡野さんに苦笑気味に言われたのだった。


『それ、展示会と何も変わらないよね』


 目から鱗だった。人は好きなことになると冷静さを失うと、僕と白石さんは実感させられていた。

 そんな訳で、何か案を思いついては消していき、何か案を思いついては消していき。今日まで残った案、といっても保留となった案はただ一つだった。


「やっぱり、出店かなあ」


 出店。要は食べ物を売って利益を得ようとする算段だ。先に語った内容よりかはある程度人気の需要が読め、かつ利益の計算もしやすかった。


「ただ、そうするならば何を売るかだよねえ」


 岡野さんがため息を吐いた。その気持ち、痛いほどわかる。

 いくら需要や利益の計算がしやすいと言っても、高校生に果たしてそこまで大勢を読みきって判断が出来るのだろうか。

 

「状況を整理すると、仮に出店を実施するとしたら、求められることは何だろう?」


「売り上げが見込めること」


 白石さんが即答した。


「後は、事前準備が少なくていいもの。そして、原価がある程度抑えられるもの。あと、学生の身ということも考えれば、調理の手間がないものが好ましいわね」


「最後のは同意見だな。調理に時間のかかる食べ物は回転率が下がるからね。そこが下がることは、イコール利益の減少に繋がるわけだ」


「とすると、どんな食べ物があるの?」


 岡野さんが頭を抱えていた。案がなくて本当に困っているみたいだ。


「鈴木君」


「何かな、白石さん」

 

「あなた、ビジネス本を読んでいるのよね?」


「うん、まあ」


 読んでない。読んでいないが、素性を隠すためにいつかそんな嘘をついたような。


「なら、こういう時に役立ちそうな作法はないの?」


「こういう時の作法、か」


 僕は腕を組んで考えた。こういう、ニーズを読んだり、いかに低コストに抑えたり、その他諸々がうまく整理出来る仕事の仕方。


 ……いかん。思いつかない。

 思えば、仕事をするにあたっての考え方などはしょっちゅう身を以って体験してきたが、ゼロからの案出しをする機会には恵まれてこなかった気がする。


 そうなると、今回僕の経験が活かせることは何もないのか?


 いいや、そんなことあるはずがない。

 伊達に彼女らより十歳も多く年を取っているわけじゃないんだ。もっと搾り出せ。何かあるはずだ。何か。

 額に冷や汗が滲んだ。目の前にいる少女二人の切な瞳が突き刺さっていた。プレッシャーを感じていた。


 はあ、なんだか圧迫面接を受けている気分だ。

 あれは本当に酷いものだった。あれって、面接官の憂さ晴らしを肯定させるために付いた文句だろ。学生相手に情けない。当時僕が就活生でなかったら、皮肉の一つでも言ってやったのに。


「……あ」


 就活。そうか、就活だ。


「何か浮かんだ?」


「うん」


 椅子を引いて、僕は黒板の方へ歩いた。黒板にたどり着くと、白色のチョークを取って、三つの丸を重ねるようにして書いた。


「君達は、Willcanmustって知っているかい?」

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