再開してしまった。

期末テストへ向けて

 翌日、平田君に白石さんとの友達関係の件を伝えると、大層嬉しそうにしていた。その日の内に、友達になって宣言をしに行ったそうだが、数日経った今、二人の関係にあまり進歩は見受けられない。


 せっかく友達になったのに、どうして彼女と遊んだりしないんだと、僕はつい先日平田君に質問をしたことがある。

 平田君はウザイ笑顔を見せると、言った。


「焦らしているのさ」


 平田君曰く、どうやら白石さんに絡みに行かないのは戦略的事情であるそうだ。効果があるかは彼のみぞ知る。

 そんなわけで今日に至るわけだが、これでは悩み損だったなと言うのが僕の率直な感想である。まあ、本来恋路なんて他人がお節介に口出しすべき内容ではないわけだし、これ以上は僕も深く介入せずにいようと思った。


 そうして、七月も初旬が終了したある日。


「うぅーん」


 今日も隣で、安藤さんが唸っていた。最近恒例の光景である。この光景、いつかも見た。それは、そう。確か中間テストの直前だった。

 どうしたの、とは聞かなかった。理由はだいたい想像が付いた。


「期末テスト不安だよー」


 ついに安藤さんは、自らの口から不安を吐露した。耳に聞こえた言葉に、僕は体をビクつかせた。


「数学苦手だな」


「どうして?」


 明らかに僕に向かって言っている。無視するわけにもいかず、僕は彼女に聞いた。


「うーん。たすきがけが苦手なの。元々因数分解もあまり得意じゃなかったら、なんのこっちゃってたまになる」


「はあ、まあ難しいところだよねえ」


 本題になるべく進めさせないように、曖昧な言葉を口にした。


「でも安藤さん、テストでは僕より高得点なんだもんなあ。いやはや、たまに自分が情けなくなるよ」


「そんなこと。でも、不安だー。次のテスト、九十点以上取れるかな」


 安藤さんは頭を抱えた。

 これは、言うべきなのか? いや、でもなあ。


 安藤さんも、悩んではいるもののあれを口にはしない。多分、気を使ってくれている。

 なら、このままなあなあにしておくのも……。

 

 授業が終わった。クラスの子達の歓喜に言葉を耳にしながら、先生が退出していくのを見送った。


「そういえば、二人とも」


 そんな時に話しかけてきたのは、白石さんだった。

 

「今回は、いいの?」


 ビクリ。言わなくていいのに。


「何のこと?」


 僕は惚けた。

 白石さんは冷たい視線をよこしていた。


「安藤さん、中間テストの時みたく、勉強会は開かなくて大丈夫?」


 ああ、ついに言ってしまったよ。まあ、中間テスト後に約束していた内容だし、元々やるしかなかったことかもしれないけども。

 あの時の安藤さんのナイーブさを見ているから、無下にすることも出来ないんだよなあ。だから、黙って静観するしかなかったわけで、こうなってしまってはもうお終い。


「えぇ、と。うーん」


 あれ?

 てっきりそういう話になったら大勢は決まると思っていたのに、安藤さんは未だ歯切れがよくない。


「な、何なら安藤さんの家以外で勉強するのもいいんじゃないかな。毎回お邪魔するのも悪いし」


「あなた、安藤さんのご両親のご好意を無下にする気?」


 むぐぐ。白石さん、僕が安藤さん宅に行くの嫌なのわかって言っているだろ。

 そんな僕達のやり取りを、安藤さんは困惑気味に俯いて黙っていた。


「安藤さん、大丈夫?」


 ついに白石さんが安藤さんの身を案じた。


「うぇあ、だ、大丈夫、です」


「いや、大丈夫じゃないだろ」


 僕は呆れながら言った。

 安藤さんは唇を噛んだ。


「えぇとね、実は今、お姉ちゃんが帰ってきてるの」


 そして、どうして言葉に詰まっていたかを教えてくれた。


「あら、安藤さん。お姉さんがいたの」


「うん。九歳上のお姉ちゃん」


 へえ、結構年上の姉がいるんだな。


「昔から優しいお姉ちゃんだったの。困ったら助けてくれるし、前は勉強も教えてもらってた。ただ、大学を卒業してすぐ就職してね。最近は一人暮らしをしていたの」


「ああ、だからこの前はいなかったのね」


「でも、お姉ちゃん。仕事辞めちゃって。今は家にいてね」


 あらま。それはお気の毒に。


「でも、それに何の問題が? お姉さんがウチにいるくらいなら、勉強するのに支障はないんじゃない?」


 お邪魔する身であるわけだが、まあ確かに姉がいるくらいじゃ勉強するのに支障はないだろうなあ。

 それでも尚、この歯切れの悪さ。


 ……さては。


「もしかして、遺伝子を受け継いでいる?」


 安藤さんは、黙って頷いた。僕は頭を抱えていた。


「しかもお姉ちゃんは、中学野球ファン。それはもう、鈴木君にメロメロでした」


 脳裏に、少し成長した安藤さんが、黄色い声援を上げる姿を浮かべてしまった。


「あら、それは面白いじゃない?」


 ただ一人、楽しんでいる人がいた。白石さん、ぶれないなあ。


「いや、面白くないから」


 クスクスと笑う白石さん。


「それで、前回の件もあるから、とても家に呼び辛かった次第です」


 安藤さんは困ったように俯いていた。


「でもね、昨日実は親に言われてて」


「何を?」


「そろそろ期末テストだね。鈴木君は? って」


 バッチリ楽しみにしてらっしゃる。


「ほら鈴木君、もう諦めなさい。この状況、あなたでも無下に出来ないでしょう?」


「そうだねえ」


 まあ二週間くらいのもんだし、多少は。


「い、いいの?」


 安藤さんは涙目で聞いてきた。


「ええ、今回もお邪魔させてもらうわね」


「良かったー」


 大層安心したように、安藤さんは胸を撫で下ろした。


「お姉ちゃん、それはもう熱心な中学野球ファンだったから、鈴木君なんて見たら無事に帰すかわからないから、すっごい不安だったんだー」


「えっ」


 そういうことは先に言え。もう断れる状況じゃないじゃないか。

 

「クフフ」


 取り乱す僕を見て、白石さんは心底楽しそうに声を殺して笑っていた。 

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