9.短剣使い、格の違いを教える(予定)

 トレーニングルームにいくつか設けられた試合場コートは広いガラス張りの個室だった。

 防音対策もある程度施されているのだろう。イノたちの試合を観戦しようとガラスの向こうに観客ギャラリーは多く集まってきていたが、中にいる対戦者の集中力を削がない程度には外野の喧騒を遮断してくれており、なるほど快適な試合の場のようだった。


「そこの床の赤線のところで待ってろ、ブザーが鳴ったらスタートだ。一定量の傷を負うか、剣を取り落とすか、ノックダウンした方が負け。ああ、剣は開始前に出しとけ」

 室内の操作盤をいじりながら猫少年(※イノが脳内で勝手に命名した仮名である)がご丁寧に説明をしてくれたので、イノはそれに従い剣を現出させ所定位置で大人しく待機していた。しばしの後、操作を終えた少年が彼女の向かいの赤線の上に立ち、短剣を現出させる。


「剣のデカさで勝ってるからって舐めるんじゃねぇぞ。小回りの利かねえただの棒きれなんだからなァ」


 そんな前置きをしないほうが油断を誘えて有利だと思うのだが。ましてその得物は油断を突くそういう戦い方が向いているのでは。


 昨日の戦い方を思い返すに、彼も勢いに任せた考えなしの戦闘をしているわけでなく、短剣じぶんの得手が相手の懐に潜り込んだ超至近距離での手数押し、というのは理解しているようだ。もっとも、剣人は自らの得物の特性やそれを活かした戦闘術を半ば本能的に理解するらしいのでそれくらいは当然なのかもしれない……とイノは分析を巡らせているうちに。


 試合開始を告げるブザーが鳴った。


 イノの分析通り、猫少年は一気に有利な距離へ詰めるべく突進を試みる。

 ――が。


「んなっ!?」


 それより早く、イノ懐に

 無論、インファイトの間合いに入ってしまえば得物の長さの都合でイノのほうが不利になる。しかし。


 少年は、自分の優位を「取りに行く」ことにばかり意識がいきすぎて「向こうから飛び込んでくる」ことを全く想定できていなかったらしい。相手の無謀で降ってわいた有利を拾い即座に己のペースの攻めに転じられれば目はあるのだが、残念なことに猫少年はその一瞬、完全に虚を突かれていた。


 そこに迫る少女の斬撃をどうにか身を捻ってかわした少年だったが、すかさず二撃目が飛んできて、それは少年の頬に直撃した。


 その一撃は彼女の得物どころか短剣よりも小回りと速度に長ける――拳だ。利き腕ではないので威力は相当に落ちるが、それでも格闘技の心得があるイノの殴打は、猫少年の脳髄にしたたかに響いた。


「ああくそっ!!」


 そこでようやく少年が攻撃に入るが、その一撃一撃は少女の剣によって巧妙に受け流される。彼女の剣は完全に「盾」としての運用になっていた。


「ふざけんなぁあああああ!! 剣で勝負しろやコラァァァ!!!」


 猫少年は苛立ちを乗せて咆哮する。

 ……実のところイノは、剣種が違うなりにあえて相手の戦法をできる限り真似ようとしていた。もっとも彼女にハンデや挑発のつもりはない。今回は「事前に相手の戦闘スタイルを観測していた」というケースなので例外的に初手からの模倣であるが。どの道初めての相手との対戦はだいたいこうなる。彼女の「真似」の癖は、相対する知らない剣士、その得手や癖……その延長線上にある精神性を理解しようという彼女なりのコミュニケーションにして学習行為だった。


 ――やっぱり「違う」。


 ふと、カグヤとの剣闘がイノの頭をよぎっていた。あの時は変な感覚に浮かされてほとんど無意識に動いていた気もする。けれど、楽しかった。

 そもそも癖を読みんで真似ることを意識する必要さえ無かった。あの時は相手の動きが、自分がどう動くべきか、手に取るように分かった。

 まるでもう一人の自分と剣を交えているような、不思議で素敵な――。


「ボケッとしてるたぁナメくさってんな、アァ!?」


 イノが回想に耽ったその一瞬の隙を、少年は見逃していなかった。

 少年もまた、得物を握る逆の手を突き出していた。それは正確にイノの胸倉を掴み――


「どぉりゃあああああ!!」


 プロレス技の応用だろうか。そのまま全体重をかけて、少女のその軽い身体を引き倒していた。

 あっという間にイノの背が床に叩きつけられ、直後にブザーが試合場に響く。


「ざまぁ、みやがれ……!!」


 これもまた、とても剣闘とは言い難いやり口だったが、イノも似たような外道の戦いをした手前、非難する資格はなかった。

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