【2】遊ぼう、可愛い暴れん坊猫さん

8.猫さん、因縁の相手(?)と再会する

 翌日。イノはグスタフの同伴の下、さっそく『研究協力』を行うこととなった。

とはいえその内容といえば多少の採血と妙な機器を取り付けながらの軽い問診、その後、現出させた剣とその素振りに目視でのチェックが行われたくらいで、最後に「ここで規定時間まで好きに過ごしていい」と一人トレーニングルームに放り出されてしまった。


 イノとしては拍子抜けもいいところであった。採血こそあったが、もっとそれ以上の血が流れる――それこそ休みなしの何十連戦だの、腹を掻っ捌かれて中身を確認されるだの、そういったモノを彼女は覚悟していた。……どうにも彼女の想像上では『人道的な扱いの保証』という部分がすっぽ抜けている。


 とりあえず気を取り直して、イノはトレーニングルームを見渡す。

 センター内のトレーニングルームは、センターに所属・保護されている剣人専用に用意された、建築物丸々一棟を利用した広々としたジムだった。そのため一般的なスポーツジムにあるようなトレーニング機器だけでなく、剣闘用の試合場コートがいくつも用意されている。


 きっとここで適当な相手との剣闘を行うのが研究者たちの狙いだろう、というのは容易に察しが付いた。しかしいつも稽古に付き合ってくれるグスタフは別室だ。となると、ここで全く知らない相手を見繕って模擬試合に誘わなければいけない。


 しかしそれはイノにとって少々ハードルが高い問題だった。共通語でのコミュニケーションは(多分)大丈夫。しかし誰に声をかけるべきなのだろう。


 こちらと対戦の意欲がある人を見つけられれば早いのだが。ここに居る剣人たちは皆、見知らぬ(実際のところは、前日の時点ですでに噂にはなり始めているが)異国からの賓客である少女に、遠巻きに好奇の視線をちらちら送ってくるばかりだ。

 せめてタタラがいてくれれば気安く試合をしようと申し出てくれそうな(そうでなくとも申し込みやすい)のだが、あいにくと彼の姿は見えない。


 ――と、そんな中一人だけイノの前に駆けてくる者がいた。


「おい、外国人!」

『あ、』

 『猫さん』と言いかけてイノは口をつぐむ。昨日はその呼び方で怒らせてしまったのだから。少年の刺々しい雰囲気と派手な色味の服と頭髪。間違いなく昨日、脱走未遂で取り押さえられていたあの彼だった。

「なにか、用、ですか」

 たどたどしい共通語で返事をしたイノを、少年は敵意に目をぎらつかせて睨みつける。


「おめーも剣人だったんだな、チビ」

「はい」

「じゃあ、ちょっと付き合えや。昨日はオレを馬鹿にしてたみてーだが、ここじゃ俺が先輩だ。上下関係ってもんを叩き込んでやるよ」


 その少年よりもイノのほうが剣人としての年季やセンター内での扱いその他諸々が「上」であることをセンターの説明や剣人としての直感で理解している周囲の面々は、そのやりとりに内心ヒヤヒヤしていた。が、同時に「面白そう」と思ってしまっているのも確かで、成り行きを止める者は誰もいなかった。


「上下。叩く……?」

 イノは、首をかしげて少年の言葉の断片を口ずさんでいる。誘いを受けるか否かというより、言葉の意図がよく分かっていないといった様子だ。

「ああもう、勝負すんだよ!! 剣人同士じゃそれで語るのが一番手っ取り早えーだろ!?」

「おお、勝負」

 ようやく納得したようにイノは大きく頷いた。


「勝負。お受け、します」

 確かこれがニホンの作法だったはず、とイノは恭しく頭を下げて丁寧に返答した。

「ケッ、今更かしこまりやがって。手加減なんぞしねーからな、外国人」

「イノ」

「あ?」

「私の名前。あと、あなたの名前、まだ聞いてない」

「ハッ、てめーが勝ったら教えてやるよ!! 来な!」


 少年に促されるまま、イノは試合場コートへと向かった。

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