7.ご一行、今日のところはひと段落

 件のトラブルもあり、テーマパークの遊覧はまた後日ということになった。その後はテーマパーク外、研究支援センター管轄の各種施設を軽く紹介され、最後に案内されたのはセンター敷地内の寮の一室だった。


「こちらがセンターに在籍する剣人の居住スペースです。VIPルーム、と呼ぶには少々慎ましいかもしれませんが、剣人にとって最大限生活しやすい住居になっていると自負しております」


 と、タタラは手にしたタブレットに部屋の間取りを映し出す。

 そこは元々複数人での居住を想定されている部屋だったのだろうか、寮の一室というにはずいぶんと広々としておりキッチンも風呂も完備されていて部屋数も多かった。

 さらには寮自体が先に案内された食堂やトレーニングルームともほど近く、センターの敷地を出て少し歩けばテーマパークに行ける。部屋自体の快適性だけでなく娯楽にも事欠くことはなさそうだ。


「グスタフ様は隣室をお使いください。ほぼ同じ間取りの部屋ですので不便は無いかと」

「かたじけない」

 と、グスタフがそう礼を述べた隣で、イノが眉尻を下げた困り顔をして彼の袖を引いている。

『こんなに広い部屋、使えない。グスタフと一緒の部屋でいい』

「イノ。君ももう立派な淑女なのだから。異性と住居の区切りは付けておくべきだ」

「……むう」

 そうたしなめられ、イノは不承不承と言った様子だが一応は頷いた。


「それから僕の部屋は二階の……ここですね」

 タタラはタブレットで寮の全体地図を表示し、自宅を指で示す。

「なにかありましたら、こちらに来てください。緊急であればこれで連絡を。すぐ駆けつけますので」

 最後にタタラが二人に携帯端末を手渡し利用方法と翌日のスケジュールを簡単に説明して、この場は解散となった。


■■■


 とりあえずグスタフとイノは一旦別れ、それぞれの部屋で荷解きをすることにした。とはいえイノの私物は元々少なく、あらかじめ届いていた段ボールの中身――国から支給されていた制服や下着をクローゼットにしまい込む程度であらかた終わってしまった。


「……ふう」


 少女は一息吐いて、ベッドに横たわる。肉体疲労こそほとんど感じていないが、色々なことがあって頭と心の中がパンパンで、少し整理したい気分だった。


 そんな少女の顔を覗き込む者が一人。


「いやァ姫様、実に運命的な出会いでしたねェ!!」


 男とも女ともつかぬ顔立ちと甲高い声色の、いやに長身の「それ」が蛇さながらの口が裂けんばかりの不気味な笑顔を少女に向けている。

 それがさらに顔を近付けてきたものだから、そいつのひどく長い漆黒の長髪がカーテンのように少女を包み込んだ。


「王子様……とはいささかキャラが違いますが、ミステリアスでエキゾチックな異国の天才剣士様は見目も剣技も実に秀麗、理想的な殿方ではありませんかァ」

『エセル、うるさい』


 エセルと呼ばれたその彼だか彼女だかは、身にまとう衣装は形こそイノの軍服にも似た騎士の礼装にも見えるが過剰で下品な装飾と極彩色の配色であり、騎士というより道化のそれだ。

 声もさることながら、姿もまた目に「うるさい」存在だった。


「ウルサイのはいつものことでしょう? なにせ姫様の人生を愉快に彩るニギヤカシ役ですのでェ」

『はいはい』


 イノはくだけた調子で応答する。彼女がこんな雑な対応を見せるのはおそらくこいつ相手の時くらいだろう。

 イノにとってエセルは秘密の友……? 友情かは定かではないが、長い付き合いで一定の情は湧いていると思う。多分。とにかくそういう関係の存在だった。

 ただ、それを知る者は今のところイノ一人だけだ。


 なぜならエセルはイノにしか認識できない存在だからだ。


『そういうわりに、今日は外であんまり喋らなかったね』

「えェ。姫様の運命の出会いに茶々を入れるのも野暮と思いまして」


 実のところエセルはほぼ四六時中イノの視界内にいて、なにかしらを話しかけてきているのだが、当のイノはほとんど無視を決め込んでいる。会話に応じるのは、こうして真に二人きりになった時だけだ。


『……あれはエセルの仕業?』

「さて、なんのことやら」

『カグヤを見た時、私が私じゃないみたいだった』

「クヒヒヒ! まさかァ、ワタクシめ如きが姫様の意識や身体を自在にどうこうするなどと!! 私にそんな不思議なチカラはございませんですよォ、ハイ」

 『イノ以外に全く知覚されない』という不思議極まりない性質を持っているくせに、よく言う。


「強いて言うなら姫様の血に重ね刻まれている本能の成せる業とでも言いましょうか。なればこそ《運命》と。そう形容するのでございます」


 エセルは黄金に光る眼を三日月のように細め、イノを見つめる。


「さてさて、これよりしばらくはあの王国の監視の緩い異国での暮らし。忌々しい王国に居続けても一生触れられなかったモノに数多く出会えるやも。これからの生活が楽しみですねェ、姫様?」


 イノは答えずに目を閉じる。そろそろ喧しいエセルの声と姿をシャットダウンして、今日の出来事をゆっくり反芻はんすうようと。そう思っていたが――記憶を引っ張り出すより先に、イノの意識は途切れていた。

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