6.案内人、とにかく平謝りする
「本っっっっっっ当に申し訳ありませんでしたァ!!!!」
タタラはカーペット張りの床に額を擦り付けて謝罪の言葉を述べていた。ニホン伝統の謝罪モーション、土下座というヤツだった。
件のショー乱入がひと段落してすぐ、タタラは大慌てで客人二人とマサムネを演じていた青年を即座に園内ホテルのVIPルームに連れ込んでいた。
パーク内でするにはずいぶんと込み入った話題(なによりメンバーが目立ちすぎる)、かといって客人二人を最寄りのバックヤードに通すのもテーマパークの趣旨としてはよろしくないというタタラの判断で、急遽この場を借りることを思い立ったのだ。
「いやいや、構わんよ。ショーも予想以上の盛況だったしなにより楽しかった」
謝罪の相手であるキャストはというと、あっけらかんと笑っている。
「それより。こうしてマヒトツ職員が随伴しているあの異国の少女。一体どういう事情なのか、教えてえてくれないか?」
「それは……」
■■■
イノもまた、タタラたちがそんなやりとりをしている隣室でグスタフのお叱りを受けていた。
『どうしてあんなことをしたんだ、イノ』
ベッドに腰かけて縮こまっているイノに、落ち着いた、しかしかすかな怒気を含んだ低い声でグスタフが問い詰める。
(……なんでだろう)
グスタフの問に、イノは首をかしげていた。
とても上手な剣闘を見ているとワクワクするし、なんなら自分も混じりたくなる……というのが生来の性質であると自認はしている。
けれど今の自分は仕事でここにいることは理解していたし、《周期》もまだ遠い。まして見知らぬ土地に長期滞在するのだ、そんな欲求は心の奥底にひっこめて大人しく言われるまま従っていようと……そう心がけていたはずなのに、なぜかあの瞬間は迷いもせずあんな行動に出ていた。
『変なの。確かにあの人の剣闘、見惚れるくらい綺麗だった。少しの間見ていたいと思った。……けど、それからはあんまり覚えてない』
『……』
グスタフは額に手を当て黙りこくってしまった。その言い訳に呆れているというより、なにか思案している様子だった。
そうしてしばらくの間、沈黙が支配していた室内にノックの音が響いた。
「そちらの話は終わったかな? 入っていいだろうか」
ドアの向こうから聞こえてきたのはキャストの青年の声だった。
「ええ、どうぞ」
グスタフの声で、ドアが開いた。
そこにいた青年は気を悪くした様子は微塵もなく、穏やかに笑んでいる。
「お説教は終わったかな?」
「説教、というほどのことは……」
「こちらも良い思いをしたのだ、あまり怒らないでやってくれ」
「それは……いえ、はい」
歯切れの悪い応答をするグスタフの横を通り抜け、青年はイノの眼前に立ち、目線を合わせるように
「イノ、というそうだな?」
「はい」
「今回は楽しかった。とはいえ毎回こんな調子で出会っては周りに迷惑をかける」
「……はい」
「というわけで、だ」
青年はイノの眼前へ紙片を差し出した。品の良い縁取りが施された上質紙に、共通語でなにか書かれている……おそらく名刺というものだとイノは思い当たる。
「俺はカグヤ。園では別の名を背負ってはるが、こちらが本名。こんな名前だがれっきとした男だ」
「女の子の名前?」
「ああ、この国だとそう受け取られる響きの名でね」
「可愛い、名前?」
「ははは、そうだな。可愛い名だろう」
青年――カグヤの快活な笑顔につられるように、イノもまた微笑んでいた。
「君の事情は聞いている。落ち着いたらこちらに連絡してくれ。
目の前で行われている明らかな口説き行為にグスタフは何か言いたげだったが、結局会話を打ち切る上手い言葉が出てこないようで、やきもきと見守っているだけだった。
「では、まだ勤務時間なのでな、そろそろ失礼するよ。また会おう異郷の姫君」
「はい。……またいつか」
ひらひらと手を振り部屋を出ていくカグヤの後ろ姿を、イノもまた小さく手を振っ見送っていた。
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