5.東西の美剣士たち、対面する
大通りにできた人の輪は、一瞬にして静まり返っていた。
目の前のショーで発生した突然のアクシデントに興が冷めたわけではない。むしろ逆だ。
「あなたの剣、綺麗。もっと、見せて」
言うが早いか、少女は剣を突き出し青年に突進してきた。しかし青年剣士の刀はそれを流麗に受け流し、それを認めた少女はすぐさま間合いから飛び退く。
シュヴァリエントで人気の『主人公格』の一人である青年剣士マサムネの前に、剣を携えて舞い降り、あまつさえ一太刀浴びせた見知らぬ異国の美少女。
あまりにも「絵になる」その光景の衝撃が、観客たちを黙らせていた。
(さて。これはこれは……)
少女の登場に一瞬だけ呆けていた青年剣士だったが、すぐさまプロとして培った思考をフル回転させていた。
彼女が新入りのキャストであるなら事前に連絡くらいは入っているはずだ。となるとこの少女は完全な部外者。ならばキャストとしては巧い具合にアドリブを利かせ、自然な流れでショーの終了を示しさっさと少女と観客を解散させるのが最適解だろう。
さきほど倒した悪漢役のキャストたちもその考えに至っているようで、すでに適当な捨て台詞を残して輪の外へと退散している。こうして本来想定されていたショーの内容を終えると共に、バックヤードから運営の方へ連絡、対処などを仰ぐのだろう。
(ならば俺はどうする)
青年は思案する。
彼の演じる『異世界転移者マサムネ』は異世界で通用するほどのずば抜けた剣の才能があるにもかかわらず慎重派で怠惰な側面もあり、急な面倒事は回避したがる……という設定がある。よって「知らん女が剣を向けてきたが、面倒事は御免被る」と退避するのもロール的にも職務的にも正しい。
だが。
(少しくらいなら――)
どういうわけか、胸が高鳴っていた。それはトラブルを前にした緊張によるものではない。純粋で気持ちが良い高揚の脈動。――青年は、全身を巡るその心地良い感覚に身を委ねることにした。
「特別だぞ?」
青年はニッと笑むと先の少女の挙動を真似た、彼らしからぬ隙が大きい突進で一直線に距離を詰める。それに対し少女もまた、先の青年の動作を真似、避けることなく……迫る刃を自らの剣で受け止めた。
キィン!
交わる刃が、澄んだ音を奏でる。その音も、両者の佇まいも。すべてが凛と静かな美しさがあった。
が、直後にその美は「動」へと反転する。
どちらからともなく、苛烈な剣戟の応酬が始まった。
示し合わせていたわけでもないはずなのに、まるで最初から型が決まっていたかのように。剣を交わし、躱し、息の合った舞踏さながらに、二人の動きは一対の芸術と化していた。
いざ立ち会ってみれば、少女の見慣れない軍服もよく計算されているものだ。豪奢に盛った過剰な布地は、彼女の動きに合わせてさながら花が開くように艶やかに膨らみひらめき、優雅に舞踏に興じる貴婦人あるいは花の妖精といった可憐な雰囲気を醸し出すのに一役買っている。
――この娘、同類だ。
青年はすぐさま悟っていた。この少女、単純に剣術の心得があるだけでなく『観せる』剣戟に慣れている。
もっとも、観せる剣の才能の持ち主だけならばこの園にもごまんといる。――だが、それらとは決定的に違う。
――こいつは生粋の戦士だ。
雑兵などいくらでも打ち負かし、殺戮できるような。その壮絶な闘争の才覚を、「観せる」型に上手くはめ込んでいる。
(いかんな、これは)
青年は内心苦笑していた。
止め時が分からない。互いの応酬に途切れるような隙が無い、というのもある。だがこちらが「ショーの終わり」を演出しやればおそらく向こうも自然と止めるだろう。相手がそういう心得のある人種だという確信は持てる。
だが、それをしたくない。この遊戯を終わらせたくないのだ。
打ちあうたびに少女の動きの鋭さが増している。その様が実に美しく、愛い。
もっと、もっと先を見てみたくなる。なんならこのまま限界まで追い込んで、そのお行儀のよい剣技の型を削ぎ落し尽くして、彼女の本来の剣を引きずり出してやりたくなるというもの……――!
「やめなさい、イノ!!」
不意に頭上から降ってきた怒号に、ピタリと周囲の喧騒と少女の動きが止まり、青年もまた反射的に剣を止めていた。
突然に熱を失い静止した世界、その中心に立つ少女の夢から覚めたような瞳を見て、青年の胸中に安堵と落胆が同時によぎっていた。
それからさほど経たないうちに警備隊姿のキャストたちが駆けつけることでようやくショーは終わりを告げ、人だかりはまばらに解散していった。
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