4.お客様、ニホン製の『異世界』を体験する

「わぁ……」


 目の前に広がる風景に、イノが感嘆の声を漏らす。

 故郷のそれによく似た、けれどもどこか違う西洋風の街並みに、国籍の分からぬ民族衣装や旅装、鎧を身につけた従業員キャストたち。見たこともない奇妙な形の山や洞窟を模したアトラクションもあれば、不思議な色合いの植物(を模した造花やオブジェ)が生えた庭園――そして車中で眺めた、あの大きく立派な西洋造りの城。

 そんな風景の中、ニホン人をはじめとする多種多様な観光客が楽しげに闊歩している。


「どうです、ここがニホンが誇る一大テーマパーク、シュヴァリエントワールドです!」

 心なしか誇らしげに胸を張ってタタラが客人らにそう紹介する。

 引き続き賓客の案内を任された彼によって、イノたちは事前の約束通りにテーマパークへと案内されていた。


「このワールドの題材となってるシュヴァリエント戦記シリーズ、その世界観設定にはニミュエ王国の歴史や文化をベースにしている部分も多く、一部のアトラクション関しては王国古来の建築様式の再現率が高いと評判でして。そういった部分もぜひとも見ていただけると――」

 タタラは園の知識を披露するのが楽しいのか、かなり饒舌だ。


「と。口頭だけではこのワールドの魅力は伝えきれませんね。さて、まずはどこに行きましょうか? ただ散策するだけでも目に楽しいですし、体験型アトラクションに、ショーに、飲食店。なんでも揃っていますよ」

「ええと」

 イノはたどたどしく、ジェスチャー混じりの共通語で言葉を紡ぐ。

「もっと、広く、見たいの」

「ふむ。広域を一望できる場所ですか。ここから近い展望エリア……この時間帯とこの込み具合なら……」

 わずかの思案の後、タタラの目が鋭く輝いた、気がした。


「いいでしょう、付いてきてください。すぐ近くに良い眺めの場所があります!」


■■■


 タタラの案内でやってきたそこは、街を模したエリアのようだった。ただし、その景観はいささか奇妙なものであった。

 そこは、まっすぐ伸びる広い大通りを挟んで左右に家々がひしめき合って立ち並び、そこから通りの上を横切るように洗濯物や旗を吊るした紐や吊り橋が大量に向かいに渡されている。


「なかなか面白い景観でしょう? この大量の吊り橋が街を複雑に繋ぎ、有事の際に大通りを攻めてくる輩を能率的に射撃できる足場になるのです」

 タタラの説明によればそういう設定の場所らしい。もちろん実際のところ戦の物々しい気配などは微塵も無く、観光客が実に暢気のんきに大通りや吊り橋を渡っている。


「モチーフが国境監視の街、ということで展望スペースである物見櫓ものみやぐらがいくつか用意されているんです。さあ付いてきてください、今の時間に空いている櫓まで迅速かつ快適に案内いたします」


 そう言うとタタラは迷いのない足取りで最寄りの一軒の建物――エリアの出入口付近の詰め所のような建物へと向かった。そのまま階段を上り、二階のテラスから伸びる吊り橋を渡り、たどり着いた家からまた別の吊り橋を進み……

 なるほど彼のルート選びは実に巧妙なようで、人ごみにつかまって一向の歩調が緩むようなことは全く無かった。


「おや」

 そうして何度か外の吊り橋へ出たところで、タタラが間の抜けた声を上げて歩く速度を緩めた。見れば、進行方向にいる観光客らが皆、足を止めて下を眺めているのだ。それを見てタタラの顔色が曇る。


「まいったな、計算外だぞ何を間違――」

 とぶつくさ言いながらタタラは橋の下を覗く。すると大通りの中央、人だかりに囲まれてできた丸い空間に数人のキャストの人影が見えて、すぐに合点がいった。


「ああ、なるほど」

「あの人だかりは一体?」

 グスタフの問いに、機嫌が直った――むしろ上向いた調子の声でタタラが答える。

「キャストの殺陣……剣闘のパフォーマンスですね。時折、ワールドではああいう風に突発的なミニイベントとしてちょっとした剣劇が行われるんです」


 ちょうどその催しは始まったばかりのようで、複数人のなにがしかの口上の後、刃の交わる軽快な音色が聞こえてきた。


「ある程度の法則性はあるものの、ああいうミニイベントは基本的に場所も時間帯もランダムでの開催ですので、こうして見られるのは幸運なことです」

「……」

「……イノ?」

 グスタフが連れの様子にわずかな異変を感じ声をかける。しかし彼女から返事は無くこちらを振り返りもしない。少女はただただ橋の下――大通りで繰り広げられている剣戟に目が釘付けになっている。タタラはというとその様子に気付かないようすで解説を続けていた。


「さらに幸運なことに。あれはこの園一番の人気キャストですよ。実はですね、彼も剣人でして、なんならこの国でトップクラスと言っても過言ではない剣士で――」


 タタラの解説を聞いているのかいないのか、イノは彫像のように固まっていた。それを見かねたグスタフが彼女の肩に手をかけようとしたが――遅かった。


 次の瞬間には、少女は吊り橋の欄干を軽々と跳び越えていた。

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