3.センター総責任者、歓迎する
「いやはや、せっかくの来訪時期にトラブルがあったみたいで。お見苦しいところを見せてしまったようですね」
やはり人種の違いによる印象の差かもしれないが、グスタフらから見て所長は思いのほか若い印象だった。長としての貫禄と若々しい気さくな雰囲気が絶妙に同居するその独特な佇まいは、グスタフと一回りも違わない程度の年齢に見える。
「その件については僕が対処しておきました。現在、脱走したトガノ少年の拘束・回収は完了し、負傷者はゼロです」
「そいつはなにより。君が居合わせてくれたのは不幸中の幸いだったな、ありがとう」
タタラの報告に、所長は気さくに労いの言葉をかける。彼の顔にイノの言葉が残した妙な
「誤解しないでほしいが、あの子はレアケースでね。
素行が悪く脱走未遂の常習犯だが、まだ致命的な犯罪行為までは犯してはいない。単に思春期特有の反骨心と行動力が人一倍有り余ってるのさ。ああいう子に正しい力の使い方を教えるのもこのセンターの役割なんだ」
所長の説明にグスタフが重々しく頷く。
「ええ、存じています。実際、ニホン国は剣人体質の人口割合に対して剣人がらみの犯罪は世界でもかなり少ない。剣人の研究や福祉充実の最先端の国である証左です」
「そこまで賞賛されると面映ゆいね」
「我が国も剣人との共存は重要視されていますが……まだ剣人にまとわりつく因習や迷信も多い」
グスタフはそう言って隣に座るイノを見やる。
「……ま、込み入った話になりそうだしその辺の話は今はやめておこう。それよりも本題だ。改めて今回の来訪理由を手短に再確認しておこうか」
「はい」
所長が顎でうながすと、秘書の手により今回のプロジェクト資料の束が所長と客の二人に手渡された。それには王国語も併記されており、共通語の聞き取りはまだしも判読がまだおぼつかないイノは内心安堵していた。
「今回来ていただいた理由はすでにご存じかと思うが」
「……私」
ぽつり、とイノが呟く。
「そう。世界でもほぼ唯一、希少な性質を持つ剣人であるそちらのレディ・イノを、我々ニホン国剣人保護研究機関――通称マヒトツ機関にて観察・研究したいという話だ」
ぺら、と所長が手元の資料をめくる。
「その資料にも書いてあるが『観察・研究対象とはいうものの、あくまでも人道と礼節を尽くした待遇を約束し、その身の安全と快適な生活は弊機関と我が国の威信を懸けて保証する』というのが今回そちらと取り交わされた契約だ」
「ええ。王国においても、彼女の特殊性について早々に解明すべきという声が前々からありました。そんな中、そちらからこれほど丁寧で手厚い打診があったのは実に幸運でした」
「そりゃ結構。……で、だ」
所長が目くばせすると、秘書が机の上に一枚の書類を取り出した。
「あなたがたがここまで来てくれた時点で王国は公式にこのプロジェクトを認めているとは分かっちゃいるが……念のため、もう一段階契約を用意したい」
「……というと?」
グスタフが怪訝な顔で机上の紙――契約書に視線を落とす。
「心配しなさんな、不利な条件を後付けするわけじゃない。あなたがた、当事者であるレディ・イノとその保護者であるグスタフ団長。実際に二人の目から『この場所に身柄を預けても良い』と確信したうえでその意志を書面に記してほしい、そういう話さ」
「……ふむ」
契約書に目を通すグスタフからは訝しむ様子は消え、その内容――所長の真意を真剣に吟味しているようだった。
「今すぐ承認してくれ、とは言わない。しばらくここで過ごして、預けるに足ると思ったなら改めてサインしていただきたい。
逆に、もし安心して身柄を預けるに足る環境でないと思ったならば、彼女を連れて帰国していただいて構わない。なに、プロジェクトを蹴った責任や咎は追わないようこちらで最大限の対処させてもらう」
「……寛大な対応、痛み入る」
グスタフの言葉に、所長はニッと笑う。少なくともその快活な笑顔からは、口先で目の前の客人を
「いやいや、最初に無理を言ったのはこちらのほうだからな。サポートは十全にしたいし当事者の意志は最大限尊重したい。そういうポリシーさ」
「それじゃあ」と所長は立ち上がると、芝居がかった大仰な動作で大きく両腕を開いた。
「それじゃあ改めて、ようこそニホン国――いや、シュヴァリエントに、というべきかな? 実在する異世界ってヤツを、どうぞ楽しんでいってほしい」
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