2.マヒトツ職員、不良少年を補導する
「古来から、その特殊能力を持つ人間は世界中にいた。体質の発現は主に思春期から20代の頃が多く、常人より生まれつき身体能力・自然治癒力が高いといった兆候がある」
剣を振るいながらタタラが暗唱しているのは、協会が《彼ら》に配布している教本の内容だ。
「無から――正確には心身から刀剣を具現化させる能力者。現代ではそれは
「うるせえなゴチャゴチャと!!」
その言葉数の多さにもかかわらず、タタラには呼吸の乱れ一つ無い。それどころか素早く手数の多い少年の突きを一つ残らず弾いている。
「それは確かに暴力に繋がりやすい特異体質ではある。だが現在は研究が進み、その性質との適切な付き合い方とそれを助ける福祉が確立されている。だからこそ、我々剣人はそれらを利用し適切な制御と学ばなければいけない」
「クソが! ここの奴らはどいつも説教たれやがってよぉ!!」
少年は苛立ちを隠さず吼え、ナイフを突き出す。
その手にしたナイフと身体捌きの鋭さは荒々しいながらもなかなかに見事なものだった。とはいえ得物のリーチの差や、経験の差からくるのであろうごく軽微な動きの無駄が、確実に少年の隙を広げていく。
結局、剣戟の終わりは一瞬だった。
ひたすらに攻め、前進することしか頭に無かった少年はタタラの不意の足払い一つで大きく姿勢を崩す。直後に彼のナイフはタタラの長剣の一突きで弾かれ、少年の後方、追いかけてきていた女性職員の足元に転がり落ちてそのまま霧散した。
「っ」
「させるか」
もう一度手元にナイフを現出させようとする少年の手首をタタラは素早く掴み、体重をかけて床へ組み敷く。その時点で彼の得物もまたすっかり何処かへ消えている。
「いででででで!!」
「斬られればこの何倍も痛いんだぞ。苦痛を感じるのは損だろう? 不要な戦闘行為をするんじゃない」
などと説教をたれながら、タタラは実に手慣れた様子で床に転がしたままの少年を後ろ手の体勢にさせ、懐から取り出した金属製の手錠をかける。
それから少しすると複数人がやってきて、持ってきた縄やらベルトやらで手際よく少年を拘束していった。
「手馴れているな」
「タイミング悪くお見苦しいところを。普段は物騒な場所ではないんですよ。今はたまたま特別手間のかかる子がいるだけで」
グスタフの言葉に、タタラはばつが悪そうに苦笑をする。
「……」
イノはというと少年を興味深げに凝視していた。彼女と少年との間に面識は全く無い。だが、少女にとってその姿は強い既視感があった。
そう、あれは母国の市場や路地裏でよく見た。向こうが勝手に足元まで走ってきたのに「目の前を塞ぐ人間が悪いのだ」と言わんばかりに威嚇をしてきて、あまつさえ噛みつこうとしてくる――
『……猫さん?』
「ぶふぉっ!!」
「あぁ!?」
イノの呟いた王国語の意図を理解してしまったタタラが噴き出す。異国の少女はこのやたら噛みついてくる(と形容するには少々物騒で強面すぎる)少年を愛らしい小動物に喩えたのだ。
ほとんど王国語が理解できない周囲の職員はもちろん、元々気の利いた会話が不得手なグスタフと、肩を震わせ笑いをかみ殺しているタタラではうまいフォローなどできようはずもなく。
「おいこのクソチビなんつった!!? 殺されてぇのか、あァ!?」
少年が完全に「外国人に知らない言語で侮辱された」と認識してしまったのは明白だった。
「こ、ここは彼らに任せて……行きましょう、所長を、待たせてますし」
このままここに居ても色々と泥沼になりそうだったので、未だ口の端を不格好に歪ませながらもタタラはとりあえず本来の職務に戻ることにした。賓客らもその意を汲み、大人しくそれに従う。
『ばいばい、可愛い猫さん。また会えるといいね』
と、イノは遠ざかる少年の姿を振り返り小さく呟いていた。それをしっかり聞いてしまったタタラは、また道中で噴き出すこととなった。
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