【1】ようこそ、異郷の少女剣士様

1.王国の賓客、ニホンへやってくる

『グスタフ見て、お城! ニミュエにあるのとそっくり!』

 送迎車の後部座席、ぼんやりと異郷の街並みを見ていた少女がにわかに明るい声を上げた。


「イノ。こちらではなるべく共通語で話しなさいと言っただろう」

 そんな少女を隣で嗜めたのは、もう一人の賓客――ニミュエ王国の若き騎士団長のグスタフだ。金髪を短く刈ったその軍服姿の青年は。騎士などという古風な称号も似合ってしまうような精悍な若者だった。


『ははは、今くらいはプライベートだと思って気楽にしていただいて良いんですよ。それに、《あれ》を喜んでいただけるのは我々にとっても名誉なことだ』


 と、運転手――ニホン人職員であるタタラが流暢な王国語で語りかける。洗練された印象の黒スーツ姿ながらどこか学生に見えなくもない(のは、賓客ら西洋人から見た補正もあるのかもしれないが)若々しい容貌の彼だったが、その言動には確かな落ち着きと知性を湛えており外国人の応対にもだいぶ手馴れているようだった。


「お城、綺麗。ここにあるの、なんだか不思議……」


 車外を見つめたままそうつぶやく少女イノもまた、ニミュエ王国騎士団の一人、れっきとした軍人である。

 ただし彼女は騎士団……というより王国にとって特殊な立場ゆえ、その軍服はシフォンであしらったリボンやフリルがふわりとひらめく華美なアレンジが施されていて、団長グスタフの標準的な正装と異なりその姿はだいぶ儀礼的もしくは偶像アイドル的と言える様相であった。

 そんな姿の彼女が夢見るような眼差しを車窓へ向ける様は、彼女の生来持つ神秘的な印象をより強め、本物の幻想存在――天使や妖精の如く見せていた。


 ――そんな少女は、これから本当に幻想世界へと招かれることになるのだが。


■■■


 シュヴァリエントワールド。

 首都にほど近いC県の山間に位置する広大な敷地の大型遊園地は、ニホンで根強い人気を誇る異世界ファンタジー作品 《魔剣大戦-シュヴァリエント戦記-》シリーズの世界観を忠実に再現したテーマパークだった。

 その再現度とアトラクションやパフォーマンスの質の高さは原作ファンのみならず国内外で広く評価され、人気の観光スポットとなっている。


 ……そんな巨大遊園地の端にひっそりと併設されている飾り気のない建物群、「SD研究支援センター」に、外国からの賓客二人は来ていた。


「話には聞いていたが、本当にこんなところに本部があるとは」

「ええ。立地的に都市圏との適度な距離であり、なによりあのテーマパークと近いことに大きな意義があるんです」


 タタラの案内で廊下を進む間にも、彼らの情報交換は頻繁だった。……が。

 元より職務のつもりで来ていたグスタフはとにかく、イノの方はというと、一応涼しい顔こそ作っているが明らかに車中の時よりしおらしくしており、窓の向こうに遠く見える遊園地に頻繁に視線を送っていた。到着した目的地が、(厳密には)強く興味を引いたあの場所ではなかったことに少なからず落胆しているらしい。


 しかしタタラもそれには気付いたようで、

「レディ、ここの案内が終わったら遊園地の方へも行きましょう。あちらも一応は我々 《一目マヒトツ機関》の管轄施設でもありますので、よく知ってもらう必要があるかと」

「……うん。行く」

 その提案に少女の表情が崩れることは無かったが、その瞳には確かに喜色が宿ったのだった。


 ――と。

 一行の進行方向から、慌ただしく駆けてくる足音が聞こえてきた。


「タタラさぁん!! その子!! 捕まえてェ!!」

 その足青と共に、甲高い悲鳴が飛び込んできた。見れば女性職員が必死になって一人の少年を追いかけていた。年の頃はイノと同年代か少し上か。ニホン人にしてはかなり明るい色味の髪を振り乱し、鬼気迫る形相で走ってくる派手な柄のタンクトップ姿の彼は、どう見てもここの職員ではない。


 眼前の障害物にんげんを認めるやいなや、少年は咆哮し拳を振り上げる。


「どけやぁああ!!」


 ――その拳には、いつの間にか大振りのナイフが握られていた。だが、彼の眼前の一行はその刃に怯みもしない。

 駆けてくる暴漢に立ち向かおうとするグスタフを片手で制し、タタラが客二人の前に出た。


「許可されていないエリアでの抜刀、今回のペナルティは重いぞ」

「うるせえ!!!」

 タタラが静かな声で警告の言葉を発するも少年の突進は止まらない。


 刹那。


 キン、と刃の交わる涼やかな音がした。


 突き出されたナイフの刃を、別の刃が防いでいた。――タタラの手にもまた、鋭い銀色の剣が握られていたのだ。

 その姿はスタンダードで古典的ですらある西洋長剣ロングソード。特別な装飾があるでもない、しかし磨き抜かれた刀身には無駄のない美しさがあった。


「さて。臨時の授業をつけてやろうか、少年」


 その白銀の刀身に映るタタラの顔は、小さく笑んでいた。

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