第49話
そうして式が始まった。
ソラは式場の前で落ち着きがなくそわそわとしていた。あと5分もすれば奏子もここへ来て、二人で入場する。きっとバージンロードには自身のお世話になった人たちが来ていることだろう。
嬉しいような、だけれどくすぐったいような。そんな感情がソラの胸にもやもやと浮かぶ。
「お待たせ」
「いや、待ってないよ。
後ろを振り向くと純白のドレスを身にまとった奏子が、自信ありげな顔をして立っていた。
「綺麗だな」
「当たり前でしょ」
「にしても……。神社で式を挙げるのにタキシードとドレスって。なかなか斬新な発想だよな」
「常識だけが全てじゃないの。そんなものに囚われていたら自分らしさを見失ってしまうもの。それに何より面白くないじゃない」
「……お前らしいな」
奏子はにやりと笑い、ソラの右腕に自分の腕を強引に引き込み絡ませる。
「お前な、せっかく綺麗にしてもらったんだから……」
「いいの! いいのよ。ねえ、ソラくん」
「ん?」
「私、今とても幸せよ」
着崩れてしまうのではないかと不安になるが、それ以上に幸せだということを全身で表現している彼女を見て、ソラはここにきて急に実感が沸いた。
――俺、本当に今日結婚するんだ。
そう思うと、本当にここまで沢山のことがあったと、思い出が振り返ってくる。
ナツが死んで、父親ともうまくいかなくて。大学に入学してすぐの頃奏子と出会って、彼女と話していくうちになんの因果かナツの妹だと知って。いろんな話をしていくうちに付き合うことになって、そうして今日結婚する。
「これは全部、ナツの仕組んだことなんだろうな」
くすりと笑ったのが奏子に聞こえたのか聞こえなかったのか、奏子は目が合うとソラに微笑み返した。
扉が開く。俺たちはここからまた始まるのだ。日の光が差し、ソラたちを包み込んだ。
ひとしきりの式は終え、舞台は披露宴へと突入する。開始の演目はカイと姉3人衆による舞が行われた。日本舞踊のひとつで、古典的な音楽と鈴の音が程良い。
これはあの花火を見に行った日に、カイが神台で舞っていたものだった。
「懐かしい?」
奏子が横で呟く。
「そうだな。地元に戻ったら必ず見に行くものだったから……懐かしいな」
「そっか。――兄さんもきっと、好きだったんだね」
「……ああ」
カイの演目が終わり、次の演目はリクが持ってきた。よくある“思い出”のビデオだった。ソラと奏子が出会った頃のシーンから始まった。同じ大学だったリクがドキュメントを撮りたいと話を持ち掛けてきたのだ。大学の前で待ち伏せして一緒に帰ったり、デートしたり。ついこの間のことなのに懐かしく思う。その5分後、何故この動画を撮る必要があるんだ? と思っていた動画が流される。
“お互いに好きなところは”“初デートの場所は”など、普通なことを聞かれた。ソラは“え、それ何かの暗号?”とリクに返した。リクは“いいや”と答えたので、少し引っ掛けかもしれないと思ったソラはその時ひねった答えをした記憶があり、そしてそれは見事に予想通りスベったのだった。若干の笑いが会場を満たした。奏子も笑っていたのだった。
楽しい時間ももうすぐ終わる。残すは、テレビなどでよく見るような両親への感謝の手紙を読む時間となった。照明が暗くなり奏子がスタッフにより用意されたマイクの前に立つ。ふと、ソラは目の前の客席が気になった。カイもリクもちゃんといる。新太郎も、ナツと奏子の母である唯子もいる。では何故違和感を感じたのだろうか。
その答えは出席者の中にいた。
――あれ? あの人……確か……。
10年前、ナツの取材をしたいと言っていた記者の夏目紘人だ。どうして……。
きっと奏子が招待したんだろうことは予想がつく。そしてその横にはソラの父、雅治が座っていた。来てくれたんだ。
10年前から戻ってきて数日、忙しく雅治には何も連絡できていなかった。きっと新太郎が知らせておいてくれたのだろう。今日、空けてくれたんだと思うと涙腺が震える。10年前の夢以来、父親への見方が変わった所為か、今彼と目を合わせることはすんなりとはできなさそうだ。
「皆様、この度は私たちの新たな門出に御越し頂きまして誠にありがとうございます。……少しだけ、私に時間をください」
お願いします、と奏子が司会のスタッフに何かを渡した。何を渡したのかは、はっきりとは見えなかったが、それはSDカードのようなものだった。なんだろう、映像でも流すのだろうか。
『――あれ? もうこれ始まってる?』
その声が聞こえた瞬間、ソラは、そしてきっとカイとリクも時が止まったように静止していたことだろう。
『どうも! “アナザーデイズ”のナツこと、星川夏人です。アナザーデイズのみなさんお元気ですか~? ……って、まあみんなは元気にしてるよね』
なんとも言えない感情がソラの胸を締め付ける。
ソラは、自分の結婚式、自分が幸せになる日のはずなのに、何故だか責められている気がした。
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