第50話
10年前――。
「どうして取材を受けてくれる気になったんだい? 夏人くん」
夏目が機材をてきぱきと病室に設置していく中、そうナツに問い掛けた。
「さっきも言ったと思いますけど、家族に撮ってもらうのは厳しいし、かと言って、友達に撮ってもらうにもデリケートなことを言うつもりなので呼べないし。適度にいいところと言ったら頼れるの夏目さんくらいかなって」
それは本心だった。もしも妹の奏子に協力を仰げば、彼女を傷つけてしまうかもしれないと思った。唯子にお願いしようにも、今の状況であれば否定せず協力することだろう。
何故ならもうすぐ死ぬからである。
アナザーデイズの三人も例外じゃない。きっとナツの体を気遣って撮影をするだろう。だがナツはソラたちと対等でいたいから、頼れないと判断した。
「そうか。……よし、準備ができたよ」
「ありがとうございます」
さあ、始めようか。
これが僕の生き様だ。
生きた証。
それを残す為に。
妹やソラたちに伝えなきゃいけないと、そう思えたから。
「……って、あれ? もうこれ始まってる?」
こくりと夏目がにやついている。なんの前触れもないまま、撮影が始まった。(始まっていた)
「えっ、ちょっと言ってよ! こほん。どうも! “アナザーデイズ”のナツこと、星川夏人です。アナザーデイズのみなさんお元気ですか~? ……って、まあみんなは元気にしてるよね」
当たり前か。だってみんなは健康児なんだもの。なんてナツは一瞬考えてしまって、きっと今の瞬間だけ表情に曇りが見えたことだろう。
「……今日こうして一人で撮影しているのは、まあみんなと撮ってしまうと悲しくなるからで……。って、これは言い訳になっちゃうのかな」
一度手放そうとした『友達』というつながりを再びこの手に取り戻した。だからこの幸せを失いたくない。たった一言で、人はつながりを断つことができる。そういう生き物なのだ。
「とりあえず何から話そうかな。僕のプロフィールから?」
夏目がテンプレートを使って進行をしてくれている。その本人はまったく動画に参加しない。徹底した取材振りだった。
「星川夏人です。あと1週間で20歳になります。実はみんなよりも年上だったりするんだよね。誕生日は9月1日。特技はピアノかな。日本最年少で色々な賞を取ったりしていました。……後はー、これくらいかな?」
指折り数えてみても自分のプロフィールというのは自分で思っている以上に知らないんだなと感じた。
「あ。今どうして入院が長引いているのか伝えてなかったよね。えと、
友人が突然目の前で血を吐き出したら、そりゃあ誰でも引く。なのに、そんな怖い状況にいても、その場から彼らは逃げなかった。
「手術をして命は取り留めたんだけど、それ以上に昔の病気が再発しちゃって。ほかの内臓がやられてるらしくて、その治療の為に今は入院しています」
あの時、本当に彼らがいなければそのまま死んでしまっていたかもしれない。
「あの日、離れずにいてくれてありがとう。みんながいたおかげで僕は今こうして生きられているんだ。ありがとう」
ふと急にナツは自分の言葉が果たして本心なのか自分で分からなくなっていた。生きることの執着が今まで皆無だからだった。
――きっとそう思っているということは、本当じゃないんだろうなぁ。
今まで思っていたことが全て嘘だったのではないかと思い知らされる。そう思うと、なんだかソラたちに申し訳なくなった。
「ごめんね、迷惑ばかり。助けてくれてありがとう」
もしかしたらこの言葉も、本心ではなく無理に言っているのかもしれない。そうだったとしても、ナツは言葉だけでも彼らに言うべきだとそう感じていた。
「まあ、辛気臭い話はこれまでにして。そうだな……あ、そうそう。この間ね、もうすぐ入院生活に切り替わりそうだからと思ってみんなに手紙を書いたんだ。今度会う時にでも渡すね」
あははとナツは笑った。そして「あ!」と良いことを思いついてしまったような表情をした。
せっかく動画を撮影しているのだから一度手紙を読んでから渡してみるのも悪くない。この動画を見る時にナツがその場にいることは、ほとんどあり得ない。伝えられる時に伝えなければ時間が勿体無い。
「……手紙を渡す前に、今日は動画を撮っているので一度ここで読んでしまおうと思います。――まずはカイくんから」
およそ10枚半程の手紙を手に持つ。自分にしてはよく書いたと思う。アナザーデイズのみんなはそれ程ナツにとって大切な仲間だった。
だから伝えよう。
僕には時間が無いのだから。
もしこの内容が彼らにとって不利益なものだったとしても恨まないでくれるだろうか?
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