第48話
結婚式当日。
式場はカイの実家でもある山代神社だ。これは奏子の意見でもあり、そしてソラの意志でもあった。
「ブッヒャー!」
式の2時間前。奏子は衣装に着替えるために別室へと行ってしまった。ソラも準備の為に着替える。こんな堅苦しい恰好は人生で一度だけでいいなと思った。着替えている最中にコンコンとドアがノックされる。
「はい」
「魚波空様、こちらへどうぞ」
「……はい?」
式場スタッフに連れられてやってきたのはメイク室だった。何をされるかと思えば、なんとそこにはカイの姉三人衆が腕を組み仁王立ちしていた。
――何事……⁉
これにはソラも素で引いてしまった。カイの姉三人衆が揃っている状況が珍しすぎてソラはその場から一歩下がった。
カイの姉三人衆と母親はそこらの界隈では有名なスタイリストだ。いつもは母親も同行しているはずだが、母親がいないところを見ると奏子についているのだろう。そう考えると……いや、にしても何故?
「とりあえず、おめでとうソラくん」
長女が言う。いや、とりあえずとは?
「さあ。誠のお友達だことですし」
次女が言う。
「まず手始めに」
三女が言う。
「脱いでもらいましょうか」と、まるで3つ子なのかと思えるくらいに息ぴったりに声を揃えて言った。
何故“本日の主役”が、あろうことか嫁でもない、なんなら友人の姉という微妙な立ち位置の人たちに脱がされなければならないのか。この謎は一生を掛けても理解できないと思うソラだった。
そして今の状況である。
髪の毛をセットされたソラを見に来た弟、カイが爆笑している。
「カイ……少し黙ってくれないか……」
「ぷくくくっ! す、ずごぐ、ぶっ、かっこいいじゃん……! あはははっ‼」
「いやお前めちゃくちゃ笑うじゃねえか! ふざけんな!」
「それ流行りの髪型らしいよ」
「リク、さり気なく動画を回すな」
「うん。恰好いいよ、ソラ」
「……何故そこでいじらない……」
「ぐふっ、ぶくくっ」
「笑いこらえてんじゃねえよ。てかなんでそういうお前も化粧なんかしてんだよ!」
カイはばっちりメイクで白い女性ものの着物を着ていた。これじゃあまるで――。
「あの日みたい――でしょ?」
目が合った瞬間心を読まれた。そうだ。これはあの花火祭りの舞台衣装、そのままだった。
「……なんで分かった? 俺の言いたいこと」
「だって今日はナツくんの誕生日でしょ。だからかな。あと、命日でもあるしね。ソラちんの晴舞台に顔出さないはずないもの! ぼくの出し物見てもらわなきゃ」
カイは笑った。……そうだ、とソラは考える。
今日は9月1日。ナツの誕生日であり、そして命日でもある。
どうしてこの日をわざわざ結婚日に選んだのだろう。この日がいいと言い出したのは何を隠そう奏子だった。何故彼女は自分の兄の命日であるこの日を選んだのだろう。普通、女性なら6月、ジューンブライドを希望するのではないだろうか?
今思えば不思議な話である。彼女の兄が死んだ日だったからと今まで触れてこなかったが……。その真意は今日分かるのだろうか。
「ナツくん来てくれてるよね。二人の為にぼく、舞うからね!」
何故お前が主役よりも張り切っているんだ。
「いえーい!」と言って、そのままカイは主役であるソラを置いて出て行ってしまった。全くもって予測不可能なやつである。
「……情緒不安定かあいつは……はあ……」
「本番はこれからだぞ」
「よく言うよ。どこに催し物で主催の嫁より気合い入れて化粧する野郎がいるんだよ」
「あれでも悩んでいたんだ。許してやってほしい」
「ん? なんの話だ?」
リクに問い質してみると、回していたカメラを一度止めて真っ直ぐソラを見つめた。
「奏子さんに舞をしてほしいと依頼されていたんだ。結構前から。最初は『全然OK!』と言ってたんだけど、日付を聞いて少しだけ躊躇ったらしい」
その日付に、ナツを連想したのだろう。
「だけど、この件に関してはどうやらナツくんのお願いでもあったらしいよ」
「あいつの?」
「どうしてなのかまでは分からないと奏子さんから聞いたカイも言ってた」
「どういうことだ?」
「……詮索は別にしなくてもいいと思う。それにせっかくの結婚式なのだから楽しもう」
リクは微笑んだ。さすがは最強の幼馴染殿。この少しの感情の揺れに安心する。
今日は奏子の為に時間を使うと決めた。
ナツについて考えるのはそのあとでも遅くない。
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