第42話

 その頃、ナツを怒らせてしまったことにソラは気を落としていた。雅治からも言われていたのに勝手に突っ込んで、勝手に自爆した。


『僕は絶対にドナーは探さない。手術はしない』


 過去に一度受けていると彼は言った。それ以上は受けたくないと。ナツは優しいやつだから、誰かの命をもらい受けたくないのだろう。ソラとしては手術は勿論受けてもらいたい。なんなら自分がこの10年前に来た理由が、もしかしたらナツに手術を受けさせる為だったかもしれない。けれど、ナツ本人にその意志が無いとすると、もうソラにはどうすることもできない。

 彼を助ける道が、閉ざされてしまった。

 そういえばとソラはあることを思い出す。病室を出た時、ナツの母である唯子が入れ替わりで入室した。その顔は酷くやつれていた。唯子が出てくるまで待ってみよう。あの頃は出来なかったことをしなければ来た意味が無くなってしまう気がしてならない。

 まずは話を聞かなければ何も始められない。ソラはとりあえず病室の前にある待合ルームで唯子を待つことにした。

 約30分後、唯子が出てきた。


 ――目元が赤い……。きっと泣いたんだ。俺も同じだったから分かる。


 何もできない歯痒さが彼の胸を刺激した。


「……あの」


 唯子にソラは声を掛ける。少し反応して顔を上げ、こちらを確認する。目が合うとソラだということに気が付いたのか、ハッとして一礼した。


「あなたは、あの時の子ね。夏人の友達の……」


「魚波空と言います。あの時は親子の話し合いに水を差してしまい、すみませんでした」


「いえ、いいのよ。……魚波?」


「ああ。一応、ナツ……夏人くんの担当医の息子になります」


「そうだったの。妙なご縁もあるものね」


「本当に」


 10年前は気が回らなくて“ナツが死ぬ”という現実からずっと目を背けていた。今度こそは間違えることが無いようにしなければ。もしもその道が決まっていたとしても、ソラはもう逃げないと決めていた。


「あの時ね、あなたがビンタを止めていなければ私は一生後悔していたと思うし、あの子の本心を聞くことなんてあり得なかった。本当にありがとう」


「……いえ。俺も以前似たような経験をしていたので……」


「そう……。あの子が言っていたわ。充分に生きることが出来たのはソラくんたちのおかげだったと。とても、清々しい表情で、笑顔に言っていたわ」


「ナツが、そんなことを?」


 やはり、少しずつではあるが過去が変わりつつある? このままいけば、ナツがもっと生きたいと手術を受ける未来もなくはない。

 希望はある。だが、果たしてそれは望んでもいいことなのだろうか?


「今、俺があいつにできることは、なんだ?」


 何かが心の中で引っ掛かっている。このもやもやはいったいなんだろう。


「そういえば夏人、やりたいと言っていたことはちゃんとやることができたのかしら」


 ぽそりとその言葉が妙にクリアに聞こえた。


 ――それだ。


 以前カイが言っていた。ナツはずっと花火を見たがっていたと。やりたかったことは叶えられなかった。どんなに体調が悪くても、ナツは見ようとしていた。その答えに辿り着いた時、ソラの心に掛かっていたが少しだけ晴れた気がした。


「ありがとうございます。お母さん」


「え?」


「おかげで目がやっと覚めた気がします」


 ソラは唯子が呼び止める声を無視して気が付いたら走り出していた。今までとは違い、驚く程、足が軽く感じた。


「やってやる。どんな手を使ってでも、絶対にお前に花火を見せてやる。――映像クリエイターの力、舐めるなよ……ナツ!」


 ソラはすぐにカイとリクに連絡をし、ナツへ向けた映像製作に取り掛かった。


 ソラが彼らと共に映像制作に取り掛かったことで、ナツの病室は静かで穏やかな日々が続いた。

 この日、ナツは笑顔を浮かべながらひとり、病室である人物を待っていた。

 ナツが決心したこと。それは、本来であればあの祭りの翌日に取材を受けるはずだった記者の夏目紘人に協力してもらい、再取材をしてもらうというものだった。夏目はこの話を聞いた時とても驚いたが、快く承諾した。

 コンコン、と病室の扉が鳴る。どうぞと入室を促すと夏目紘人が立っていた。


「やあ、待ってましたよ夏目さん。僕がお願いしたもの、持ってきてくれました?」


「あ、うん。持ってきたよ」


 お願いしたもの、その内容はビデオカメラとノートパソコンだった。それは、今から1人で撮影でもするのかのような装備だった。

 そう、今からナツは撮影をするのだ。

 自分を残す為に。彼らに直接伝えられなかったことを伝える為に。ナツは『星川夏人』という人物を記録する。今まで自分に執着してこなかった人生。これはナツにとってかなりの決心だったことだろう。


「私じゃなくても良かったんじゃないかな? そうだよ、アナザーデイズの誰かにやってもらえばいいのに」


「いや、これは夏目さんじゃないとダメなんです。妹にも声を掛けようと思ったんですけど、それはそれで恥ずかしいし。デリケートなこととかプライベートのことバンバン言うんで、それに耐えられるのって夏目さんくらいかなって思って」


「そ、そっか」


「嘘ですよ。元々僕のこと取材したかったんですよね? これで、メッセージ動画を作って、ソラが結婚した時にでも流してほしいんですよね。上手く撮れれば一石二鳥で僕は万々歳ですよ」


「……そういうことなら」


「ありがとう、夏目さん」


 そうしてナツは夏目の協力の元ソラたちへ向けたビデオメッセージの撮影を開始した。

 撮影をしている時、ふと、そういえば最近ソラたちの見舞いがぱったりと無くなったなと感じた。彼らがナツと同じことをしていたとも知らずに。

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