第39話

 カフェに着き、店員に呼ばれて席に座る。ソラたちはコーヒーを頼み、そして先程の話を整理する。


「……俺は、じいちゃんからナツの携帯を預かった。充電してる途中で急に眠たくなって……。次に目が覚めた時にはこの世界だった」


「オレはさっきも言ったけど、ソラが結婚すると聞いて、ナツくんとの約束を思い出したんだ。もし、ソラが結婚する時が来たらこの手紙を読んでほしいと」


 リクが手紙の入った封筒を出す。確かに宛先にはナツの字があった。10年前の手紙ということもあり年期を感じる。


「読んでいるうちに、ソラと同じで急に眠気が来て……気付いたらこの世界に来ていた」


「ぼくも大体二人と同じだよ。リっくんと一緒に手紙を読んでて、眠くなって」


「つまり、オレたちはナツくんに関わる“約束”の詰まったものを見たり読んだりして10年前に飛ばされている……ということだね」


「ファンタジーすぎて理解はできないが、まとめるとそうなるよな」


「ナツくんの想いが強かったんだね」


 カイの一言に、胸が締め付けられるようだった。


「仮に……。ナツにそういった引き寄せる力があったとして、俺たちがこの世界に、10年前に呼ばれた理由ってなんだ?」


「死ぬという未来はどうしても避けられないのは分かってるから。それ以外に強く願うことってなんだろう……」


 死ぬこと以外。

 そもそも初めて彼と出会った時、彼は違うと言っていたが自殺をしようとしていた。それは明白だった。ソラはどうしてもその強い願いが『自殺』という考えを消し去りたかった。

 それを、誰よりも望んでいたのはナツ本人だった。だけど今は違うと願いたい。


「……花火……」


「花火?」


 カイが静かに呟いた。


「ナツくん、花火ずっと見たいって言ってた。でも結局見れなかった。ナツくんは自分のやりたいこと、ずっとやれなくて、ようやく叶おうとしてたのにできなくなって……。ずっと我慢してたんじゃないかな?」


「でもそんな素振り一度も」


「ナツくんなら! そう思ってても可笑しくないよ……」


 カイはぎゅっと胸の上に手を握った。


「カイ……」


「あ、あのさ、ぼくもナツくんに会いに行ってもいい?」


「オレたちに許可はいらないよ。行ってきな」


「う、うん」


 カイは頷くと頼んだコーヒー代を手元に置いていきナツの病室へと戻った。


「……昨日から、ちゃんと寝てないんだカイ。寝たら次起きた時にナツくんがもうこの世にいないんじゃないかって怯えてる」


「まあ、その気持ちも分からなくないな」


 ソラは頼んだアイスコーヒーにガムシロップを入れ、付属していたストローでかき混ぜる。じんわりと溶けていくシロップは自身の気持ちを表しているように見えた。


「……リク」


「うん?」


「今回ばかりは、お前がいてくれて助かった。ありがとう」


「……10年間、頑張った甲斐があったな。これからはナツくんが生きやすいようにしていこう。残りの時間がどれくらいあるかは分からないけれど」


「ああ。……心強いな、本当に」


 カランコロンと氷が鳴る。やけに甘いと感じた、そんなある早朝の話。


 10年後の世界では、リクは医者の卵として山代町のとある病院で研修医をしている。そのおかげもあり今回のナツの騒動はある程度良い方向に収まったわけだが、本番はこれからである。

 リクが着替えを取りに戻り、ソラはとりあえずナツの叔父である唯一郎に彼が入院したことを連絡した。唯一郎は驚くわけでも、泣くような感じでもなく、ただ悟ったように一言「そうか」と言い放った。まるで入院することが分かっていたかのような、そんな口振りだった。


「……唯一郎さんがそう言うってことは、そんなに悪いんですね。ナツの容態って」


『よく、保っている方だと思うよ。5年前と2年前に死に掛けた時があってね。そこからよくここまで回復したものだよ。それに今の学校に転入してからは安定していたものだから、希望が見えていたんだけどね』


 ――そうだったのか。


 普段は自分たちに何も感じさせなかった裏で、ナツはその痛みを隠し続けていたのか。


「すみません。俺たちがもっと彼に気を張っていればこんなことには」


『いやいいんだ。きっと夏人も望んで君たちと一緒に行動していたんだと思う。どんなに体が辛くても、君たちと遊んでいたかったんだと思うよ』


「……ありがとう、ございます」


 唯一郎からの言葉は、今の彼らにとって勿体無いものだった。嬉しくて、なんだかよく分からなくなってしまい、ソラはその場で泣いてしまった。

 その夜ソラたちは病院に泊まることにした。カイがナツから一刻いっときも離れたくないと駄々だだをこねた為、ナツと青山が折れてくれたのだ。

 みんなが寝静まった頃、ナツの目がぼんやりと開いた。まだ完全には起きてはいなかったがその視線はソラの方へと向いていた。ソラはと言えば、ナツのベッドから少し離れた一人掛けのソファで携帯をいじっていた。


「…………ソラ?」


「あれ、起こしたか?」


「ううん。……まだ起きてたんだね」


 時刻を確認すると、現在夜中の2時を回っていた。この時間帯、高校生くらいなら普通に起きているものなのだろうか?


「眠れないの?」


「そんなとこだな」


「そっか」


 沈黙。唯一郎からあの話を聞いてしまっている所為か、ソラはどんな顔をすればいいのか分からなくなっていた。


「……ねぇソラ、」


「しかし! あのー、あれだな。なんだ。7年前に実は会ってたんだな俺たち」


「そうだね。面白い奇跡だったね」


「凄い偶然だよな。あの時のお兄さんが、まさかナツだったなんて」


「思い出せてよかったよ。また会えて嬉しかったし。偶然に感謝しなきゃだね」


 クスクスと笑っているけれど、やはりナツの顔には少しだけ疲れが見えた。


「……まだ眠たいだろ。寝てていいよ」


「うん。ソラもちゃんと寝なよ」


 ナツはそのまま意識を失うように眠りについた。あまりにも静かに寝るものだからソラは驚いてすぐにバイタルを確認する。ただ寝ているだけだったのを確認すると、とりあえずほっとした。

 さすがに2日連続の徹夜はキツい。ソラの視界がぐらりと歪む。一度休憩室で仮眠を取ろうかとゆっくりみんなを起こさないように病室を後にした。

 休憩室、というか簡易的な待合ルームが病室の目の前にあり、そこには自動販売機が2台設置されている。ソラはコーヒーを一缶購入し近くにあるソファに座る。座った瞬間、気が緩んだのか、物凄い睡魔に襲われた。

 しまった、と思った時には既に遅かった。先程購入したコーヒー缶のプルトップを開けてしまっていたことを忘れていた為、手から缶が離れ地面に落ちそうになった時、自分の体も傾いた。


 ――零れる……!


 もうこうなっては仕方がない。目をつむって缶が落ちる音を待った。缶が落ちた後、片付ければいい話だと半ば諦めていた。

 しかし、音が鳴ることは無かった。それどころか体がふわりと浮かんだ感覚になる。恐る恐る目を開けると、あまり見たくない顔がそこにはあった。


「大丈夫か、ソラ」


「…………父さん」


「随分と気を張っていたな。夏人くんのことか?」


「っ、なんでもいいだろそんなの」


 支えられていた手を思い切り退ける。コーヒーはどこに落ちただろうと周辺を捜したが見つからない。


「これか?」


「……返せよ」


「いいが、ちょっと付き合え」


「――は?」


 今まで避けてきた所為もあるが、父親が可笑しなことを言い始めたと思ったソラであった。

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